第7話 ジェームズ
シャルフとの別れが近づいていた。日が暮れる頃、情報通りの位置に移動居住市民の一隊は野営していた。だが夜を徹して走る目的地でもあるのか、一台、また一台とエンジンかけキャンピングカーを発車させ始めている。
ジェフとチャルは同じことを考えていた。このまま彼らの出発をじっと耳届けると、シャルフはまだしばらく自分たちといることになる。二人は動かすシャーリーの出方を待った。
「ええと、抱っこ紐、これは持ってるだろうし、ベッドも。ああ、粉ミルクなら余計にあっても大丈夫かな」
「シャーリー」
「二人とも何してるの⁉︎シャルフのお母さんたち行っちゃう!あ、人形も」
粉ミルクの袋とシャルフを抱きシャーリーは促す。ベビーベッドに吊り下がっている、彼お気に入りの人形を外すと車外に出て、ジェフとチャルは頷き合って彼女に続いた。
続々と発車する車の群から、一台だけキャンピングトレーラーを連結する車が残っていた。夕陽をバックに二人の若い男女のシルエットが浮かぶ。シャーリーは二人の許へ走った。
「はあ、はあ。あの、シャルフ、いや、この子の」
肩で息を弾ませながら、呼吸を整え二人を見た。二十代半ば、ほとんど歳は変わらないはずだが、一回りも二回りも歳上に見えた。暗い顔していた女はシャーリーを見つけると、シャルフとは違う名前を呼んで泣いた。
「ジェームズ!」
この女が、やはりシャルフ、いやジェームズの母親だった。母親はシャーリーが慌てて引き抜くジェームズを抱き取り胸元をはだけた。久々に出る母の母乳を彼は幸せそうに飲み始めた。ジェフとチャルも追いついてきて、父親が礼を言った。
「あなたたちがジェームズを!なんとお礼を言ったらいいか・・・」
「あ、シャルフはジェームズっていうんですね。いや、会えてよかったですよ。一時はどうなることかと」
「ほんとうに、ほんとうにありがとうございます。僕たちは、突然襲われて、ジェームズを置いて行ってしまって。親失格です、僕たち」
「気に病まないで。この子もお父さんお母さんに会えて本当によかった。これからは、手離しちゃだめですよ?」
「はい!」
授乳する母親は、幾分か落ち着いて涙を拭き立ち上がった。彼女は少し頭を下げ、シャーリーの手に提がる粉ミルクの袋を認め安堵した。
「あの、ジェームズがお世話になって、ありがとうございます。ご迷惑をおかけしなかったですか?」
「我々も楽しかったですよ。初めてのことなので色々戸惑いましたが。特にこの子は」
ジェフがシャーリーの肩を叩く。彼女は固い表情を変えないまま揺れた。
「ジェームズくんを可愛がっていました」
「まあ!」
母親はジェームズを抱いたままシャーリーも抱きしめた。似通う二人の乳房に挟まれるジェームズは、どちらが母親なのか少し困惑した。
「あなた、おいくつ?」
「わ、私は、20です」
「私と同じなのね。もっと若い方かと思った。ありがとうね、ジェームズを可愛がってくれて」
「あの、これ、粉ミルクが、まだ使ってないのがあったからあげます」
「ありがとう。大切に使わせていただくわ」
一台の乗用車が、先に行った一行の方から走ってきてクラクションを鳴らした。出発を催促されているようだった。
「みんな行っちゃったよー!早く!」
「お仲間がお呼びです。我々はこれで」
「すみません、何のお礼もせず。せめて、これを」
「あ、ご丁寧に」
父親は財布に詰まるありったけの紙幣を抜き出しジェフに渡した。彼は素直に受け取り尻ポケットにねじ込んだ。
いよいよ別れの時、シャーリーは母親の身体を少し離しジェームズを見つめた。一度歪んだ顔を無理やり笑顔にし、持ち上げられる頬で彼は笑った。
「じゃあね、シャルフ」
「シャルフ?」
「いいえ、なんでも。さあ、もう行って!」
「すみません、この御恩は一生忘れません!」
「忘れたっていいけど、ジェームズを大事に!」
「ジェームズくん、すくすくと育つんだよ!」
一家が車に乗り込み出発する。ジェフとチャルはそれぞれ見送りの言葉で手を振ったが、シャーリーは片手の人形を握りしめそわそわしていた。車が動き出すとシャーリーは走った。
「あ、あの!」
「あら!何か忘れ物を?」
「い、いえ、お元気で!みなさんも、ジェームズくんも!」
「ありがとう!」
車は速度を上げ仲間の許へ走り去った。ジェフとチャルは、戻ってくるシャーリーの手に人形が握られたままであることに気づく。
「シャーリー、人形渡さなかったのか?」
「いいの。これから生きていく上で、邪魔になるかもしれないから」
「そんなこと・・・きっとないよ」
「ほんの何日間だけ、違うお母さんのおっぱい飲んでたって、少しだけ覚えててくれるだけでいいの。ミルクは出なかったけど。それから、周りにいた二人のお父さん、お兄ちゃんのことも」
「ま、いつか会うこともあろうさ。煙草余ってたな」
ジェフは何日かぶりに紙巻煙草を出してくわえ、しばらく使わなかったジッポの点きは悪かった。ようやく火が点いて一服すると、シャーリーがにこにこ肩に腕を回してくる。
「私にもちょうだい。自分のは潰しちゃったから」
「禁煙、したんじゃなかったのか」
「私がほんとうに子どもできた時にね、また」
「しょうがねえ奴だ」
ジェフは軽く笑って煙草一本くれてやる。シャーリーは彼の煙草のシガーキスで火を点け美味そうに煙を味わった。隣に来たチャルの肩も抱き満面の笑みだった。
「おいしー!生きてるって感じ」
「煙草臭いって文句言ったくせに」
「そりゃ、シャルフがいたから。でもかわいかったなあシャルフ」
「本当の名前はジェームズくん、だったね」
「当たらずとも遠からずってとこね」
「どこがだよ」
「ねえ、ジェフ、チャル、私たちも子ども作ろっか?」
「はあ?」
「えっ⁉︎」
「冗談じょーだん、街に行って、美味しいもの食べよ!」
「僕が作るよ」
「それ!それがいい!」
陽はすっかり落ちていた。顔を表す月明かりが、シャーリーとジェフとチャル、それにジェームズと両親の影を、等しく同じく作っていた。
同じ地続きに六人はいる。
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