第6話 追手

「ヤングラークス、シャルフを拾った時討伐した連中の仲間だと」

「やだなあ」


 国予事務所に寄りWDWKに戻ったのは夜になってからだった。チャルが夕食を作り、ジェフは味のしなくなったスヌースをゴミ箱に吐き捨てた。シャーリーはコーヒーカップの破片が裂いたジェフの手の傷に包帯を巻いていた。


「いいよ別に、絆創膏貼っときゃ」


 実際軽い傷で、手の動きに支障はない。それに事務所に訪れる頃にはもう血は乾いていた。だがシャーリーは沈鬱な表情で丁寧に傷口を消毒し包帯を巻いた。


「ごめんね、ジェフもチャルも」


 巻き終わるとポツンと言った。シャーリーから謝られることは何もされていない。ジェフは料理を運んでくるチャルと顔を見合わせた。首を傾げているとシャーリーはシャルフの眠るベビーベッドを見た。彼は三人の人形を抱えたまますやすやと穏やかな寝息を立てていた。


「なんで謝るのさ」

「私、戦えなかったから」

「シャルフもいたし、しょうがないよ」

「ううん、私がシャルフを育てようと言い始めたからには、私はシャルフのこともこれまでのことも両立できなきゃいけないの。なのに、それができなかった」

「思い上がるな、シャルフは俺たち皆で預かったんだ。俺がシャルフ抱いてりゃ戦闘は任せて真っ先に逃げたさ」

「僕も、シャルフの安全を第一に考えるよ」

「・・・そんなんじゃない」


 二人の擁護はあまり役に立たなかった。シャーリーは三つ編みを解くと料理にも手をつけず浴室へ入ってしまった。仕方なく二人だけで黙々と料理を口にし、しらけた食事を終えた。ジェフは気晴らしに動画でも観ようかとPCを開いたがタブレットが鳴り、画面を見ると国予から通知が入っていた。彼は洗い物をするチャルの背中に溜息を吐いた。


「なんか俺たち有名人になっちゃったぞ」

「有名人?」

「ヤングラークス、特別に俺たちを探していたらしい。警戒情報が入った」

「この前のことを恨みに思ってるのかな」

「そうらしい。別に怖かないが、コトを構える前に早くシャルフの親を探さなきゃいけない」

「巻き込まれたら大変だもんね」


 ドライヤーの音が止まり、間も無くしてシャーリーが出てきた。ショーツだけ穿いた彼女はふわり揺れる長髪を手で梳きベッドに置かれるグリースガンを取った。国予でも大量に余っているこの銃は701分隊の管理下に移っていた。もらった説明書を開き、清潔になったばかりの手でグリスの滲む銃の分解を始めた。ジェフとチャルは何も言わず、整備用のウエスを投げ渡しただけだった。


「.45ACP弾、私の新拳銃ナインティン・イレヴンと同じ弾ね」


 誰に言うともなしで、弾倉のマガジンフォロワーを見つめていた。分解清掃を終えると二階へ持って上がりしばらく降りてこなかった。シャルフが静寂に怯えるかのように泣き始める。ジェフは彼を抱きチャルは人形を揺らしてやった。


「怖がることなんてない、ママはちょっと不安定だけど、シャルフのせいじゃないんだぜ」

「そうだよ、元どおりになるよ」

「そうさ、元どおりに・・・」


 束の間の新家族との離別が近いことを悟ってか、二人の優しい声に比例して更に泣き声は強くなった。階上のシャーリーの慟哭はシャルフの声にかき消され耳に届かなかった。


 移動居住市民が付近にいると情報が入った。シャルフを拾った集落の人間からだった。その者は急いでいたため声をかけられなかったが、平原で宿営していたという。三人は希望半分、諦め半分で平原に向かうことにした。シャーリーはベビーベッドの前で座り込みシャルフを見つめていた。


「シャーリーの様子は?」

「やっぱりお昼にも手を付けてなかった。ずっとシャルフを見てるよ」

「やだなあ辛気臭くて。母親になり切ってたから無理もないけどよ。会えるかどうかもわからんのにそんなに塞ぎ込まれちゃ」

「そっとしとこうよ。シャーリーもシャルフの安泰を本気で望んでるんだから、きっと大丈夫だよ」

「そりゃ、シャルフ連れて逃げるようなことはしないだろうけど」


 運転席でハンドル握るジェフ、チャルが差し出す冷たいココアを一口だけ啜った。

 シャーリーはベビーベッドのシャルフを覗き込み指を伸ばした。頭上で回るマスコットにはしゃいでいた彼は掌に当てられる指をきゅっと握る。小さな拳は柔らかな温もりで指を包んだ。


「ごめんねシャルフ。私、お母さんになりきれないや。あなたがいたって、私は仕事のことを忘れられないもん。どっちつかずの中途半端。もうすぐこの悪いお母さんじゃなくて、ほんとうのお母さんのとこに帰してあげるから。もうちょっと待っててね」


 シャルフが泣き始めた。シャーリーはおしゃぶりを取り彼の顔に近づけたが、手を止めて落とした。たまらなくなってシャルフを持ち上げ、潰れそうになるくらい抱きしめた。習慣になりつつあったシャーリーの乳首を求め、含ませると二人とも歪んだ安堵に身を包まれる。この安堵がまた彼女にとって悲しかった。


 シャルフが乳首を吸いながら眠り始める頃、バラついた爆音が遠くに聞こえた。ジェフとチャルも耳にして、爆音はだんだん近づいてくる。


「なんだ、ヘリか」

「そうみたいだね」

「降りるのか、近いぞ」

「なんでこんな何もないところに」

「ここらは平原、車も俺たちのしか・・・まさか!」


 爆音はほぼ直上に来るとそのまま距離を保っている。ジェフは聴き慣れているはずのUHヘリのローター音を今になって思い出した。


「チャル運転代われ!」

「うん!」


 チャルも事態を飲み込み、クラッチを持続して踏むようにそっと運転を代わるとスピードを上げた。ジェフはいつもの機関短銃ではなく第七特殊警備地区以来使用頻度の増えた彼の小銃を取り銃座の天蓋を開けた。銃声は聞こえず、隙間ができる天蓋から弾が飛び込んだ。


「うわ!」


 WDWKには防弾措置が施されているとはいえ、上面の装甲は他の装甲車輌同じく薄い。嫌な音ともに無数の凹みが天井に現れる。ヘリが一度頭上を過ぎ、隙を狙って銃座に上がった。


「ヤングラークスだろうな、やっぱ!」


 第一弾を装填し構える。数百m先まで飛んだヘリは姿勢を安定させ横腹を見せ、開けたままの扉から機内が見えた。機関銃を据え、二、三人はいるか。一人は中腰になり、何かを肩に担いでいた。担がれる物に一点の黒を見つけると白く光り、直後車の目の前が爆発した。車体が大きく揺れ銃座の縁に強かに腹がぶつかる。つけたヘッドセットの第一声はチャルの悲鳴だった。


『うわあ!』

「おええ、大丈夫かチャル⁉︎」

『なんとか!』

「あいつらロケットランチャー持ってる、気をつけろ!ん?」


 煙の立つ機内から筒状の物が捨てられた。廃棄物は車体の角に当たり勢いよくジェフの横に飛んでくる。一瞬目で捉えた筒に彼は驚きを隠せなかった。


「M72だって⁉︎あんなもんどうやって機内で撃つんだ!」


 敵の撃ったM72LAWと呼ばれる使い捨て対戦車ロケット弾、無反動砲の原理と同じで撃つと何十mに渡り高温ガスが尾部から噴き出る。狭いところでは使えない兵器だった。しかし命中すれば300mm以上の装甲を貫通し、WDWKではひとたまりもない。わけが分からず、ジェフはまた向かいつつあるヘリにとにかく引鉄を握った。


 操縦席のフィルバはガラス越しに後ろを見てM72発射の瞬間を見届けていた。バックブラストのガスが掠った箇所は、特殊なコーティングが施され異常がない。再び機首を憎き701分隊へ向け速度を上げると機外に流れる発射煙が雲を引いた。


「どうだ、問題ないだろう」

「そのようですね。しかしあまり数が無いのでは」

「今のはこけ脅しだ。銃でいじめて、最後盛大に花火を打ち上げる。見ものだぞ、ここは特等席だ」

「反撃を始めるようです」

「なに、当たるもんか。動く車から高速で飛ぶヘリに」


「ああこの、小銃ひとつじゃ!もう!」


 ジェフは昔、戦死した上官の小銃を使い対空射撃をしたことがある。その時は小隊全員が発砲し分隊支援の機関銃もあった。全力射撃でいくらか命中を与えたものの撃墜までには至らず、威嚇程度だった。今は小銃一挺、機関銃すらない。同速で並行に低空飛行するヘリに弾は当たるがなかなか機内の敵には当たらず、機関銃の弾が無数に掠める。車内では貫通し始める弾が跳弾し置かれたままのマグカップが割れた。


「チャル、そっちは!」

『跳弾があった!だけど当たらなかった!』

「そうか!どうやってケジメつけるか。当たれ!」


 信念が通じたのかは判らない。だが膝撃ちの姿勢で撃つ機関銃手の腕をジェフの弾が擦過し、彼は機関銃を落とした。だが新たに小銃を持ち出すとフルオートで撃ち続けてくる。舌打ちするジェフの身体を何かが押し除けた。


「この!この!」


 M16を背負うシャーリー、手にした昨日の機関短銃で操縦席を狙い撃ちした。他に比べると発射速度の遅い機関短銃でしかも拳銃弾、大した効果はないが操縦席のガラスに数発弾痕をつけ、威嚇にはなったのかヘリは離れて形勢を立て直そうとした。シャーリーは撃ち尽くした機関短銃を車内に捨て小銃を抜き離れるヘリに撃つ。一発も当たらず弾倉は空になった。ジェフは弾倉交換するシャーリーに怒鳴り肩を掴んだ。


「シャーリーなにしてんだお前!」

「私も戦う!」

「バカ、シャルフを守れ!」

「ここでいる方があの子を守れるの!」

「やられたら車体が吹っ飛ぶかもしれねえんだ!転がったらシャルフ、危ねえだろ!」

「だって!」

「シャルフを守って、ヤバくなったら車外に逃げろ!それがシャーリーの仕事だよ!」

『そうだよシャーリー、車を一度止めるからシャルフを連れて逃げて!』


 三人の間に、もはやシャルフに情が湧くかどうかなど問題ではない。情が全てで、それはシャルフの守護に向けられていた。だがシャーリーは引き下がらなかった。


「やだ!もう逃げない!」

「逃げろってんだろ!」

『シャーリー今止めるから逃げて!』 

「奴らが前方に飛んで、横腹向けたらロケットが来る、当たったら終いだ、早く逃げろ!シャルフを殺すな!」

「私とシャルフが逃げて、あんたたちはどうすんのよ!」

「俺たちも逃げるさ畜生!鉄帽被って下に行け!」


 シャーリーは俯くとジェフの首に装填済みの小銃を掛け、銃座を降りた。揺れながら装備の詰まるロッカーを開け、ぶら下がる三つの鉄帽から、アジアの軍隊で使われていたという自分の鉄帽を取った。ジェフの鉄帽も彼に渡す。

 ロッカーを閉じようとすると、第七特殊警備地区でジェフを助けに行く時もらったM79グレネードランチャーが弾薬のバンダリアと共に目に入った。今は前の任務で壊れた照尺が外されている。何かを思いつきそうなまま思いつけず、とにかく階段を飛び降り泣き叫ぶシャルフを抱きかかえて伏せた。


「シャルフ、シャルフは私が守るから。いや、ジェフもチャルも一緒に、必ずあなたを守るから!」


 一層泣き声を高くし、ここ数日間の母の胸元に涙の染みを作った。遠く、ジェフの声が聞こえた。


「来るぞ!前に飛んでく!チャル、奴らが止まったら撃ってくる、その時は急カーブだ!」


 止まる、と聞き、思いつけなかったことを思いついた。静目標ならグレネードランチャーでも当てられるかもしれない。

 シャルフをベッドに戻し再び階段を駆け上がった。ロッカーから擲弾銃とバンダリアを引っ掴み、ジェフの足を踏みつけ銃座に上がった。


「いて!だから来るなって!いよいよ撃ってくる!」

「草むら!どこか隠れそうな場所!」

「なに⁉︎」

「ジェフ、チャル、悪いけど囮になって!」


 シャーリーはジェフのヘッドセットのマイクに噛み付くように叫んだ。


 見つけた草叢には背の高い草が点々と生い茂っていた。チャルはなんとかM72の照準線から避けると草叢に突進し急ブレーキを踏む。一瞬止まる車からシャーリーが飛び出し草叢に伏せた。急発進する車を追いヘリは飛び去る。幸い降車を気づかれなかったようだ。


「シャルフ、大丈夫⁉︎」


 これからどんな目に合うか判らない。失敗すれば、住めば都のWDWK518はスクラップと化す。念には念を、その時はジェフとチャルの死体を見る羽目になるかもしれないが、シャルフも連れて出た。シャルフは柔らかな抱っこ紐とシャーリーの腕に抱かれ痛みはなく、騒乱の音が止んだからか泣き止み始めていた。シャーリーは微笑んで頷くと、脇下に下がるバンダリアから成型炸薬弾の40mmグレネードを出し擲弾銃の銃身に挿入する。照尺が無くとも、どれだけの仰角で撃てばどこに当たるかは、何十発も撃って身体に叩き込んである。ヘリの動きが静かになれば当たると、確信を持って銃身を閉じた。


 ジェフは何個目かの弾倉を交換し銃身の焼ける臭いが鼻についていた。シャーリーの潜む草叢から充分離れるとチャルに言った。


「そろそろだ、Uターンさせて囮になる。しかしまあ随分と俺たちに危険な手を言い出したな」

『シャルフを助けたいんだよ。僕は覚悟できた』

「俺は覚悟なんざしねえぜ。必ず当ててくれる」

『じゃあ僕も覚悟やめる!』

「今日の夕飯でも考えといてくれよな!」


 チャルはハンドルを切りUターン、真っ直ぐに持ち直すと固定させアクセルを踏んだ。優速のヘリは当然追いつく。だがあえて回避行動を採らないことでこのまま直線に走り続けると思わせる必要があった。思い通り、車線を保つ車を超え、ヘリは猛スピードで前方に布陣すべく飛んで行った。


「ヤケ起こしたんでしょうか」

「逃げられないと悟ったのかもな。それか疲れたか。まあいい、最後の仕上げだ。高度を下げろ、機体を横に向けて保て」

「了解」

「おいM72の準備。ただ真っ直ぐに走ってくるだけだ、外すなよ!」


 フィルバのボディーガード兼操縦士は機体を90度横に向け静かに安定させた。


「200m、いける!」


 宙に留まるヘリを測距双眼鏡で確認した。有効射程外だが無風で、正しく構えれば当てられる。頭の回りは元々速い方のシャーリー、今の脳内はまるでスーパーコンピュータの如く射角とタイミングを計算した。ローター音を背後から増大するWDWKのエンジン音が超えてくる。グリップを握りセーフティに親指を当てた。


『過ぎるぞ、準備!』

「わかってる!」


 ジェフの無線が入り、轟音。車が横を過ぎ、立ち昇る土煙からシャルフを守るようにして抱き立ち上がった。擲弾銃のストックを肩付けし、銃身の先に小さくヘリのシルエット。標的から目を離さず親指に力を入れ安全を解除した。


「あんたたちね、シャルフをいじめる悪いやつ!」


 ポン、という、水筒の蓋でも取ったような、些か間抜けた音、今度はシャルフは泣かなかった。

 

『ボス、確実に当たります』

「よし、撃て!」

「ボス、草叢に人が!」

「なに?」


 シャーリーが引鉄を握った直後、M72の砲手は車の移動予想位置に照準を付け報告した。だが命令を下されると操縦士が異変に気づく言葉が耳に入り、発射を一瞬躊躇した。フィルバは浮かぶ金色の点を見つけ、それが生きているうちに認識する最後の物になった。

 操縦席から破裂し円を描きながらヘリは墜落する。地上に激突すると、きっとM72が暴発したのだろう、ローターが爆発し花火が上がった。WDWKが停車し、ジェフが鳴るタブレットの着信を見た。


「ヤングラークスの、新本拠地へ車で移動してた連中が捕まったらしい。俺たちをヘリで襲撃する計略があると吐いたんだと」

「今あったこのことかな」

「じゃない?シャーリーは」

「無事みたい。手を振ってる」

「これで、あとはシャルフのことだけか」

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