第5話 逃げる
「どれがいちばんお気に入り?ね?ね?」
シャルフの家族探しがてら街に出て昼、レストランに入った。おもちゃを買い忘れたからチャルが作った三人のマスコットをベビーベッドの上に吊るしておき、シャルフはいたく気に入ったようで、出かける時も人形を欲しがった。チャルの胸に抱かれるシャルフにシャーリーが人形を並べて見せた。
「これがママ、お兄ちゃん、ジェフ」
「俺の家族としての役割はなんなんだ」
「これがいちばんいいみたいだね」
シャルフはシャーリー人形に手を伸ばした。取ってやると三つ編みの部分をガジガジ噛み始めシャーリーはニンマリ笑った。
「ガジガジしちゃだめでちゅよ〜そんなにママがいいんでちゅね〜」
チャルがおしゃぶりを近づけるとそれをくわえ、笑って人形を振り回した。水の入ったグラスに手が当たり危うく倒しかける。
「おっと。飯が来る前にミルクでもやるか」
チャルのグラスをシャルフから遠ざけ、ジェフは授乳セットを出した。プラスチック製の哺乳瓶と湯と湯冷ましの入った水筒、キューブ状の粉ミルクを使ってミルクを作った。シャルフを診察した医者とシャーリーから教わった作り方を数度練習しただけで、自分でも不思議なほど上手に調合できるようになっていた。
「ほら、チャル」
「ありがとう。ジェフも作れるようになったね」
「なんでだろうな、銃の分解結合より早く手慣れた」
美味そうにミルクを吸うシャルフを見つめながら、口に含んで嗜む嗅ぎ煙草スヌースのケースを出し、ポーションを一つ摘んで歯茎と頬の間に放り込んだ。
「それ身体に合わないんじゃなかったの?」
「無いよりマシ、煙よりマシだ。シャーリーもいるか?」
「私は結構。完全禁煙したから」
「ふーん、見上げた志だ」
やたら待って、料理が運ばれてくる頃には哺乳瓶を空にしていた。チャルからシャルフを受け取るシャーリーは手際良くゲップをさせ自分の料理にありついた。
「そういえば、手慣れてるよな。シャーリー」
切ったハンバーグを頬張りジェフが言った。シャーリーはレタスをバリバリ噛みジェフを上目遣いに飲み込んだ。
「なにが?」
「赤ン坊の世話。ミルクの作り方も知ってた」
「うん、僕も不思議に思ってた」
「子どもがいたことでもあったのか?」
「ああ、そういうことね。子ども産んだことはないけど、よくお世話してた」
シャーリーの過去については判然としない。親は生きてるのか死んでいるのかは知らないが、ジェフとチャルが会った時彼女はベビーシッターではなく敵対組織の用心棒をしていた。周りで家族の姿は見ていない。一件が終わって特務隊員に誘うと簡単に引き受けた。
「用心棒してたんじゃなかったっけ」
「用心棒も、別に本職ってわけじゃない。近所の子たちと一緒に暮らしてたのよ。中には赤ちゃんもいた。17くらいになってから街を出た」
「お前の親は」
「さあ、知らない。何歳の時かは忘れたけど、私を友達の家に預けたままどっかに行っちゃった。預けてくれたとこも、仕事ばっかりで全然会わなかったけど。ジェフの家族は?」
「いるよ。両親と兄貴一人と犬」
「どこに?」
「さあ」
「あなた全然自分のこと話さないわね。チャルの家は、ぬいぐるみ職人なんだっけ」
「うん、ぬいぐるみ作って売ってた。タラーストン」
「遠いとこねえ」
家族談議はここまでだった。家族の話題が出るとジェフの口数減るのがしばしばで、二人とも深追いはしなかった。ジェフはシャルフを見て、今くらいの歳にはあの国で結婚して子どももできてるはずだったと、ほくそ笑んでみる。
「駐禁だぜ、あの宅配」
ジェフは全然関係ないことを切り出した。しばらく無言で各々料理を口に運んでいた二人は外を見た。窓際の席からは店名ロゴ越しに道路の反対車線に止まる宅配トラックが見えた。確かに、店に入る時から止まっていた車だった。しかし宅配業者の出入りもない。
「中で寝てんじゃない?」
「こんなに天気がいいと昼寝もしたくなるよね。シャルフも寝てる」
「怠慢だなあまったく」
食後のコーヒーに口を付けた。頬杖ついたままやることもなく車を眺め続けていた。
「見つかんねえな、シャルフの親」
情報が何一つ入らなかった午前を思い出し誰に言うともなしに呟いた。車からグレー色の短い棒を持った男たちが飛び出し、口に運ぶコーヒーカップが弾けるのは同時だった。
「伏せろ!」
窓ガラスが粉々に割れ店員と客の悲鳴が聞こえた。三人と抱き抱えられたシャルフはテーブルの下に伏せ、銃声と泣き声が混ざった。
「撃たれてる!」
「わかってるよ、機関銃だ!何者だクソ!」
ジェフは腰に隠し持つ回転式拳銃を抜きシリンダーを改めた。五発の.38スペシャル弾きっかり薬莢の真鍮色と雷管の銀が並び、シリンダーを戻すと真上のテーブルに衝撃が走った。撃ってきた奴が乗っかっていた。テーブルの端に手をかけ拳銃を突き出すと二発撃つ。敵は断末魔を残してひっくり返ると古い機関短銃が床に落ちた。
「M3か。チャル、取ってくれ、シャーリー、拳銃持ってるな、チャルに渡して、俺たちが援護するから逃げろ!」
「私も戦う!」
チャルはM3A1サブマシンガン、その形状からグリースガンと呼ばれる機関短銃を取りジェフの足元に滑らせた。まだ弾が残っていることを確認したジェフは走ってくる敵を撃った。チャルはシャルフを抱くシャーリーに手を出した。
「シャーリー、銃を僕に!」
「でも!」
「シャルフを守って!」
怒鳴るチャルに中型自動拳銃を渡した。スライドを引いて装填するとジェフの横に並び、熱い打殻を受けながら援護した。
「行け!」
ジェフの声にシャーリーはテーブル下から這い出た。腰をかがめながらシャルフを腹に抱き店の裏口を目指した。
「マフィアか何かの襲撃よ!早く逃げて!」
厨房でうずくまるシェフやウェイトレスを蹴り上げ店の外に出た。銃声は止まず、逃げてくる店員や客に二人は続いてこなかった。心配になって店の外周を周り表通りに出ると、逃げ出す敵が車に乗り込み発進するところだった。窓から飛び出すジェフが機関短銃を構え遁走を図る敵を撃っている。機関短銃の弾が無くなると捨て、拳銃を抜き残りの三発を撃った。車はミラーやタイヤを破損させながらも路地を曲がり消えた。
「ねえ怪我はない⁉︎」
「ああ無事だよ。チャルも」
「この人まだ生きてる、急所は外れてるみたい」
チャルが歩道に転がる敵を確認した。ジェフはその敵を見ると形相を変え相手の頭を蹴り飛ばした。
「テメーどこの連中だ!白昼堂々とカッコいいこったなあおい!」
シャーリーは立ちすくみ、震える手でシャツのボタンとブラのホックを外した。彼女の乳首をあてがってもシャルフの泣き声は止まなかった。襲ってきたマフィアか凶暴になるジェフか、どちらに怯えているのか判らなかった。
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