第3話 シャルフ

 それから事務員のアドバイスを受け、医者に赤子を見せ健康状態を調べてもらい、よりしっかりとベビー用品を買い集めた。シャーリーは騒動で疲れが出たのか目をとろつかせていて、店についていくというのを留め寝かせた。チャルと二人で出かけ、ジェフが赤子を抱き、両腕に大量のベビー用品を吊るし書店の育児本コーナーを彷徨うのは異様だった。

 ニーノが街に着いたというので、その足で前の任務の報告に向かう。待ち合わせはカフェで、禁煙席に座るのは何年ぶりかだった。


「ああこんなとこにいた。君はきっと喫煙席にいるだろうと思って探したけど、喫煙者の煙で無駄に寿命減らしただけだった。禁煙したのかい?」


 嘲笑するニーノは睨みつけるジェフの腕の中に目を丸くした。赤子はすやすやと寝ていた。


「君たち、子どもができたのかね。シャーリー君は妊娠していないようだったけど。チャル君との子かい?今は男同士でも子を設けられるというからね」


 ニーノが顔を近づけると赤子は起き、尋常でない泣き声を上げた。ジェフはあやしながらニーノの顔を押しのけた。


「おーよしよし、ガラの悪くてクズでゴミでタンカスの、気取り屋の、クズの、アホの、バカの、クズの顔見せられて泣いちゃったんでちゅねーかわいそーに」

「ジェフ言い過ぎ」

「教育に悪いのではないかな、君の汚らしい罵詈雑言は。僕は容姿端麗で通ってるんだ。それにしても、クズと三度も繰り返してくれるとは、オマケが良いねえ」

「イケメンかもしれんがてめえはゴミだ。フェリーニの存在の方がよっぽど教育上よろしくない。はよ報告受けろ」


 ジェフは印刷された報告書をニーノの顔面に突きつけた。彼はニヤニヤと報告書を読んでいたが、次第に眉をしかめ始めた。彼の飲むロイヤルミルクティーは殆ど減らず、チャルが飲み切ったオレンジジュースの追加注文をしようと席を立ちようやく口を開いた。


「やっぱりそうか」

「なにが」

「これ間違ってるな」

「は?」


 ニーノは自分のタブレットを出すと国予情報局のサイトにアクセスし二人に示した。不意に赤子が手を伸ばし画面に触れ、押されたブックマークが開かれた。


「瑞々しい身体露わな巨乳美女がズラリと縛られてる。お前の性癖に興味ねえぞ」

「え⁉︎」

「見ちゃだめでちゅよーキョーイクに悪いでちゅからねー」

「ふぇ、フェリーニさん、僕たちにそのサイトを見せてどうしたいの・・・」

「ち、違う!この子が開いたんだ!」

「人に見せるページくらい、エロサイトのブックマーク外しとけよ」

「これだってこれ!」


 再び情報局のページを開く。犯罪者情報欄で、任務で捕縛したチンピラの顔写真が表示されていた。


「君の分隊が捕らえたのは七人だったね。重傷はあっても今回死人は出してない」

「その通り」

「あのグループは八人いたはずだ」

「そうなのか?」

「君たちの手を逃れた奴が一人いるはずだ。昨日護送されてきて尋問はこれからだから、よりはっきりしたことが判ると思うが」

「なんでえ逃げてたんか」

「話を何も聞く前に捕まえた人たちを警備隊に送ってもらったもんね」

「そうらしいね。少し面倒なことになるかもしれない」


 別の顔を表示させる。中年のくたびれた皺が汚らしく見えた。


「こいつは?」

「マフィア、ヤングラークスのボス、フィルバだ。件の不良少年たちはヤングラークスの傘下にある」

「ヤングラークスって、国予からUHヘリ盗んだあれか。ヤング名乗るくせにボスってこんなに老けてんのか」

「そのヘリで他のマフィアと大規模な抗争や街々の襲撃を繰り返す、目の上のコブだ。自分の組織の名に傷が付いたとあっちゃタダじゃ済まない」

「ヤなこと言うな。赤ン坊抱えてんのに」

「弾薬の増加申請しておきたまえ」


 ジェフは溜息混じりにタブレットを起動させ弾薬申請のページを開いた。小銃弾拳銃弾の必要数を記入しているうち指を止め口をぽかんと開いた。


「あ」

「どうした?」

「赤ちゃん用品の申請できるかな」


 ニーノが椅子から転げ落ちる音で、赤子がまた泣いた。


 帰るとシャーリーが珍しく料理していた。通路にベビー用品の山を置くと、彼女はパッと顔を輝かしてフライパンの火を止めた。エプロン姿でとたとたと駆けてくる、まるで新婚の嫁。


「おかえり!いい子にしてたかな〜」

「大体は大人しかったよ。フェリーニのことがよっぽど気に入らないらしい、奴の顔見たら泣き始めた」

「そこはジェフと似てるね。優しそうな雰囲気はチャルに、かわいさは私に!」

「俺たちの子じゃねえだろ」

「シャーリーごはん作ったの?」

「えへへーがんばっちゃった。買い物任せて寝ちゃってたし」

「疲れてたもんね、ありがとう」

「ちょうどできたとこ。食べましょ!この子にミルクも」


 夕食は、チャルの腕には到底及ばない味だった。そこまで下手というわけでもないけれど、チャルの料理があまりに美味なためか舌が肥えている。空腹なのに切ったステーキのフォークが進まず、もごもごとずっと噛んでいた。

 シャーリーは自分の食事にも手をつけず赤子にミルクをやり、哺乳瓶を空にするとシャツのボタンを外した。ブラはホックが前面に付いているタイプで、右胸側を外すと赤子の口に乳首を当てがった。しばらく吸っているとまもなく安らかな寝息を立て始め、シャーリーは目を細めて頭を撫でた。


「このブラ出しといてよかった。サイズ合わなくなってて溢れ気味だけど」

「シャーリーはすっかりお母さんだね」

「ベビーベッド買ってきたからベッドの横が狭いからそこに置こう。ベビーベッドが動いたらマズい」


 昼間はシャーリーのとんでもない思いつきとヤキモキしたが、なんとなくその気になっているジェフは折畳式のベビーベッドをはりきって展開した。赤子を組み立てたベッドに寝かせるといつまでも三人囲んで寝顔を見ていた。ジェフは自分の緩む頬を撫でらしくないと笑えてくる。


「この子の名前考えない?」


 ベビーベッドの端に腕と顎を乗せシャーリーはうっとりする。ジェフとチャルは細めていた目を丸く上目遣いの彼女の目と合った。名前、確かに赤子だの赤ちゃんだのだけでは不便であるが、本名が判らない以上下手に名付けることは考えていなかった。


「名前ったって、この子にも名があるだろうに」

「私たちが呼ぶ名前だけでも。この子の名前に関することって何もわからないんでしょ?」

「服にもネームはなかったよね」

「名前なんてつけると情が移る」

「そのニヤケ顔で言うセリフ?」


 いたずらっぽく笑いかけ、指摘されたジェフは咳払いした。三人には既に、赤子への情が心にはっきりと生まれていた。


「情が無いと子どもは健やかに育たないの」


 少し遠い目をしたシャーリーは台所へ行き、普段チャルが買い物や料理のメモに使うメモ帳とペンを持ってきた。可愛らしくデフォルメされた動物が賑やかなメモ帳だった。ペンの頭を三度ノックする。


「チャル、これ使うよ。名前何がいーい?」

「急に言ったってな、すぐには思いつかないな」

「チャルがチャルって名前じゃなきゃその名を使うんだけどね。優しい性格になりそう」

「そんな〜キャロルとかはどう?」

「女の子の名前みたいじゃないか。コルトとかスミスとかウェッソンとか」

「それ名字。全部銃器会社の名前じゃない」

「じゃあ僕たちの名前を組み合わせるのは?」

「シャーリー、チャル、ジェフ・・・シャルルとかは?かわいらしいじゃん」

「俺を仲間外れにするな。シャルフでどうだ」

「シャルフ、ねえ。語感は良さそうだけど」

「じゃあ決まりだな。シャルフ、お前はシャルフだぞ」


 赤子は急遽名前を決められ、それに気づいたわけでもないだろうが、くすぐったそうに笑い寝息を揺らした。

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