第24話 終戦

 敵が撤退を始めたとの連絡はラジオ放送によって行われた。ジェフたちは救出した味方と共にWDWKの車内で聞いた。後で聞いたことだが、敵にわざと防御層についての情報を傍受させていたらしい。だからか撤退は組織的だった。戦闘は急速に止み、負傷者や701分隊員は歓喜に酔い誰彼構わず抱き合い歓喜を分かち合った。小銃から弾倉と薬室の弾薬を抜くジェフは静かで、一方的に負傷者からキスを受けた。頬に唇を押し付けてくる顔を見ると若い女性兵士で、服装からしてパイロットだった。左腕を骨折のため肩から吊るし、抱きついてくる無事な右腕には戦闘機隊のエンブレムが縫い付けられていた。ケイトに似ていると思った。


「あんた、何乗ってた」


 答えは判っていた。エンブレムにはF4戦闘機の明灰白の制空色、随分汚れてほつれていた。


「ファントム!どうして?」

「ファントムか、やっぱり。墜とされるなよなあまったく。ケイトが心配するじゃんか」

「やだなあ。私、飛行場でファントムまで運んでもらう時車から落っこちて怪我しちゃったの。ケイトって?」

「あっそ。なんでもない」


 一日経って、夜。配置を解かれた701分隊は負傷者を送り届け、師団司令部付近の停車場にWDWKを停めた。その日は車内の清掃や破損した器具の交換、ボデーの修理、置いてきた家具の受け取りに追われた。シャーリーとチャルは借りた兵器を返納しに行ったが、師団長の好意でそのまま分隊の備品となった。

 車で待っていたジェフは銃器と銃剣の手入れを終え、静かにベッドで寝ていた。帰ってきた二人の匂いがグリスの薬品臭さに混じり、特に濃い女の香りを感じた。シャーリーはシャワーも浴びずにベッドの前で服を脱ぎ、最後ショーツを落とすとジェフに覆い被さった。


「おかえり、ジェフ」

「おかえり言うのはこっちだよ」

「ううん、おかえり」

「僕からも、おかえり」

「チャルまで。まあいいや、ただいま」


 ジェフは苦笑を漏らすと自分も服を脱いだ。身体の高揚は直ぐだった。


「チャル、珍しいね、どっか行かないなんて」


 シャーリーは恍惚とジェフの上で揺れながら、ベッドの側できちんと座るチャルが不思議がった。彼は顔を赤らめながら手で顔を覆っていた。


「恥ずかしいけど、二人がそうやってると、平和になったんだなって」

「全部終わったら、まずはジェフからって決めてたもんね。チャルもどう?」

「僕は、いいや」


 ジェフは繋がったままシャーリーを抱き抱えると自分が上になった。片手で乳房を掴むとを攻め、片手は指を絡ませ、解れない舌同士から水音が弾けた。シャーリーは思い切り嬌声を上げジェフの頭を抱いた。


「ねえ、良いよ、ジェフ、良いよ」

「シャーリー」

「ジェフ、ケイトとわたし、重ねちゃう?」

「シャーリーは、シャーリー、だよ!」

「あっ!」


 素早く突き上げるとシャーリーは激しく痙攣した。ガクガク震え濡れる股はジェフの腰をさらに強く引き締めた。シャーリーが先に果て、ジェフも間もなく果てた。

 彼はシャーリーはシャーリーと言ったものの、ケイトとシャーリー、どちらで頭が一杯なのか判然としなかった。ただ、ケイトはやはりちゃんと服を着て立っていたことだけは確か。


 しばらくして、敗走する敵を追う増加部隊を除いて各隊は任地を離れることとなった。その前に離任部隊の閲兵がある。見物客は警備地区内住民、ワーカシュト国民だった。防御層前に巨大スクリーンが設営され互いの姿を映し出す奇妙なパレードとなった。

 軍楽隊は古い映画音楽のような曲を演奏していた。師団長が座席に立つ機動乗用車に続き司令部護衛小隊、一応司令部付とされた701分隊はその後ろだった。WDWKでの参加は許されなかったから徒歩で、思い思いの兵器を携える。ジェフは小銃を担ぎ腰に拳銃と銃剣、シャーリーは擲弾銃に揺れる軍刀を抑え、チャルはこの戦闘で武器を使わなかったからとりあえず拝謁の際と同じく胸に拳銃を下げた。戦闘用のではない軍服に、先に授与された従軍徽章、勲四等戦闘功労章と勲五等戦闘功労章がそれぞれ胸に光った。加えてジェフの肩には、一曹を示す肩章が。


「かしらぁー右ッ!」


 あの老人の声とは思えない絶叫、師団長の号令で司令部は一斉にスクリーンを向いた。ドローンの撮影で映し出される王家、その背後に千切れんばかりに手を振る国民、防御層のためか薄く青がかっていた。

 数秒の間だったが、確かに目が合った。シャーリーは王妃、チャルはデイビス家の人々、ジェフは、一家の前に並ぶ警護士姿のケイト。シャーリーとチャルは「あっ」と一言だけ、口を開けたまま涙が一筋流れた。ジェフはケイトと見つめ合ったまま髭のない口角を上げた。ケイトは微笑み湛えて目を細めた。

 歩兵が続いて機動部隊、被弾箇所の再塗装が終わっていない戦車群が砂塵を巻き上げ、スクリーンを覆い隠した。



「あー疲れた!なんか一生分汗かいた気がする。となれば、ビーチよビーチ」

「バカンスにビーチってのもなんか陳腐でないかい」

「ばーかね、陳腐ってことは誰がやってもその通りなのよ。なら楽しいに決まってる」

「綺麗な海辺もいいよね、行こうよ!イルカさんとかクジラさんとかいるかなあ」

「ナンパしよーっと!チャル、いいね?美男美女のひしめき合うビーチよ。たとえ動物いなくても」

「えーイルカがいいー」

「オトコ!オンナ!」

「イルカ!」

「ケッ、好き勝手。まあいいや、イルカに乗る美男美女ならいいじゃんか、ビーチとやらを探そう」

「早く行こ!」


 勲徽章としばらくは着ないはずの軍服をタンス奥深くに叩き込み、シャーリーとチャルは声を揃えた。ジェフは少し生えてきた髭を撫で、結局ガスマスク使わなかったから剃ることもなかったなと馬鹿らしく笑った。


「これ、二人にあげるよ」


 チャルが何かを差し出した。ジェフとシャーリーをデフォルメした小さなマスコットのぬいぐるみで、これがシャーリーにも秘密にしていた縫い物の正体。シャーリーは嬉しそうにはしゃぎ運転の邪魔にならないようなフロントガラスの端に高く掛けた。


「かわいい!これだったのね、チャルが作ってたのって。ありがと!」

「ありがとなあ、俺の姿にしちゃちと可愛すぎるけど。チャルのは?」

「僕のも、ちゃんと作ったよ」


 チャルは自分のマスコットを取り出しシャーリーと同じように掛けた。ジェフも同じようにマスコットを並べた。可愛らしい小さな三人は、シャーリーがエンジンをかけるとほんの少しだけ揺れた。

 車が発進してからジェフは銃座に上がり王国の方を振り返った。王宮と城内の街並みが次第に遠ざかり、ミニチュア模型のようになって見えなくなった。吐いた煙草の煙が風に乗り、王国の方へ流れて消えた。


「あっ!アーちゃんとシてない!」

「もう無理じゃないかなあ」

「調査官は憲兵ともども忙しいぞ。諦めろ」

「やだやだ!アーちゃんとするの!戻って!」

「シャーリー!」

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