第23話 繋がる

「近衛警護士ケイト・デイビスです。鍵を持ってきました」


 王宮地下通路にケイトの扉のノックと低い申告だけが響いた。秘密の部屋の扉は勢いよく開けられ、野戦病院にいた軍医と似たような白衣を着た研究員が姿を現した。


「おい最後の鍵だ!これでやっと静かに研究できるぞ!」

「ちくしょー遅えぞ!ミイラになっちまうとこだ」

「よろしくなあ近衛兵さん、これから俺たちも王国民だ!」


 ゲラゲラと研究員たちは笑い合った。鍵が来た気安さから、彼らは簡単にケイトを中に迎え入れた。部屋に一歩踏み入れると見たことのない電子機器が所狭しと並べられ聴き慣れぬ作動音が耳に痛かった。壁際の中心には大きな液晶画面のモニターが鎮座し、かつてそこにはF4戦闘機が空を駆けていた。今は前から見た王宮の映像が流れている。暗視装置を通した王宮のは禍々しく描かれていた。


「さあ鍵を。これをあそこに入れて回しゃ、全部終わりだ」


 研究員は手を出した。ケイトは鍵を入れた胸ポケットに手を当て、しばらく動かない。


「どうしたんです?早く鍵を」

「あの、これ私がやってもいいですか」


 研究員は狂気の笑いを止め顔を見合わせた。一人が困惑したように口を開き煙草に火を点けた。


「そう言ったって、なあ」


 吹いた煙が漂いケイトは匂いを嗅いだ。ジェフの煙草と違って甘い香りだった。


「ぜひやらせてください。この鍵、これから起こること、私にとって大切なことなんです」

「しかし、我々の最後の任務でもある。それにこの子は研究対象の・・・」

「おい、馬鹿」


 扉を開けた研究員が煙を仰ぎ言葉を遮った。「俺たちもこの子と同じになるんだ。そんなこと言うな」とモニター下の制御盤を指差した。


「いいでしょう、おやりなさい。そこに鍵穴が空いているでしょう。鍵を差し込んで左に回すんです。暇潰しに作った仕掛けですが。大切なことって?」


 制御盤の前に出たケイトは少ない唾を飲んだ。納得して落ち着いたはずで、ジェフと心で繋がるために申し出たのに、いざ最後の一手を前にすると心が震えた。


「私の、好きな人との」


 鍵が差し込まれた。点滅していた赤ランプが点灯に変わり、最後の準備が整った。ケイトは涙が溢れてきて無機質な天井に顔を向けた。指に力を込め鍵を左に回した。


「さようなら、ジェフさん!」



「ねえあれ!始まった!」


 城外から離れるWDWK、銃座からシャーリーが叫んだ。窓から射し込む光が青白くジェフを照らした。ゆっくりと起き上がると力なく階段を上り、振動に身体を壁にぶつけた。ヘッドセットを投げ出し運転席へ向かうシャーリーと入れ違いに銃座に上がり、電子防御層の展開を目の当たりにした。

 ステンドグラスのように光る防御層は城壁から出現し鳥籠のように国を包んでいった。何かしらの紋様が描かれており、透き通る草木花が王国を守護していた。王宮の頂点で光線が纏まると紋様は消え、半透明の青が覆った。ジェフは銃座から降りタブレットを取って運転席に入った。


「任務だ」


 シャーリーもチャルも涙顔を向けた。ジェフはタブレットの通知を表示させ、襲撃された野戦病院の救援に向えと命令が出ていた。


「おそらく一人で動けない負傷者もいることと思う。力が要る、チャル、シャーリーと運転を代わってくれ。俺は銃座にいる」

「ジェフ」

「やれやれ、戦争終わるってのに」


 ジェフは転がるヘッドセットを取りかけて、思い出したように煙草を出した。


 泣きじゃくるケイトは研究室の外に出た。研究員がためらいがちに扉を閉めるとうずくまり、嗚咽が響いて耳に返ってくる。

 ジェフの姿を頭に浮かべた。ぐちゃぐちゃの思考の中彼の面影だけは不思議なくらい鮮明に蘇った。そこから軍装と銃を除いて髭を生やし、父と同じような服を着せて煙草をくわえさせた。よく似合っている。自分の姿も出現させ並ばせた。薄茶のブラウスは少々地味だったが、これが一番のお気に入りだから構わない。

 この二人が、ケイトの中で永遠の恋愛を歩んでいく。


「ジェフさん、私、生きていくよ」


 これから、他に愛する人ができたとしても、もし防御層がなくなってジェフと再会できたとしても。思い出を織り続けて生きていく。涙は止まった。

 

「ケイトー鍵渡せたんだね!どこにいるの?」


 廊下の果てからランシャの声が聞こえる。ケイトは勢いよく立ち上がり、とん、と床を踏み鳴らした。


「ランシャちゃん、今行くよ!」


 元気な足音が廊下に残った。落ちたケイトの涙が石畳に染み、やがて消えた。

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