第25話 風に揺れて

「煙草切らしちまった。後で返すからちょっとくれ」

「べつに、返さなくていいよ」


 シャーリーはタブレットを見ながら唇から煙草を離しジェフに渡した。銃座で受け取るジェフに短い煙草は熱かった。


「いつだったっけ、遠い昔のような気がするけど」

「懐古するほどそんな前でもない。季節が変わったくらいさ」

「となると、意外と早く解けたわね、でんしぼーぎょそー」


 この時の任地は、遠くに王国が見える場所だった。もう防御層のバリアは消えていて透き通る空気は王国と同じだった。

 弱体化した新秩序革命軍は脅威を失い、701分隊のバカンス中に電子防御層は解除されていた。開発されたばかりで解除方法も解明されていないというのは嘘かもしれなかった。しかし平常時の今は王国に入ることはできず、また、三人の間で戻ろうという声も特別起きなかった。思い出は思い出のままにして面白おかしく生活し、また時折の任務に就いていた。


「ねえ、あの王国から出入りを許された住民が少しだけいるんだって。主にこの前の戦争で外に興味を持ち、また一時的に外に出ても精神的に差し支えない者が外に出て専門教育や説明を受ける。航空系に行ったのも一人いるって。ありゃ、結構前の記事だこれ」

「研究やめたのかな。あの王国は外の世界と離して平和な生活を築けるかが目的だったと思うけど」


 チャルが熱いコーヒーを淹れて持ってきてくれた。冬に差し掛かり、空は秋のように晴れていたが冷たい風が肌を刺す。

 もしかしたらケイトにも会えるのかな、ふと思ったが、急くような心はなかった。もし会えたとしても、ジェフとケイトは思い出の存在、一つの恋として二人の中に生き、互いの道を歩むと誓った。何があってもそれは変わらない。恋を諦めたのでも捨てたのでもなく、シャーリーと師団長の言った通り、結ばれた恋の様々な形の一つ。


「あちち。さあな、興味を興味のままで爆発するより、変な考えを持たないような人間だけ外に出したのかもな。出入りできるなら、家族との離別もない」

「なんか中途半端ねえ。あっ、フェリーニさんからの通知。飛行機で行くって」

「ヒコーキ?あいつ航空隊にいたって言うけど、まさか戦闘機でも乗ってくるんじゃ」

「まーさか。セスナか何かでしょ。平地だから飛行機は降りれそうだけど」

「飛行機が来るよ。ジェットみたい」


 チャルが指差す方を見ると、王国の方角から明灰白色の平らな物体が向かってくる。轟音が青空を裂いていた。


「呆れたなあフェリーニ。ファントムじゃねえか。俺はあの戦闘機好きだけど、いい加減古いんだし退役させたらいいんだ」

「もう一つ通知!同乗者がいるって!」

「同乗者ァ⁉︎」

「ええとね!なんでもジェフに・・・」


 着陸を始めるF4戦闘機の音でシャーリーの声は聞こえなくなった。耳を澄ますのをやめ凄まじい勢いで飛んでくる砂塵を避けた。WDWKは砂塗れになり、天蓋を閉じ損ねた銃座から車内に砂が巻き込んだ。


「ちぇ!乱暴者!」


 シャーリーからタブレットを受け取り車外に降りた。続こうとするチャルをシャーリーが止めた。


「まずは、二人で会わせてあげましょ。もう大丈夫、ジェフもも、ちゃんと自分の世界を生きていけるから」

「そうだね。でもフェリーニさんはちょっと気の利かないとこあるから出てきちゃうかも」

「おとなしくしてればいいけど」


 ニーノはやはり真っ先に機外に出て、足早にジェフに歩み寄った。


「やあやあ、今回は相手にも死傷者出さずに結構。今日は君に会いたいという同乗者も連れてきた。本当は規則違反なんだけどこっそりとね。警備地区の住人だ。しかしなんだね、そのコート。似合わんねえ君には、ぐえ」


 軽口叩くニーノはジェフに足払いを掛けられガニ股でつんのめった。ジェフにはニーノの存在なんか眼中にない。

 レーダー、航法担当の乗る後席から小さな身体が身を乗り出した。たどたどしく地面に足をつけると二、三歩よろけ、やっとのことで背筋を伸ばし脚を揃えた。ゆっくりヘルメットを取ると少女の顔が現れ、彼女は腹部にヘルメットを抱えお辞儀をした。長髪が風にたなびき、目を瞑って髪を抑えた。


「髪、伸びたな」

 

 ジェフは髭面を微笑ませてケイトに一歩近づいた。

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