第19話 ワーカシュト再び

 護衛は装甲車二台付き、前衛に続いてWDWK、負傷者を満載したトラック、収容できた死体のトラックと後衛が連なった。占領地域に入ったためヘッドライトも煌々と、小気味よく道を照らす。


「ねえジェフ、ワーカシュトだけど」


 ジェフは運転席で久々のチャルの夕食に舌鼓を打ち、デザートのチョコバーを頬張っていた。浮かない顔するシャーリーが爪楊枝のように煙草をくわえていたので火を点けてやった。


「ワーカシュトがどうしたって?」

「うん、それがね」


 煙を吐いたシャーリーは胸元から鍵を出した。チラリ見えた谷間を、ジェフは見慣れているはずだがご無沙汰で、凝視しているとシャーリーはジトリ視線を向けた。


全部終わったらね。真っ先にジェフだから」

「そいつぁありがたい。ほんで」

「ワーカシュト、電子防御層ってバリア張るんだって」

「バリア?」

「そう。敵が来れないように」

「でもなぜ。増援も来て戦争には勝てそうなんだろ?」

「そうだけど、国予はこれ以上被害出すわけにはいかないんだって。敵はどんなに損害を出してもワーカシュトを目指すだろうから。だから、そもそも国に入れないようにしてそれから敵を掃討するんだって」

「味方の出入りは?」

「できない。バリアといってもまだ不完全な物らしくて、解除出来るかもわからない」

「じゃあ、中の人とは」

「もう会えない」


 ジェフは息を呑んだ。ケイトという文字だけが頭一杯になり、なかなか彼女の姿が出でこなかった。やっと脳内に現れたケイトは、文字に押しつぶされるように本を拾う姿勢をして顔が見えなかった。


「・・・そうか」

「心の決着がついたかどうかは聞かない。この前言えなかった、おじいちゃんの言葉を伝えるわ。どんな恋でも、結果じゃない。誰かを愛したことが大切なんだって。恋は輝き、生きていく。たとえ結ばれなくて、これから先誰と愛し合って結ばれたとしても」


 少しだけシャーリー自身の解釈が入っていた。ジェフは隣に座るシャーリーと前席で運転するチャルを見た。ガラスに反射するチャルの目が合った。

 ジェフはジェフで、戸惑いながらも決着はつけていた。ケイトのことは諦めると。結ばれぬ恋は諦めて忘れてしまうと。それはひどく重苦しい思いであるのだが、結局結ばれぬとしても、シャーリーの言う言葉は少し違っていた。彼女は似合わず大人びたような眼差しで鍵を見ていた。しばしその横顔に見惚れていると照れくさくなり、心が和らいだ気がした。


「俺、諦めるって考えなくてもいいのかな」

「そういうこと。恋って捨てるものじゃなくて、残しておくものなんじゃないかな」

「心にしまって、鍵かけてか」

「鍵までかけなくてもいい。でもそれはジェフ次第」


 シャーリーはジェフの目の前に鍵を差し出した。何を指す鍵なのか見当つかず、王家の紋章だけが映った。


「心に鍵をかけてもかけなくても、これだけはケイトに渡してきて。バリア発動の鍵」

「これが?」

「ジェフとケイトがやるの。最後に、この鍵があなたたちを繋いでくれるって信じてる」


 唾を飲み鍵を受け取った。磨き抜かれ鯖一つない鍵にケイトが映り込んでいた。紋章部を額につけ瞑目し、しばらくすると目をカッと開いた。


「チャル、部下を野戦病院に送ったらすぐ城に向かってくれ。聞いてただろうけど、ケイトに鍵を渡しに行く」


 小隊員を病院で降すのと前後して原隊復帰命令が出て、再び正式にジェフは分隊長に戻った。小隊員に惜しまれて彼らと別れると城へ向かい、出国する後方部隊の渋滞を横目に入国への道は空いていた。


「どこの隊だ今更入るなんて。もう死体安置所くらいしか残ってないぞ」


 検問には初めてワーカシュトに入った時と同じ憲兵がいた。野戦の格好で、迷彩服の腕に巻かれた白字のMP腕章は汚れていた。ジェフは運転席の窓から身を乗り出し上から身分証を見せつけた。


「なんで城内にこんなに部隊がいたんだよ」

「敵は占領後のシンボルにするつもりで、王宮には攻撃しないと暗号電を傍受した。だから重症患者の病院と資材集積所があったんだ。だが警備地区全域に防御層を張ることになって全部撤退してる。お前たちも戻れ」

「僕たち、その防御層の始動の鍵を渡しに行くんです」

「そうよ。ほら、命令書」


 ジェフの横からチャルとシャーリーが顔を出した。憲兵は広げられた命令書を目を細めて見ると、部下に命じてゲートを開けさせた。頭を傾げて進行を命じようとした彼は急に何か思い立ちWDWKを止めた。


「ちょっと待て」

「なんだ、急いでんだ」

「済まない、頼みがある。私事で申し訳ないんだが」

「なに?」

「二日前、重傷の弟が死んだと連絡がきた。ペーカー・ジェインっていうんだ。死体を見る前に、弟がどんな様子で死んでるのか教えてほしい」

「気の毒だけど、そんな時間は」

「わかった。ペーカー・ジェインだな。必ず見てくる」


 シャーリーの言葉を遮り窓を閉めた。チャルから運転を代わりジェフは自分でハンドルを握った。猛スピードで坂を駆け上がり、棒立ちで見送る憲兵はたちまち見えなくなった。


「ジェフ、どういうつもりなの」

「あのPDW、誰からもらった」


 フロントガラスから目を離さず後ろを指差した。壁にシャーリーが兵器庫からもらったというPDWがスリングでぶら下がっていた。


「兵器庫の若い子。元は死んだ友達のだって」

「くどい因果だなあ因果。どうせジェインのだ」


 まったく同じの銃を肩に掛けていた少年を思い出す。偵察隊のあの少年、瀕死の傷を負いながらもジェフを乗せ運転してくれたジェイン一等兵。歪んだ笑顔が頭に浮かぶと沈んだ。

 死体安置所もちょうど撤退するところだった。数々の死体を運び出そうとする衛生兵を呼び止め、苛立つ彼らのぶっきらぼうな言葉でジェインの死体袋を見つけた。彼の亡骸は野暮な死体袋に入れられ、死化粧は無くとも汚れだけは拭かれていた。真っ白で美しい顔だった。袋を下まで開くと胸に黒く滲んだ穴が空いていて、それ以外の傷は見当たらなかった。


「お前さ、ファストネームはペーカーっていうんだな。さっき知ったよ」

 

 鉄帽を脱ぎ頬に手を添えた。冷たく透き通る頬はジェフの手で温められ、少しだけ赤みが戻ったような気がした。


「よかったな、胸の傷以外は綺麗なままで。兄ちゃん心配してたぞ。どんなふうに死んだかって。ペーカーの銃、もらってくよ」

「そいつ、死に方だけは大人しくて綺麗でしたよ。輸血も全部無駄になったけど。もういいですか」


 隣で貧乏揺すりする衛生兵がジェフの返答待たずに死体袋を閉め搬出した。死体に囲まれ悲しくなり、涙を流すチャルを同じく涙ぐむシャーリーが慰めていた。衛生兵は横を通り「こんなデカい図体して死体が初めてかよ」と吐き捨てるように言った。シャーリーは怒りに駆られ衛生兵を追おうとしたがジェフに止められた。


「いいよシャーリー。衛生兵にしちゃ野蛮な奴らだな」

「あんたが良くたって私の気が収まらない!チャルは心優しくて遺体に涙してるってのに」

「静かに見送ってやれよ。綺麗な身体で兄貴のとこに帰れるんだ」


 ジェフは死体安置所を出ると幌に赤十字章が縫い付けられたトラックを敬礼で見送った。トラックが見えなくなると、シャーリーに背を抱かれたチャルが出てきて二人に向き直った。


「ケイトに会ってくるよ。ついでに戦争も止めてくる」

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