第17話 引き返すタリー
しかしタリーは生きていた。その上脱出に成功していた。混戦の中闇雲に走り回って銃弾から逃れると、いつのまにか敵の前線を超えていた。傷だらけになり銃も失った彼は、所々に放置されている死体に潜り込んで敵の目をごまかし前線から遠のいていった。何度も陣地に戻ろうと思い立ったが、戻るにも後ろには敵がいてそれは不可能だった。今は味方を見つけて壕まで助けを呼ぶことだけを考えていた。
朦朧とする意識の中痛めた脚を引きずっていると、前方の稜線の向こう側に土煙が上がるのが見えた。味方かと思って歩みを進めたが、稜線を飛び越して走ってくるのは味方の軍用車輌ではなかった。彼はこの車がWDWK518というサバイバルキャンピングカーであることを知らず、敵にしか見えない。踵を返して後ろへ戻ろうと慌てふためいていると車はすぐに追い越した。回り込まれたタリーはもはやこれまでと、たった一つ携えていた武器の銃剣を捨て両手を上げた。
「なんだ、国予じゃないの!」
聞こえたのは若い女の声、シャーリー・クエイ。軍服も着ていない彼女は片手に拳銃持って銃座らしき屋根から車外に降りると小走りに近づいてきた。後から追ってくる一団は味方の軍装を纏っていた。シャーリーは拳銃をしまい40㎜擲弾だらけの弾薬ベストの腰からキャンティーンを抜いた。
「水、欲しい?」
タリーはひったくるようにキャンティーンに飛びつくと顔をビシャビシャに濡らして水を飲んだ。追いついた他の兵隊たちは二人を取り囲みタリーを検分している。
「クエイ、スパイじゃないな?」
「違うんじゃない?スパイにしちゃあんまり無防備だし」
空になったキャンティーンを返すとケースに戻し、今度はベストに一つだけ付いている小銃用マグポーチから煙草とチョコバーを出す。
「どっちがいい?」
煙草は喫わないからチョコバーに手を伸ばしかけると、ジロジロ見ていた下士官が驚愕の声を上げた。
「あっ!タリーじゃねえか!」
その声でタリーと言われて見ると、見覚えのある顔だった。教導隊にいた時の教育班長で、ついこの前まで彼にしごかれていた。チョコバーを取ろうとした手を額に当て一瞬不動の姿勢をとった。
「ゼスト班長!」
叫ぶと急に全身から力が抜けその場にへたり込んだ。ゼストはしゃがんで栄養食の高カロリービスケットを出すと開封しタリーの口に押し込んだ。
「一曹、知り合いなの?」
「ああ、ついこの前までな。教導隊の俺の教え子だ。タリー、なんでこんなとこにいるんだ」
タリーは班長からもキャンティーンをもらい栄養食を流し込んだ。二つ三つ咳をすると喘ぐような声で伝えた。
「あの、僕、自分は、脱出班で」
「脱出班て何のだ」
「ロント平原の。433戦闘団です。82大隊。僕陣地に戻らなきゃ」
「ロント⁉︎」
一同声を揃え、特にシャーリーの声は甲高い。彼女はタリーの肩を掴みガクガク振った。口に残っていた栄養食の欠片が飛ぶ。
「あのね、ジェフ・マックィーンっていう二曹知らない?ロントにいるはずなんだけど!」
「マックィーン?ああ、分隊長」
「あなたの上官なの⁉︎」
「僕、若いからって壕から出ていくように言われて。戦地から離れろって、分隊長から。でも壕から出たくなくて、みんなと一緒にいたくて」
タリーは急にぐずり始めた。乾いた瞳に潤いが与えられ涙が頬の汚れを洗った。シャーリーは彼を抱きしめてやると耳元でささやいた。
「ジェフは私の友達で、迎えに行かなきゃいけないの。あなたの陣地まで案内してくれる?」
「シャーリー、この子は怪我してひどく疲れてるみたいだし、後送しなきゃ」
「壕に帰れるんですか!」
タリーはパッと目を輝かせた。周囲がたじろぐほどの急な回復で、脚の痛みも忘れて立ち上がった。両手でシャーリーとゼストを引きWDWKに向かった。
「早く行きましょう!皆んな待ってます」
「でもあなた、チャルが言う通り怪我は大丈夫なの?」
「たった今治りました。さあ早く!」
シャーリーが降りてきた銃座によじ登って乗車しようとしたがさすがに押し留め、後部出入口から入りタリーを座らせた。そのうち中隊長と通信兵を引き連れた大隊長もやってきて床に作戦図を広げた。大隊長は片膝ついてサーベルを肩に持つと指でマーカーの点を叩いた。
「二等兵がいた82大隊のドロク陣地はここだな」
「はい。自分の小隊は第八機関銃陣地でした。この距離で大隊が分散配置されていました」
「現兵力は?」
「戦闘団全体のことはよくわかりませんが、小隊に関しては各分隊よくて半分戦闘できるくらいでした。銃はありますが食糧弾薬衛生材料が不足しています」
「どこの隊も同じだろう。我が大隊は82大隊と交代するためドロク陣地に向かう。一から四中隊はそれぞれ第三砲兵陣地、対戦車陣地、予備陣地、第八機関銃陣地、五中隊は大隊生存者を収容し後送の任に当たれ」
「あの、大隊長」
くわえたチョコバーを噛み砕きシャーリーが口を挟んだ。通信兵を指差す。
「念のため師団司令部に確認してほしいけど。おじいちゃん・・・師団長が言ってた、マックィーン二曹にはこれから重要任務が命じられるの。ジェフ助けたら帰っていい?」
「重要任務?通信兵、師団司令部に確認しろ」
「言っていいのかな」
シャーリーは胸元のボタンを外すと胸に挟まれていた鍵を出した。見えた胸の谷間にチャル以外の視線が一斉に集まる。
「どこ見てんのよ。これ」
「なんだその鍵」
「この鍵で王国に『でんしぼーぎょそー』張るんだって」
「大隊長、確かに命令が出るようです。マックィーン二曹救出次第発令されると」
「連絡早いな。そうなのか、だったらマックィーン二曹を乗せて帰還してよろしい。二曹の分隊も連れて行け。しかし忙しいやつだな、来たがったり帰りたがったり」
「言ったでしょ?すぐ行ってすぐ帰るって」
シャーリーは再び鍵を胸元にしまいボタンをかけた。
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