第16話 勲章
「こんだけやりゃ、戦闘勲章もらえますよね。死んだら勲何等だっけ」
移動を試みる二人の敵兵を射殺したシューマ一等兵が壕内に降りた。ジェフは彼の方を見向きもせず、小銃の銃身に黒いビニールテープで銃剣を巻きつけていた。彼の銃剣は他の分隊員と同じ物だったが、小銃は別物だから規格が合わなかった。
「兵は勲四等戦闘功労章だっけな。生きて帰ったって勲五はもらえるんだ。お前負傷特別章ももらえるんだから、欲張んなよ」
シューマは千切れている左耳を撫でいたずらっぽく笑った。予備がなく取り替えられない包帯は土と血で汚れきっていた。
「分隊長は何もらうんです」
「くれるんなら勲四でいい」
「ありゃ、死ぬんですか」
「バカ、下士官で特別な戦功があったら死なんでも勲四もらえるんだ。でもくれねえってんならなんもいらねえよ。それより女だ」
「あ、いいこと言う」
シューマは目を丸くして白い歯を出した。壕の住人は歯も磨けず不潔極まりないはずだったが、顔全体が黒く汚れているためエナメル質を通した象牙質の白さだけが不気味に光った。
「女ってアテはありますか。女の店まだあればいいけど」
「俺は二人いる。いや、一人はちょっと意味合いが違うかな」
「なんですそれ」
「さあ」
適当に言葉を濁して二人と言う内一人はシャーリー、もう一人はケイトだった。
戦闘に出てから、親しんだシャーリーの裸体なら思い浮かべはしたものの、不思議とケイトの性が露わになる姿は一瞬たりとも想像する気にもならなかった。脳内に出てきては消えるものはシャーリー、チャル、ケイトばかりで、時折家であるWDWKのベッドが混じる。シャーリーは三つ編み肩に流して少し惚けた表情で、服を着ていたり着ていなかったり、チャルは軍服の上衣脱ぎデイビス家の幼子と戯れ合う姿、ケイトは初めてあった時のような茶のブラウスに本とノートを抱えていた。
黒テープを巻く手が止まる。目の前から銃剣と煤けた銃口のフラッシュハイダーが消え、チャルにぶつかり抱えた物を落とすケイトがいた。黒表紙の冊子が正装用の黒短靴の先に転がった。
あ、あの本だ。ケイトが大切にしてるやつ。拾ってあげなきゃ
「分隊長?」
シューマが顔を覗き込んだ。気づくと黒テープから離した手が空を切り、銃身から芯がぶら下がっていた。ジェフは黙って芯を取るともう一周黒テープを回した。
短い点射の銃声が聞こえた。黒テープをナイフで切りジェフとシューマが銃を構えていると、しばらくしてハンバートの報告が静かに響き渡った。
「クラード上等兵戦死」
「あっ!」
シューマはいきなり立ち上がろうとしてジェフに引き倒された。彼は「すみません」となんでもないように言うとまた側頭部の傷を撫でた。
「あいつ、俺の耳がどっか行った時自分の包帯出して巻いてくれたのに」
「俺は行ってくる。双眼鏡渡しておくから、少しだけ頭出して敵情を偵察しろ。囮使って、撃たれるかどうか確認するんだぞ」
「・・・はいっ」
一呼吸置いて返事すると、遠くを眺めているような目で双眼鏡を受け取り鉄帽を外した。鉄帽を銃口に引っ掛け頭上に押し上げ撃たれるかどうか試し始めた。ジェフは交通壕を背を丸めて通り死体確認へと向かった。
分隊の生存者は、負傷者含め半数に減っていた。
「伝令ご苦労。無事だったか?」
「はい、損害ありません」
夜、小隊全体の報告を連絡に行ったハンバートが戻ってきた。彼は火の弱くなったジェフのジッポで煙草に火を点けてもらうと、壕の奥まって天幕で張られた中であっても用心の癖で火種を隠すように手で包み込んで持った。煙を吐きながら命令書を出した。
「分隊長は小隊長に、小隊長は中隊長に任命されました」
「繰り上がったな。今の大隊長はシャレイ中尉のままか?」
「中尉は戦死し、ノクト少尉が大隊の指揮を執っています。一中隊じゃ、上曹が中隊長やっているそうです」
「幹部不足も甚だしいな。この分隊を小隊指揮班とする。ハンバート、誰か元気そうなやつ選んで各隊に連絡にやってくれ。それから、生存者と武器弾薬の残存を聞いてくるように」
「ものはついでです。自分が行きます」
「そうか。君に任せきりで済まない」
「べつに。じゃあ行ってきます」
「煙草がまだ長い。喫っていけ」
ハンバートは急いで呼吸を繰り返し煙草を縮めると灰皿に置いた。敬礼して出て行こうと背を向けると、思い出したように立ち止まって顔だけをジェフに向けた。
「ああ、あとそれから、この前出た脱出班、全滅したみたいです」
「この分隊からはタリー二等兵が出てたっけ」
数日前、残り少ない兵員から一個分隊程度が選出され脱出が試みられた。各分隊から一人選出とのことで、ここにいるよりはマシかもしれないと一番若いタリー二等兵が選ばれた。一番臆病でもあったタリーだが、陣地から離れるのを始終嫌がっていた。
「お前、こんなとこにいても嫌だろう。戦争なんざ」
「そりゃ、戦争は嫌ですよ。でも、なぜかここからは離れたくないんです」
必死に拒んでいたタリーだが、本人のためと全員で説得して壕から追い出した。脱出の為に幾度とない偵察と危険な陽動作戦が行われ、成功の望みもあった。しかし、全滅してしまったとあれば結果的に可哀想なことであった。
実際誰もがタリーと同じく、陣地から離れたくなかった。交代がいればまた別だが、自分の分だけでも壕に空きが出てしまうと思うと耐えられない謎の恐怖が起きた。
「誰一人戻らなかったか?」
「連隊本部の下士官が一人戻ったきりです。急襲され、隊が混乱してそいつ以外誰も帰れなかったと」
「捕虜にでもなってりゃいいがな」
ジェフは手帳を開くと、分隊員の名が書かれたページからタリーという文字に横線を引いた。
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