第15話 突撃

 シャーリーはWDWKの銃座にあぐらをかき地図を新聞紙のように広げた。ナビに記載されていない地区であるから迷いがちで、赤ボールペンをカチカチ鳴らす音がヘッドセットを通じて運転席のチャルの耳に響いた。


『シャーリー、コーヒーでも淹れようか』

 

 シャーリーの苛立ちを感じて言うも、彼女は低い声で断った。


「ううん、多分もうちょっとでこの場所がわかるから」

『でも周りはこんなに暗いよ。部隊がいれば何か兆候があると思うけど』

「救援部隊に会えなくても、そのままロント平原に着けばいい。チャル、その道を左に曲がって」

『わかった』


 二股に分かれた道を静かに曲がり、森林を照らすライトが横にスライドした。曲がりきらないうちにチャルは急ブレーキを踏んだ。


「どうしたの?」

『人!人だよ!』

「なんですって⁉︎」


 出発して戦闘区域といわれる地域に出てから人には全然会わなかった。シャーリーは刀を背負って師団長の拳銃を抜き銃座横の梯子を伝って飛び降りた。ライトの前に森林から少銃を構えた兵隊二人が現れて、国予の戦闘服を着ていた。


「誰か!誰か!」

「味方よ!31師団遊動701分隊」

「こんなとこに遊動分隊?スパイか!」

「バカ言わないで!これ、この通り通行證も・・・」


 図嚢を銃座に置いてきたことを思い出した。慌てて車に戻ろうとするシャーリーに警告射撃が撃ち込まれた。彼女が手を掛けた梯子の一段上が削られる。


「危ないわね!上にマップケース忘れちゃったのよ!」

「怪しいな、降りろ!」


 仕方なくシャーリーは再び降り拳銃を持ったまま手を挙げた。チャルが銃声に運転席から飛び降りて走ってくる。


「僕たち味方です!」

「うわあ!なんだこのデカいやつ!」

「チャル!上から通行證と命令書取ってきて」

「お前も手をあげて車体に並んで背を向けろ!」

「は、はい・・・」


 言われた通り二人に背を向け車体に張り付く。取り上げた拳銃を珍しそうに見ていたが、身体検査をしようと向けられたシャーリーの背に軍刀が掛かっているのが目に入った。


「この軍刀、部隊長のじゃないか?」

「確かに。部隊長は刀剣コレクターだっけ」

「この前抱いた娼婦に軍刀あげたって」

「じゃあこいつ・・・」

「娼婦じゃないったら!そうよ、多分あんたとこの大隊長に抱かれてやって刀もらったのは私よ!」


 兵隊は二人を解放した。返された拳銃を乱暴にホルスターに突っ込み左肩から出ている軍刀の柄を握った。


「だーから言ったでしょ。私たち味方だって!」


 数センチ刀を抜いた。暗がりでも磨き抜かれた刀身が白く、兵隊は怯えるように謝った。


「わ、悪かった。軍服着てないし、敵の第五列スパイが出没してると警告されてたもんだから」

「兵隊さん、これ命令書です」


 チャルが握りしめた通行證と命令書を持って地面に降りた。兵隊に渡すと師団長印だけ見て頷くと返した。


「師団司令部からですか。ご苦労さんです」

「急に態度変えちゃって。私が相手した大隊長さんなら、あなたたちは独立機動歩兵第八大隊?」

「ええ。今は徒歩で偵察中ですが」

「ロント平原への道が知りたいの。本部まで連れてって」

「ロント平原?」


 二人は顔を見合わせた。片方が背負っていた無線の送信スイッチを押し連絡を始めた。


「こちら斥候4。帰路司令部から来た遊動701分隊と会いました。ロント平原へ向かうそうです・・・ええ、ロント平原」

「ロント平原に向かうって?何のために」

「助けに行くのよ。私たちの分隊長がそこいにいる」

「ロント平原へは行けませんよ。敵がいて我々も苦戦してますから。今だってロントに到達できる他の道を探してたとこです」

「あなたたちロント支隊なの⁉︎」

「ええ。あそこで粘ってる433戦闘団の救援です」

「私たちを編入させるように大隊長に言うわ。乗って!」

「そんないきなり」

「命令はある、早く!」


 斥候兵の案内で大隊本部へ疾走した。本部周辺は廃車の群で防御陣地が組まれていて、天幕が張られた本部壕にシャーリーとチャルは出頭した。大隊長は、一夜共にして小遣いをねだるから軍刀をくれてやった女が奇妙な風態で現れて面食らった。


「なんだあ、あの女か」

「私の名はシャーリー・クエイ」

「僕はチャル・ペック」

「それで、ここに転属はできるんでしょうね?第一線部隊みたいだけど」

「転属は支隊本部となってるが、君たちが望むのなら我が大隊配属で構わん。しかし、すぐにはロントへ行けない」

「どうして⁉︎」


 大隊長は趣味で持ち歩いているのか手元の鞘に収まるサーベル軍刀で背中をかいた。孫の手を使えばいいのにとどうでもいいことを思い浮かべると、サーベルが卓上の作戦図を叩いた。


「ロントは包囲されていて、敵はこの位置で防御線を貼っている。数百メートルと離れてない。これまで幾度となく陣地転換をして突破口を探したが、いかんせんどこにも敵はいる。砲爆撃で叩き潰したいところだが、自走砲が数門あるだけで砲兵と航空隊もこちらまで手が回らない」

「どこか一点でも突破すればいいのね」

「そう簡単にはいかん。戦車もあるにはあったが、戦闘不能で廃棄されるのも多くて、弾と食糧の補給はあっても交代車輌が全然来ない」

「じゃあ私たちだけでやるわ」

「なにを」

「突破してくる。一輌だけよ、なんとかなる」

「占領しなきゃ意味がない」

「じゃあ後で来なさい。私たち、行って帰ってこれさえすればいいの」


 大隊長が罵声にも似た何かを叫んだが聞かず、とっとと本部を出てWDWKに乗り込んだ。シャーリーは小銃と擲弾銃に弾を装填し肩に提げた。運転席で向かい合い、戦闘前のコーヒーを飲んだ。


「チャル、何があっても走ってね」


 チャルの肩を掴む手が震えた。彼は強く頷きシャーリーの手に掌を添えた。震えは止まり、唾を一度飲み込んだ。


「私、あんな強いこと言ったのにチャルの方がよっぽど落ち着いてるね」

「絶対に三人で帰ってこれるって確信してるから。ジェフを迎えに行こう。シャーリー」

「うん、私も信じてる。さっさと迎えて、さっさと戻ってこよう」


 カップを置き固く二人は抱きしめ合う。シャーリーの心は落ち着きこもった空気を三度吸い込んだ。


「おい、前線へ突っ込むってこの車か?」


 誰かが運転席横の梯子を登りガラスを叩いた。中年の下士官だった。


「そうよ、私たち」

「俺たちも連れてってくれ。こう煮えきらないとこにずっといちゃ気持ち悪くてしょうがねえ」

「でも危険よ」

「あんたたちそれを承知でやるんだろ。暴れてみせるぜ。ついでに突破したらロントまで乗せてくれや。十人ちょっとの客なら乗るだろ」

「もーバスだと思って。いいわよ、乗りなさい!」

「車の後ろの扉を開けるから、そちらからどうぞ」


 どやどやと兵士たちが乗り込んでくる。ベッドなどかさばる家財は師団司令部に置いてきたが、十人以上も乗ると車内は手狭だった。防弾の窓ガラスを少し開け隙間からそれぞれの銃身をニョキニョキ突き出させた。分隊長の下士官は運転席でフロントガラスに設けられたガンポートのスリットに小銃を突っ込んだ。


「さあ行きな、ボウズ。おっと失礼」

「たしかにボウズくらいの歳ですよ。シャーリー、出すよ!」

『いいわ、発進!』


 ヘッドセットのマイクが振動で震える。俄仕立ての歩兵戦闘車WDWK518は高らかに吠えた。


『ネーチャンに機関銃陣地を教えてやれ、もうすぐM79の射程圏内だ!』

「了解!クエイさん、でしたっけ。あの右側のこんもりしたとこ、あれが機関銃陣地!」

「クエイでいいわ、あれね、仰角いっぱい!」


 シャーリーは言われた通り擲弾銃の銃身を右側に向け照尺の目盛を一番上まで上げ45度の仰角で構えた。これで375mまで狙える、はず。


「当たらんと思います、でも混乱させればいい!」

「当てちゃうから!」

 

 安全解除し引鉄を抑えるように握った。張りのない太鼓を叩いたような音で榴弾が発射され、敵陣僅か後方に落ちた。弾薬箱にでも落ちたのか派手に爆発し、薬莢が破裂する音が聞こえた。照明弾が上がる。平地にポツンとWDWKが浮かび上がり応射が始まった。


「ちぇ、当たらなかった!」

「むしろこの方が効果があったかも。照明弾を!」

「はい!」


 こちらからも照明弾を打ち上げる。WDWKは大型車とは思えないようなスピードで照らし出された敵陣に突入を図った。シャーリーは照尺を倒し銃身を水平にして前方を撃った。手前に落ちて、爆炎に向かい銃座からぎゅうぎゅう詰めに身を乗り出した数人が全力射撃を加えた。


『突入成功!すげえなこの車、タダのキャンピングカーかと思ったけど弾が全く抜けねえ!』

「当たり前よ!タダの車じゃないんだから!」

『そら恐れ入った。陣地内をぐるぐる回ってくれ、全周敵だ、そこらじゅう撃て!』


 ハリネズミのような車体の針から火線が糸を引いた。敵は近寄れず銃弾の餌食となり、また手榴弾や40mm擲弾で吹き飛ばされた。それでも果敢に銃座に飛びつく敵兵がいる。手榴弾のピンを抜き梯子をよじ登る敵兵をシャーリーが拳銃で撃った。落ちた敵兵は自身の手榴弾に粉砕され、飛んできた破片がシャーリーのソフト帽に突き刺さった。


「おじいちゃん、御守り役に立ったよ」


 硝煙臭いスライドに頬を当てソフト帽から破片を抜いた。

 敵の信号弾が上がった。それを合図にするかのように敵兵は反撃をやめ逃げ始めた。WDWKの活躍を見た大隊が支援を行い、どこに温存してあったのか本物の歩兵戦闘車や戦車が到着し歩兵が展開した。シャーリーたちの目の前の壕で頑張っていた敵兵もついに武器を放り出し手を挙げた。


「支隊司令部へ報告、ソビー陣地を占領し啓開路が開け、敵の二線陣地も確認できた。航空隊に攻撃支援と、進攻の予備兵力を直ちに回すように要請しろ」


 通信兵に命令する大隊長が指揮通信車から降り、腰に吊るサーベルをガチャガチャ鳴らしながらWDWKに走ってきた。壕内で捕虜の武装解除と監視をするシャーリーとチャルを見つけ握手を求めた。


「ありがとう!君たちは勇敢だ!」


 本部で消極的な態度を見せていた大隊長を嘲笑してやろうとシャーリーは構えていたが、相好崩して激しいシェイクハンドを求める姿に憎めなくなってしまった。シャーリーとチャルは背中から顔を覗かせる下士官を前に出し、二人の手も握手させた。


「この下士官さんがいたからよ」

「そうです、この分隊長さんが助けてくれたんです。ええと、名前は」

「第四中隊第一小隊第二分隊、ゼスト一曹です。いやあ、さすがは強襲分隊ですな。突っ込みに思い切りがある」

「戦争は初めてだけどね」

「大隊長、予備隊が来たらすぐに進攻しましょう。逃げた奴らが立て直しちゃ困る。捕虜と負傷者だけ下げましょう。おい、ハージ上等兵、お前頭に食らってただろ。下がれ」


 WDWKの乗客で唯一の負傷者である彼は、シャーリーの隣で目標の指示を出していて頭に被弾を受けていた。だが弾は角度が浅かったため鉄帽の内側を一周すると入った穴からまた出て行った。額にできた横一文字の傷にガーゼを当てるハージは片手を挙げて申告した。


「分隊長、自分は少し髪が剃られただけでなんともありません、お供します」

「バカいえ、頭に食らったんだ、なんともないことないだろう」

「いえ、行きます!」


 ハージは立ち上がりガーゼに注意しながら鉄帽を被った。他の分隊員は銃の手入れを終えると空の弾倉と車内から掻き出して集めた打殻の箱を大隊長の前に置いた。


「弾薬小隊はどこです。直ちに補給を行いたいのです」


 大隊長は皆をぐるりと見回すと力強く頷き伝令を呼んだ。


「中隊長集合。また、各中隊より五名選出し大隊本部モリス少尉指揮の下負傷者と捕虜の後送、連絡に当たらせる。食糧弾薬の補給を急がせ、兵に食事を取らせろ。復唱よろし。それから」


 大隊長の声を爆音が遮った。戦闘機十数機の編隊が陣地上空を猛スピードで駆け抜け敵陣にまっしぐらだった。大隊長は改めて分隊員に向き直ると指示を出した。


「弾薬小隊はあっちだ。弾薬を受け取ったら食事にし進攻に備えろ。今飛んでった連中の空爆が終わって予備隊の集結次第出撃する」

「はい。聞いたな、二、三班はありったけの弾もらってこい。M79の40mm擲弾もだ。クエイ、ペック、ロントまで連れてってくれるな?」

「喜んで、一曹」


 シャーリーとチャルは微笑み握手をした。一曹は不敵な笑みを浮かべると地響きを感じ、白じむ空に滲む茜色に向かって編上靴の足跡をつけた。前方数km先で対地攻撃姿勢のF4戦闘機が爆撃を行う最中だった。一曹の横に並んだ大隊長がサーベルを抜き、空に掲げると大袈裟に振り回した。


「頼むぞー!」


 一曹も呼応して手でメガフォンを作り激励を叫んだ。チャルも手を振り、大隊長の真似して抜いた軍刀を振るシャーリーは手首が痛くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る