第13話 翳り

 明くる日、真新しい戦車車輌が丸一日中司令部前を通過していた。師団長官舎でも振動は止まず、備え付けのティーカップとスプーンが小さな音で鳴り続けていた。シャーリーとチャルの胸は踊った。


「あれ、間違いなく増援部隊ね!」

「うん!新しいね、強そうだね、壮観だね!」

「ま、ジェフには要らないだろうけど!」

「うん!」

「私、司令部に行ってくる!いい情報もらってくるわ!」

「頼んだよ!ご馳走作って待ってる!」


 いてもたってもいられなくなったシャーリーは外に飛び出し、ちょっとした連絡用の自転車に跨って勢いよくペダルを踏んだ。いつもなら師団長伝令に車で送ってもらうように頼むのだが、今日は自分の脚を使いたい気分だった。司令部に着くとこの前の増加参謀と交代して、見覚えのない部隊章をつけた参謀が入れ替わりに玄関をくぐっていたところだった。シャーリーは新しい参謀連に「よろしくね!」と声を掛け帰る参謀の背中を叩いた。彼らは怪訝そうに見流しただけで無視した。

 オートバイ用の駐輪場で偵察バイクの隙間に自転車を押し込んで司令部に入ると、幾人かの将校が廊下に出て煙草を喫っていた。その中に副官の姿も見えた。彼の吹かす煙を押し下げるように肩を叩いた。


「よっ!ヘンタイ!」

「なーにがヘンタイだコラ」

「私に殴られて嬉しがったくせに。もうちょっとしたら、夜でも昼でもお相手してあげてもいいわよ。二番目だけど」

「なんのこっちゃ」

「だって、ジェフが帰ってくるんだもん!」

「ジェフ?」

「元強襲遊動第701分隊長、現機動歩兵82大隊、国際予備兵士二等兵曹ジェフ・マックィーン!」


 くるくる回りながらジェフの長ったらしい部隊名と官姓名を叫んだ。しかし、周囲は途端にシャーリーを見つめると黙りこくり、目を見開いた副官は煙草を擦り消すとあからさまに顔を背けた。シャーリーは異常に気づき副官の肩を揺する。


「ねえなんなの、みんなどうしたの」

「特務士、どんなつもりでここに来た」

「だって、増援部隊がずっと前線へ向かってるじゃない。戦争はすぐ終わるんでしょ?」

「かもな。たしかに増援だよ。強靭な精鋭が三個師団も。だけどな、クエイ」

「おい高級副官。たかだか特務士にベラベラ軍機を喋るな」

「はい、すまなくあります」

「なによ偉そうに!」


 たかだか特務士と言われたことに腹が立った。シャーリーは参謀に詰め寄り飾緒を引きちぎってやろうと思った。副官のスローモーな腕が伸び、彼女は目の前のソファに触らされた。


「気持ちはわかるが抑えろ。帰ってくれ」

「ねえ、何を言おうとしたの。だけどなって」

「わざわざ知ることないよ。これだけ言っておこう、まもなく戦争は終わるかもしれない。だから身支度しとけよ」

「そうじゃなくて」


 作戦室集合がかかった。廊下の将校たちはどやどやと室内に戻り、副官は座ったままのシャーリーの肩を軽く叩き群衆に混じった。会議が始まったらしい。いつもの喧騒でなく落ち着いた話し合いのようで、内容は聞こえなかった。そのうち中から書類の束を持った兵隊が退室してきた。彼は初めて師団長と会った夜一緒に車に乗った兵隊だった。


「ねえ、何が起きてるの」

「クエイ!まだいたの、早く帰んなさいよ」

「ジェフのことを言ったら急に態度が変わった。ねえなんなの⁉︎」

「くそ、ここじゃまずい、こっちへ」


 彼はシャーリーの腕を掴みトイレの影へ連れ込んだ。周囲と中に誰もいないことを確認してぐいと顔を近づけた。


「ほんとのこと言わなきゃ帰んないだろう。聞いても、なんもしないって言えるか?」

「どんな内容か知らないけど、しないわよ」


 兵隊は今一度辺りを見回すと声を潜めた。シャーリー顎から書類の上に冷汗が一滴落ちる。


「マックィーン二曹のいる82大隊、あれ、今孤立してんだ。大部隊の攻撃の矢面に立たされてる。通信も途絶えがちでどれくらい生き残ってるのかわからない。大隊長も戦死した。増援は来たが、他にも回すところは大勢あって主力を以て救援に行けるかどうかはわからない。前から救援部隊が待機しているけど、包囲した敵と対峙してなかなか突破できていないんだ」


 シャーリーは兵隊の胸ぐらを掴んだ。書類が落ち散乱した上から足で踏みつけた。


「ジェフは生きてるの⁉︎」

「それはわからない!将校以下戦死が後を絶たないって!」

「見殺しにする気⁉︎」

「決められるのは俺じゃない!」


 涙目の兵隊を解放しその場を去った。彼は追いかけて改めて口止めを試みたが、肩を掴みかけるところで突き飛ばされた。


「ついてこないで!」


 衛兵がシャーリーを止めようとしたが尻もちつく兵隊に留められた。シャーリーはそのまま司令部を出て、自転車を放置したまま官舎への道を辿った。隣を疾走する戦車の乗員にガンくれてやり、彼らはなぜこうも睨まれるのか訳がわかなかった。


「チャル!」


 官舎に戻ったシャーリーはチャルを呼んだ。彼は台所からフライパンを持ったまま現れ、彼女の異変には意を介さずフライパンを示した。


「おかえりシャーリー!見て見て、いいお肉が手に入ったんだ!待っててね、美味しいソースも作るから」

「チャル、やるわよ」

「何を?」

「前にチャルが言ってたこと」


 チャルにはなんのことかわからなかった。つかつかと居室へ向かうシャーリーを追おうとして、慌ててフライパンを台所に戻した。

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