第11話 死へのロジック

 翌日、一時間早く敵の攻勢が始まった。敵の手に落ちた前哨第五陣地を再占領し、二人だけ隠れて生き残った兵隊を後送した。ジェフたちはそのまま留まり、後送を拒んで残った少尉の指揮下で最前線での防戦を命じられていた。しかし戦力温存を企図した本部は早々に撤退を決定しまたもや下がることになった。予備兵力も投入され戦力は増強されたが、狭い所に物を押し込めれば密度が増す、それだけのこと。

 国予は頑強な抵抗を見せた。たまに攻撃をかけ敵陣を包囲し、殲滅もしくは降伏に追い込むこともあった。しかしその後はまた奪い返されたりと、一進一退の戦いが続く。いくら戦果を上げ捕虜を捕らえたといえども、人海戦術の敵の勢いは止まなかった。


「やれ、点火!」


 撤退時慌てて敷設してきた手製地雷を爆発させた。補給線が途絶えがちで正規の地雷が足らず、弾薬箱に無理やり爆薬を詰めた手動点火式の物だったが、威力は大きく敵戦車の片側が吹き飛んだ。車体付近の土煙に人影が浮かび、あらかじめ照準をつけておいて逃げる戦車乗員と周りの歩兵を撃った。驚いた敵は一時後退し、逆襲の用意を整えるはずだった。弾倉交換するジェフの元に少尉の伝令が走ってきた。


「第三分隊は稜線付近において偵察、増強兵力の有無と配置を確認し、生存せる敵を捕獲せよ」

「クソ、今しがた戦車やっつけたばっかだってのに。ザイゼル、シューマは現在地に残って警戒、もしもの時は援護頼む。俺は小銃を置いていく。他の者は俺についてこい。余分な装備は置いて身軽にし、素早く行動できるようにしろ」

「はい!」


 数日の戦闘で新兵たちも精鋭に出来上がり、ジェフもなんとか分隊員の名を覚えそれで指示できるようになっていた。銘々手榴弾やスコップを置き、ジェフに従って壕を出た。稜線には取り残された廃戦車と人形のような死体が数人散らばっていた。数多の砲弾跡にも進出しすぎた敵兵の屍が横たわっていた。砲弾跡を避けながら稜線に辿り着き、戦車を中心として一列横隊に展開した。ジェフは未だ温かい戦車兵の死体に隠れ前方を偵察した。

 後退した敵は本隊に混じったのか、大部隊が下手くそな偽装の下に隠れていた。左へ戦車と装甲車が走るのが見える。


「コバーン、小隊指揮班へ伝令。稜線より前方500m付近において大隊規模の敵部隊発見。戦車三、兵員輸送車二が左方に進出しつつあり。迂回攻撃の可能性大。七の谷へ接近している。分隊は兵力の半分を以て七の谷偵察へ向かう。以上、復唱よろし」

「はい」


 ジェフは横にいたコバーン一等兵に命じて伝令に走らせた。ジェフは更なる偵察を行おうと分隊を半分下げ、一応七の谷と呼ばれる地点が見える所まで行こうとした。


「三班は現在地に残り偵察を続けろ。一班は俺が指揮して七の谷横の森林まで行って偵察する。三班は・・・」


 そこまで言うと銃声。部下の一人が悲鳴を上げた。彼の右肩が背中側から裂けた。ジェフはその方を見ると、稜線の斜面に沿って伏せ撃ちで銃を構える敵がいた。隣で敵兵の臓物を身体に乗せ、誰もが死体と思っていた。ジェフは咄嗟に拳銃で射殺した。複数の銃声が起き、死体のいくつかは生きていた。遁走を図るしかなかった。


「逃げろ!」


 稜線の向こう側近くにも隠れていた敵がいたようだった。ジェフたちが展開していた線に身を乗り上げると逃げる分隊に射撃を加えてきた。味方の援護射撃も始まり弾雨に晒された。


「無理して戻るな!適当な穴に退避して、機を見て帰還しろ!」


 分隊は命令に従い手近な砲弾跡に飛び込んだ。そこそこ深さのある孔は中で伏せればある程度弾を回避できるはずだった。部下が皆地上から消えたのを確認しジェフ自身も目の前の穴に飛び込んだ。


「なんでえここ俺だけか、あっ」


 ジェフの向かい側に敵がいた。重傷を負っているも意識はあり、腹の傷口押さえジェフを見据えていたが、虫の息だった。銃はなく、短剣も鞘だけだった。弾帯に手榴弾が掛けられていてそっと手を伸ばし取り上げると、彼は抵抗せずじっとしていた。口元は僅かに歪んで痛々しい笑みをも見せていた。

 ジェフは水を飲ませた。助けようとしているのではない。絶命は時間の問題であり、どんな治療も無駄だった。敵兵のポケットから煙草の箱が覗かせ、抜き取るとへちゃげた一本を伸ばしくわえさせた。火を点けてやると僅かに唇がすぼまり薄い煙が端から漏れた。


「言葉はわかるか?」


 新秩序革命軍は陸島連合指定の共通語を用いなかった。反陸島連合が基本思想であるから当然といえば当然で、彼は口角上げたまま肯定も否定もしなかった。ジェフは反応がないと見ると自分の腕を伸ばし時計を目の前に近づけた。アナログデジタル兼用の文字盤を指で示し通じるかどうかはともかく共通語で言った。


「午後2時48分」


 敵兵は頷いたのか、少しだけ頭を前に動かした。最初の灰が落ちると目を閉じ、全ての力が抜けた口元から煙草が落ちた。ジェフはまだ長い煙草を拾うと喫った。フィルターは自分が与えた水で湿っていた。


「不味い煙草喫ってんだな」


 ジェフがこうする理由は、これまで戦地で接した死に瀕する重傷の兵隊が決まって水と煙草を欲しがり、また時間を知りたがるからであった。それに筋肉の弛緩からか、穏やかに笑った表情で。最期の慈悲を乞うようにキャンティーンに口を付け、煙草を燃し、時刻を耳にし何かしら呟いてニヤリ死んでいった兵隊のなんと多かったことか。昔の戦争で似た事例があったことを聞いたがなぜそうなのかは忘れてしまった。

 敵なれど二人きりになり、相手が全くの無力でもうすぐ死ぬとなると、妙な人心地がつき末期の行為をしてやった。死体を見ていると平穏な日常と同じ眠気を覚え目を擦った。


「分隊長、無事でしたか。敵を撃退しました」


 鷹揚に頭を上げると兵長のハンバートが鉄帽の庇をくいと上げ見下ろしていた。ジェフは大きなあくびをして煙草を捨てると立ち上がった。穴を登ろうとすると土に脚を取られ、ハンバートがよろめくジェフの腕を掴んだ。


「大丈夫ですか?その敵は」

「死体だ、心配するな。ブリッグスが肩を撃たれたが、ちゃんと戻ったか?」

「軽傷です。骨には当たってないし元通り動きます。衛生兵に治療させました」

「ならよかった」

「あと分隊長、陣地転換です」

「どこへ」

「ロント平原のドロク陣地、第八機関銃陣地です。機関銃はないですけど」

「ロント?大分後方じゃねえか」

「前線部隊は撤退支援隊を除き、現在の陣地を放棄して撤退します。補給連絡線が完全に寸断され、戦線の維持が困難となりました」

「えらいことになった」

「強行突破の部隊が来るまで持ち堪えればいいのですが、なんでも、もしもの時は降伏すると司令部は考えているそうです」

「アホらし」


 陣地の方を見ると分隊毎にぞろぞろと陣地を出ているのがわかった。敵に背を向けて逃げるのは一番怖く、誰も彼もが隠密性もなくものすごい速さで移動していた。そわそわする部下を叱る少尉の姿も見える。ジェフはもう一度死体を見やるとハンバートを連れて陣地へ戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る