第9話 辛い煙草
当初の戦闘はよく防戦していた。だが日が経つにつれ人海戦術の敵に次第に圧倒され、後退する部隊も出てきた。数少ないとはいえ敵機や地対空誘導弾により被害を出した航空隊もいる。ジェフの分隊も夜間支援爆撃を行った戦闘機が撃墜されるのを目撃した。幸いにも分隊には軽傷者以外の損害はまだ出ていない。
「分隊長、煙草ありませんか」
森林内に布陣するマックィーン二曹率いる第三分隊で、戦闘経験を持つ数少ない兵隊の一人、兵長が煙草を乞いに来た。ジェフより年上だった。需品科からカートンで煙草をせしめていたジェフは一箱出すとそのまま与えた。
「班員にも分けてやれ」
「自分くらいですよ。煙草やるの」
「そうか、だが大事に喫え」
「分隊長、どうぞ」
早速開封するとソフトパッケージを叩き二本出した。俺がやった煙草なのにどうぞもないだろうと苦笑いして一本受け取ると、火を点けてくれた。後ろから若い声が聞こえた。
「分隊長!敵に火が見えたらどうするんです!」
数回の防衛戦を経験してもなお慣れない新兵だった。目を剥く彼にジェフは煙草の手を振った。
「へえきだよ。罠線張って、歩哨も出したんだ。それにここらに敵はいないことをついさっき斥候が報告した。気を大きく持てよ」
「はい・・・」
「お前たちゃ教導隊をちゃあんと出てる。教わった通りにやりゃ何ともないんだ。あとは、どっしり構えてりゃ死なない。歩哨の番が来るまで寝とれよ」
新兵は銃を抱きかかえると言われた通りに横になった。しかし眠れないのか、カッと開いたままの白眼がジェフの目に映った。
「この戦争、どうなんでしょうか」
兵長は深く肺に吸い込んだ煙を薄く吐いた。ジェフは遠くを歩き回る歩哨を目で追っていた。
「どもこもないよ、鬱陶しい敵だ」
「勝ちますかね」
「勝たなきゃしょうがない。負けんだろ、こちとら正規軍だ」
「でも、戦線は縮小したではありませんか」
「まだ想定の範囲内だ。相手の実力や配置もこれでわかったから、機動戦力を大々的に運用して反攻蹂躙できる」
「まるで参謀みたいな口聞きですね」
「そうかい?そうかもな」
「正規軍たって、国予の起源は傭兵集団でしょ。分隊長は国予に何年います?」
「7年ならないくらいかな」
「じゃあわかってるはずだ。前の大戦で良い武器は軒並み消耗したから、国予の兵器はバラバラの旧式で運用が完全でないってことくらい。分隊長、普段はベトナム戦争より前の大昔のサブマシンガン使ってるとか」
「訳あってデッドストックが十挺ばかり手に入ったんでね。弾倉もたくさん。堅牢な作りだしそのまま使ってる」
「呆れたもんだ」
兵長は煙草を口から取った。フィルターがなく両切りの吸い口を不機嫌そうに見て地面に捨てて火を消した。
「えぐい煙草だ。フィルターが無いなんて」
「兵長、後で皆に言うつもりだから先に言おう」
ジェフも同じように捨てた煙草を踏み消すと遠く先を見た。森林の切れ目で火の手が上がっていた。
「明後日、反攻の一手として占領されたガーズ高地の歩兵陣地を奪取する。兵員輸送車に乗ってな」
兵長は背筋を伸ばした。急に精鋭らしい態度をとる彼にジェフも踵を合わせた。
「明朝0600時分隊は移動する。目的地は433戦闘団前進基地。大隊は戦闘団の歩兵82連隊の指揮下に入る。移動にあたっての注意は」
「分隊長、今全員に伝達しましょう」
「それもそうだな。三分隊集合せよ」
夜が明けると分隊は移動を始めた。森林内の敵を迂回して警戒を要する行軍だったから、そんなに離れていない前進基地に着いたのは夕方だった。翌日作戦が伝えられ薄暮攻撃と決まり、大休止の後秘密裏に進出した。昼間の暑さとは打って変わって、装甲兵員輸送車の中は寒かった。寒さは幾分か隊員を落ち着かせ、予想される激戦に対し取り乱す者は誰もいなかった。
入念な偵察の後支援砲撃が行われ、突撃啓開路が開かれた。兵員輸送車の乗員が突入を伝え、ジェフは改めて最後の装備点検を命じた。
「味方は大勢いる、落ち着いて行動しろ。行くぞ!」
「はい!」
兵員輸送車が順に発進した。陣地が近くなると天蓋から身を乗り出した乗員が重機関銃を乱射した。分隊員は唾を飲み込み小銃のグリップを強く握った。強い振動がしたと思ったら停車し、降車の合図があった。
「降車!」
号令一下一斉に車外に飛び出した。辺りに散開して伏せると、砲撃と前哨戦を生き残った敵の火線が高く飛来していた。走り去る兵員輸送車が狙われているらしい。新兵が叫ぶ。
「撃たれてます!分隊長!」
「慌てるな、敵は混乱して狙いがついてないし撃たれてるのはクルマだ。左のあの壕へ布陣する、一班偵察、行け」
例の兵長を先頭とした三人が姿勢低く駆けた。この班は全員戦闘経験者で固め、度胸のいる仕事に従事させていた。壕に飛び込んで少ししたら兵長が手を振った。ジェフは残った分隊員たちに顔を向けた。
「俺についてこい。わかってるな、低くなって絶対頭上げるな。俺の鉄帽に目線を合わせ、後の者は前の者の鉄帽に目線を合わせろ。いいな、前へ!」
おかしな命令だった。こんな命令するのも初めてで適切かどうかもわからないが、とにかく背を縮めて走ってくれさえすればよかった。分隊は走って壕に滑り込んだ。
「前より点呼!」
「1!」
「2」
「3」
「4!」
「ご・・・うわあ!」
5番目の兵が番号を言うのと敵味方の照明弾が交差するのが重なった。彼は仰天して壕から這い出ようとし、隣の兵長がすかさず引きずり下ろした。
「テメーしっかりしろ!」
ジェフはビンタを張る。怯え切った新兵が指差す先に敵の死体が転がっていた。砲撃で削がれた下腹部から盛大に腹ワタが飛び出てさいた。
「死体がなんだってんだ!あ⁉︎」
「だって!こんな近くでこんな死に方してるの初めてだ!」
「そんなもんいくらでも転がってる、そのうち慣れる、シャンとしろ!」
「は、はい」
「死体を上に上げろ。いくらかの弾除けになる。それから、こいつの装備は」
「銃はありません、弾帯に5.56のマガジンと手榴弾が」
「抜いとけ。手榴弾は兵長が、弾倉は機関銃手に渡してやれ。規格合うな?」
兵長が弾倉と手榴弾を掠め、弾倉を全自動射撃を任された兵に投げ渡された。死体を壕外に押し上げると数発の曳光弾が身体を貫いた。鋭い火傷は彼の目を覚さなかった。赤く光る味方の物で、敵も同じ弾薬を使用していて紛らわしい。照明弾に浮かび上がる前方の敵が撃ってきていた。こちらも照明弾に晒され非常に危険である。
「目標、前方100mの敵歩兵、絶対頭上げるな、撃て!」
命令してから、弾薬の予備も持つ手榴弾投擲手に寄り赤いテープが目印に巻かれた弾倉を二本受け取った。ジェフの読んだ昔の本に書いてある、秘密兵器だった。
「効果あるかなあ、80年くらい前の方法だけど」
受け取った弾倉を機関銃手に渡した。弾倉交換のタイミングでその弾倉を挿入させた。
「どうなんでしょ、理屈がわからんこともないけど」
「威嚇にさえなりゃいい、やれ!」
ボルトストップが叩かれ新たな第一弾が装填される。引鉄を握ると銃口から赤い線が途切れず流れ出した。全弾曳光弾が込められた弾倉だった。
「やれやれ!何挺分の曳光弾だ、敵は泡食ってるぞ!」
通常数発に一発の割合で置かれる曳光弾だが、第二次世界大戦時、威嚇のため全弾曳光弾にして射撃したという話からだった。夜間では火点が露見する恐れもあったが、今は照明弾で周囲が明るい。
勢いに乗っていた。逃げる敵は討ち取り易く、新兵たちは子どものようにはしゃいで敵を殺した。
「前へ!」
敵から火線が止んだ。ジェフの号令で分隊員は飛び出し、手榴弾投擲可能距離まで前進した。
「投擲手、壕内へ手榴弾!」
「はい!」
投擲手はチャルみたいにデカい図体だった。彼は教本通りの投擲姿勢をとりとても他人ではできないような遠距離に手榴弾を投げた。爆発、残っていた敵の悲鳴が聞こえ、生き残りは皆逃げようとジェフたちの方は見向きもせずに後方へ走り出した。いい的だった。
「一班制圧、異常なし」
「二班制圧!」
新たな壕には余命幾ばくもない重傷者と死体が取り残されていた。口が聞けるような軽傷者なら捕虜にしたが、ジェフたちの到来にも気づかず虚な呼吸ばかり繰り返している。意識もなかった。
「おい、誰かやるか」
重傷者を取り囲んだ分隊員にジェフは言った。やるか、の意味は皆理解していた。誰も名乗りあげる者はいない。ジェフは何度か彼らを見渡すと自分で拳銃を抜いた。
「俺がやるよ」
誰も反対も賛成もしなかった。ジェフは弾が装填してあることを確認し銃口を向けた。
「恨むなよな」
銃声と共に頭が割れた。新兵たちは音に合わせて身体を痙攣させた。取り乱す者はいなかった。だが先ほどの高揚感も消え、冷静とも怯えともつかない無表情に汗を垂らした。デコッキングした拳銃をホルスターに戻し、配置を命じた。
「ああはなりたくないよな」
隣の兵長はジェフの言葉を無視した。こんなセリフを口にする白々しさとそれでいて死にたくないと奥歯を噛みしめる自分がたまらなく嫌になった。
「チャルとシャーリーとケイトはどこだっけ」
「なんです、分隊長」
「なんだっていいさ」
兵長は、今度は無視しなかった。お互いどこにいるかも判らないのに、すぐ近くに三人ともいる気がした。
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