第2話 拝謁

 膨大な数の隊でも、それぞれ十数分程度とはいえ王族拝謁の機会があった。最も多い中隊小隊規模の隊では幹部の下士官か将校以上のみの出席であったが、701分隊は三人だけなので全員で参上することにした。

 長編映画を観てから夜中に帰り、次の日昼頃に起きると慌てて準備をする。儀礼軍装で、武装は儀礼になりそうな刀剣類や拳銃のみの装備とされた。ジェフは略綬でなく勲章を吊り拳銃収めたフラップホルスターに銃剣一振、チャルは.50口径の拳銃を胸に提げたが、シャーリーは見慣れない軍刀を刀帯に吊っていた。


「なんだシャーリーその刀」

「これ?いいでしょー!」


 素早く鞘を払って刀身を見せびらかす。サムライソードの拵だった。


「あぶねえな、振り回すな」

「昨日ジェフたちが出たった後におきて、そこら辺ぶらぶらしてたらナンパされちゃって。どこぞの大隊長のお相手してあげたらコレクションの一つをくれたの。大昔の戦争の頃に作られたもので、美術的より実戦を意識した刀なんだって。かっこいい!」

「通りで、帰ってきたらいなかったわけだ。昨晩俺と相当ヤったのに」

「使い方は大丈夫なの?」

「ちょっと教えてもらった。警備期間中ちょいちょい教えてもらうつもり」

「実戦で役に立つとは思えんな。重いし、腰曲がるぞ」

「ふんだ、役立つ方法を教えてもらいますよーだ。ずっと吊ってるわけじゃないから、腰も曲がんない」

「その大隊長さんに、俺も挨拶しとこ」


 ジェフは、その刀が象徴する文化圏に憶えがあった。甘いとも苦いともつかない記憶の糸を辿りかけ変な顔をした。シャーリーとチャルはそれに気づき顔を見合わせる。

 フェリーニに頼み込んだお陰で乗用車が正式に貸与された。商用車にOD塗料塗りたくった中古品で、どこぞの店の宣伝が擦れた塗装の隙間から見え隠れしていた。シャーリーは元の持ち主の店名らしき文字を手でなぞった。


「バニ・・・なんて?」

「わかんね。どうせいかがわしいオミセの宣伝文句だろ」

「移動用の車がもらえただけでもフェリーニさんに感謝しようよ」

「でもこれで王様の拝謁に向かうんだぜ。忠誠心はおろか親愛すらない王様だが、あまりにも失礼すぎやしないか」


 ジェフの心配は他の国予隊員も感じるところで、市街に立つ検問の憲兵はあからさまに顔をしかめた。ひっきりなしに出入りする車両の整理に忙殺され身分証と入域許可証だけ見ると何も記録せず返した。


「701分隊・・・二曹、その車で拝謁に向かうおつもりで?」

「ジロジロ見てっとぞ。この小汚ねえ車のことは、統括管理本部のフェリーニ高等文官に問い合わせろ」

「結構です。城内ではそのような暴言をお吐きにならないように。城内連合指定店舗への出入りは認められていますが、私服憲兵及び増加調査官が言動と行動を監視しております」

「出過ぎたマネすんなよ」

「住民に悪影響が出るといけませんので」

「チェッ」


 憲兵の合図でゲートが開かれ入国した。石畳の道は原始的でどう考えても車輛走行に耐えうるものではない。城内に住まう人間であろうか、色褪せたオーバーオールにハンチングの労働者たちが破損した石畳の補修を行なっていた。

 の人間の感性からすれば、仕事を増やす厄介な侵入者として冷ややかな目で見るはずだった。だがこの国の住人は、にこやかに帽子を取り手を振ってくれる。手を振り返しながらも、シャーリーは奇怪なものを目の当たりにするがごとく彼らを見流していた。


「歩調取って、俺が、分隊止まれと言ったら1、2で止まれ。不動の姿勢だぞ。そんで、号令かけたら、挙手の敬礼でなく45度に深々と頭を下げる。直れ、と言ったら正面向いて真っ直ぐ前を見る。休めと言ったら足開いて立つ。質問があって答える時は基本俺が、各個に質問があったらそれぞれ質問者の方を見て答える。帰る時は、号令で敬礼して、回れ右の号令、分隊前へで進んで退室」

「やーやこし」


 王宮に通されて来賓控室に案内された701分隊は、慌てて礼式を確認していた。ジェフにしろ、教導隊時代紛争中のためあまり儀礼について叩き込まれることはなかったが、民間人からの現地採用であるシャーリーとチャルはまるでそのようなことを教育されていない。厳粛な礼儀が必要とされる場に彼らは滅多に行くことのないので仕方なかったが、戦闘についてばかり教えていたジェフは今更後悔していた。


「チャルはわかったか?」

「僕も・・・あんまり」

「うーん、とにかく、俺の号令通りに動いて敬礼以外は俺の動作に合わせればいいから」


 近代前のヨーロッパにあるような、やたら派手でボタンの多い短ジャケット型軍服を着た近衛下士官が玉座の間の大扉を開け、中から今しがた拝謁を終えた国予部隊の将校が退出してきた。階級は将官で、見覚えのある連合直轄師団の長だった。ジェフは慌てて不動の姿勢をとり敬礼する。


「閣下に対し敬礼!」

「そのままそのまま」


 上官の階級に敬称は付かないのに、将官以上には「閣下」が付く国予のシキタリ、好々爺といった感じの師団長は穏やかに答礼した。突然のことに座ったまま顔を見合わせるシャーリーとチャルを、参謀長と高級副官が訝しげに見て、気づいたジェフは冷汗かき弁明言い訳した。しかし師団長は気にも溜めず会話を続けた。


「閣下、部下が欠礼し申し訳ありません。部下は民間人から現地採用した特務士で、私の教育が不行き届きなのであります。ここに深くお詫び申し上げます」

「いや結構。君は先任下士官であるようだから、分隊長かね?」

「はい、強襲遊動第701分隊であります」

「三人で全てかね」

「はい、総員で自分以下三名であります」

「そうか、少数精鋭というわけだ」

「恐れ入ります」

「君たちの官姓名は」

「自分は、二等兵曹ジェフ・マックィーンであります。部下は」

「私は特務士シャーリー・クエイ」

「僕は特務士チャル・ペックです」

「覚えておこう。頑張りたまえ」

「はい!」


 師団長は副官に時計を示され、敬礼に見送られ出て行った。ジェフはどっと力が抜けソファーにへたり込んだ。


「もう疲れちゃった。まさかあんな偉い人の後だなんて・・・」

「なあに今のジェフ、まるで別人みたい。笑っちゃった」

「そんなに偉い人なの?」

「師団長だよ、一万人以上の部下を持つ。俺が教導隊にいた頃、戦闘団に組み込まれた時あの人の部下だった。遥か遠くから少し見たことがあっただけだけど」


 シャーリーは強張ったままのジェフの膝に伸ばした脚を乗せ、意地悪そうに横目で見た。


「上官のマックィーン兵曹は、私たちの非礼を詫びたわけだ」

「確かに、公的な立場なら僕たちは部下だもんね。敬礼できなくてごめんね」


 部下という言葉が強調される。ジェフはこれまでほとんど上官と部下という立場を仄めかすこともなく、今の会話を思うと二人に悪い気がした。


「相手がお偉いさんじゃ、そう言うしかなかったんだ」

「べーつに」

「僕は気にしてないよ」

「私も気にしてないですわよ、マックィーン分隊長ドノ」

「許せよシャーリー」


 そうこうしているうちにお呼びがかかった。二、三度深呼吸を繰り返し、軍帽を右腕に抱え大扉の前で入室を待った。観音開きに開けられた大扉の向こうには、十数メートル先の玉座に国王に王妃、まだ少女の風貌を備えた王女が鎮座していた。皆息を飲むような美男美女だった。


「分隊前へ」


 打ち合わせ通り揃って前に出る。シャーリーの刀が剣吊とかち合う音が派手に軍靴の足音と混ざった。ぶらつく長い軍刀が仇となった。「分隊止まれ」の号令で二歩足踏みすると、帯刀に慣れないシャーリーの脚に鞘が絡まり彼女は前のめりに転んだ。


「わっ!」


 両腕を上げ叩き落とされた蚊のように大理石に身体を殴打した。軍帽が飛び王妃の足元に転がる。護衛のカイゼル髭の将校が色をなして駆け寄る前、女王自ら軍帽をお拾い遊ばされた。


「大丈夫?お怪我なさらなかった?」


 まるで清涼な高原に静かに流れる小川、声までおとぎ話だった。シャーリーは震える手で軍帽を受け取ると慎重に右腕に押し込みしゃちこばった挙手の敬礼をした。


「は、はひ!だいじょうぶれす!」

「ならよかったわ。可愛らしいお顔が腫れでもしたら、大変ですもの」

「じ、女王さま!」


 女王と言い間違え瞳を潤わせるシャーリーの横で、二人は真っ青に蒼ざめていた。シャーリーが感謝感激の口説き文句を発しないうちに過剰な大声で謝罪を言い号令をかけた。


「王妃陛下!部下が失礼いたしました!もとい、気をつけ、国王王妃両陛下に対し奉り敬礼!」


 深々とこうべを垂れ、長い時間かけて元に戻った。安めの号令を続けてかけ脚を開くも、身体はまったく楽にならない。


「国王王妃両陛下ならびに王女殿下に御拝謁の機会に恵まれ、感激の極みであります」

「いえいえ、王国の危機に駆けつけてくださって感謝しています。私はワーカシュト王国国王のエルンストです。こちらは、王妃のエリザベートと王女のシュミルです。隊長の方から自己紹介願えますか?」


 ジェフは改めて踵を鳴らし、胸の勲記章が揺れて光る。大きく深呼吸し、普段より1オクターブほど声を高めた。


「自分は、国際予備兵士強襲遊動第701分隊分隊長国際予備二等兵曹ジェフ・マックィーンであります」

「僕・・・ジブンは、同じく国際予備特務士チャル・ペックです」

「私は同じく、国際予備特務士シャーリー・クエイです、親愛なる王妃陛下!」


 シャーリーはわざわざ一歩前に出て、一瞬でファンになった王妃に顔を向けた。ジェフは、国王と王女もいるのになんて失礼なと思ったが、国王が何か言う前に王妃が嬉しそうに口元に手を当てた。


「おほほ、嬉しいですわ、シャーリーさん。マックィーン隊長には失礼ですが、剣をお吊りになられている貴女が隊長さんかと思いましたわ」

「し、下の名前でおよびいただき誠に感激の次第です!これは私の私物であります!」

「お母様は、このお方が気に入ったみたいですわね」

「私もこの方たちが気に入ったよ。マックィーンさんは、その佇まいや胸に光る勲章が頼もしいです。ペックさんは精悍な身体つきであられるし声から奥ゆかしさが伝わってくる。クエイさんは可憐で、でもその剣がよくお似合いです」

「嬉しいお言葉です。ありがとうございます」

「ありがとうございます!えへへ、褒められちゃった」

「お褒めに預かり光栄であります!」


 チャルもこの王家に親しみを抱いたようで頬を緩める。ジェフだけは緊張がほぐれずなんだか損してる気分になった。元々用意してあって、他の隊にも聞いているのだろう、国王は戦力や任務について尋ねた。


「皆さん分隊ということは、どこかの指揮下に入るのでしょうか」

「我々は警戒配備の第32軍直轄の指揮下にあり、有事の際は独立して遊撃戦を行います。もちろんその場合は他隊と連携をとったり、兵力配備の都合により大部隊の指揮下に入ることも考えられます」

「なるほど。兵科としては、歩兵ですか?」

「強襲隊は強襲兵として独立した兵科でありますが、任務の性格としては戦闘時車輌を用いることも想定した機動歩兵のようなものであります。兵器は小銃や拳銃、機関短銃といった歩兵と同様の物であります」


 国王は、軍事知識があるのか事前の説明を受けたのか理解したかのようにゆっくり頷いたが、王妃と王女は顔を見合わせ首を傾げていた。

 分隊程度の拝謁にあまり時間はかけられないい。国王がそこまで聞くと王家は玉座から立ち上がり頭を下げた。


「そうですか。体をお大事に、皆さんのご無事を祈っております。決して無理をなさらないように重ねてお願いします」


 突然のことに三人はたじろぐ。流石に王家から頭を下げられることは想定外だった。


「は、は、はい!はい!」


 ジェフは心臓が跳ね上がって余計に返事をした。にこやかに笑う王家の前に、例のカイゼル髭が現れ拝謁終了を告げた。


「拝謁はここまでとなります。王宮近衛隊よりも、御足労に感謝いたします」

「国王陛下のお足元で活躍できることを感謝しております。701分隊、帰ります!」


 今一度最敬礼しくるり背を向け大扉へ向かったが、柔らかな視線が注がれ続けられるのが感じられた。背後で大扉閉められると、ときめくシャーリーは目を輝かせチャルは満足そうに、ジェフは冷や汗で白襟のシャツを濡らしていた。


「もーすっかり好きになっちゃった!素敵なお妃さま!」

「感じのいい人たちだったね。王様を始め、この国の人たちはみんな善い人たちなんだろうね」

「あー緊張した。シャーリー、刀を抑えて歩けって。慣れてねんだからそりゃ脚に絡まるわ」

「慣れてなくてよかった!脚に絡んでくれて、軍刀くんに感謝しちゃう」

「ったく・・・」


 シャーリーは軍刀を外すと抱きしめキスの雨を降らせた。それは王妃の手が触れた軍帽にも同じだった。次の隊が怪訝そうに見ている。長は若い中尉だったがジェフは目もくれず、一行は王宮を後にした。

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