おとぎの国より
第1話 第七級特殊警備地区
「ねえ、第七級特殊警備地区って結局なに?」
初夏でありまだ冷房は入れなかったが、まとわりつくような空気が熱い。互いの溜まりを娯楽として発散した情交の後、ピロートークにしては事務的だった。コトが終わってもジェフはまだシャーリーが愛おしく、もう一度抱き寄せ数秒のキスを交わすと面倒臭そうに答えた。解説を待つ彼女も優しく唇に応じた。
「・・・つまり、世界において最も重要な警備を要する地域。資源面とか統治上とかで。俺たちが今度行くところは、人的な要素で重要な場所」
「・・・セックスなしで、ずーっとキスだけのもいいかも。後でそうして。それで、人的って?」
「重要人物がいるとか?早く服着て・・・」
二人の性の現場を避け、ベッドから離れていたチャルが紅茶を持ってきてくれた。毛布も被らずもつれ合うこの男女の裸体をいい加減見慣れてはいたが、どうもこの空間には抵抗がある。服を着るのも気怠い二人は、ベッドにチャルの場所を空け毛布を被った。シャーリーを胸に抱き寄せたジェフは枕元のタブレットを取り、国際予備兵士のネットサーバーに接続すると情報を開いた。シャーリーとチャルが頭を近づけ画面を覗き込む。
「俺もよくは知らん。世界の頭脳とも呼べる人物や権力者を集めてるわけではないらしい。人類学上類稀なる『善良』な人々を一族ごとを集結させた地域なんだと」
画面に表示された画像には、善良とされる人間たちの生活の様が表されていた。それはどことなく絵本のような世界で、建物から服装に至るまで古めかしい文化だった。童話に出てくるような古城が街の中心部にあり、王家一族はまるでファンタジー。
「国としての形をとり、一応王族がいる。名をワーカシュト王国」
「変な名前。完全に善良な人たちなんて存在するの?まるでおとぎ話みたい」
「多くの人間が持つ悪い部分を持たない人たち」
「悪い部分?」
「要は、他人を傷つけかねない心を持たないということ、らしい」
「人から物を盗んだり、悪口言ったり、妬んだりしないってこと?」
「鋭いなチャル。要は平和そのものにしか生きない人々なんだな」
「無理じゃない?何したって傷つく人間はいるんだし、普通多少なりとも暗い心を持つものよ」
「人間が生きる過程で、悲しいことってたくさんあるよね」
「そこがどうなってるのかは解らないなあ。お互い傷つくようなことはせず、不可抗力で、例えば不慮の事故なんかで怪我したり誰かが死んだりしても、それを引きずらずちゃんと生きるのかな」
「人としておかしいわ。セックス、いや、恋とか、しないのかな」
「ぜーんぶ恋愛結婚だそうだ。生物的な機能上他の人類と変わらないから、当然子孫を残すのも性交による」
「うそぉ、傷つかない恋愛なんてあるわけないじゃない」
「だから、内面のことはよく解らないって」
「そんな世界あったらいいよね」
「俺もそう思うよ」
「陸島連合は、善良な人たちばかり集めてどうしたいの」
「そこははっきりしていて、世界存続のための種の保存だと。あと研究かな、研究自体は俺たちの産まれる何十年も前から続けられてるらしい」
「馬鹿みたい」
「そうかな、他の人類全てが滅んでこの人種だけ残ったら、人間同士の戦争や抗争はもうやらないだろう」
「外の世界のことは?」
「さあ、機械がやるんじゃない」
「そんなの、
シャーリーはジェフの胸と腕から離れると、反対を向いて寝てしまった。ジェフは頭をかきながら毛布をかけてやり、服を着てチャルを伴い外に出た。先ほど言った、長いキスは
「きっと、ここには売れる情報があるんだろうな。救世を名乗る悪党が襲ってくるってことは」
「戦争になるのかな」
「さあ、そこまで大きくなるか。でも俺たちみたいな根無し草の遊動隊だけじゃなく、連合直轄の精鋭も集められたあたり、何かあるぞ」
外は、特殊警備地区、つまりワーカシュト王国の郊外に設けられた国予駐屯地だった。膨大な数の車輌が所狭しと並び、場内中間に位置する701分隊からでも城ははるか遠くに見えた。夜中の王城は晴天の星に混じり、黒い影に数点の灯火が光った。WDWK518の銃座くらいの高さから駐車場を見渡すと、全体が駐屯地になり一つの街を形成している。実際認可を受けた軍属扱いの業者が入り込み、酒場劇場などの娯楽施設や宿泊所のプレハブまで建てられている。
ジェフは腕時計を見た。寝るにはまだ早い時間だった。
「映画でも観に行こうかな、ラインナップが俺好みだ。チャルは?」
「怖い映画じゃなければ」
「決まり。歴史映画の名作ラストエンペラーだ。しかもディレクターズカット版」
「歴史の教科書で見たことある」
「ちと長いがな。3時間39分」
「寝ちゃうかも・・・」
「めちゃくちゃ面白いって。でも映画館までも長い距離だから、車借りよう」
隣の、二百人前後の機動中隊から煙草半箱で偵察バイクを借りた。整備兵が中隊長に虚偽の試験運転の報告をしていた。戦車を含むこの中隊も、ジェフたちと同じ遊動隊だった。
「戦車もいて強そうだね」
「ふん、俺はあの装甲キャンピングカーだけでいい」
チャルの問いにジェフはうそぶいた。鼻歌交じりのラストエンペラーのBGMは、偵察バイクにまたがる彼らの様相に似合わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます