第4話 バケモノの足跡
結局二人の愛撫は数時間続いた。満足そうに相手の胸に横たわるシャーリーに疲労の色隠せないジェフは指先の匂い嗅ぎ、チャルも眠れず愛らしい動物の画像検索しつつ寝たのは空が白じんでからだった。
それが仇となった。カーテンの隙間から差し込む鋭い光に目が覚めたのは既に午後1時を回ってからだった。しかもシャーリーのスマートフォンは切れていて、ポールの電話連絡は届かずじまいだった。
「スマホの充電切れてる!」
「馬鹿!」
「もう!」
三人それぞれ焦って飛び起き、大慌てで身支度整える。しかし昨晩の匂いが股に残るシャーリーは長くシャワーを浴びていたため、さらに出発が遅れるところとなった。
「この!早くしろって!」
「こんなことになったの、ジェフがしつこかったからでしょ!」
「何度もねだってきたのは誰だ!」
「ジェフだってその気だったくせに!」
「二人のせいだよ!僕まで寝れなかった!」
「それはごめん・・・」
珍しく声を荒らげたチャルに二人は謝り、ようやくホテルを出たのは午後2時のこと。当たり前だが、トンネル前には既に青年団の姿はなかった。
「だめ。ポール君も繋がらない」
シャーリーは残念そうに目を閉じスマートフォンを置いた。ジェフは
「一度見てくる。もしもの時のために、車はすぐ逃げるようにしといてくれ」
「ジェフ一人で大丈夫?」
「大丈夫さ。チャルは寝ててくれ、夜はすまなかった」
「私も寝てようかな」
「お前はすぐ出れるようにしとけよ。俺と同罪なんだから」
「なにそれいじわる」
煙草を一服してトンネルに足を踏み入れる。トンネル内は緩い下り坂になっていて、しばらく歩くと二人の待つ車は見えなくなった。たった一人、いい加減孤独が恐ろしくなってくると、時折足を止めて周りを見渡した。
得体の知れない壁の染みは何にでも見え、さながら心霊スポットのよう。頭上の排煙装置が低い唸りを立てて回転し、思考は鋭くも固定されていった。また歩き出す。チャルほどの怖がりではないが、自分以外の足音が背後からついてくる気がして、要らぬ汗が背筋を伝った。
突如として総ての照明が落ち、排煙装置の動きが止まった。反射的に拳銃を抜いて構えたジェフは懐中電灯を忘れた自身を呪った。静寂は続かず、足の裏から徐々に振動が伝わってくる。見開いた目は暗順応が効く前に眩いライトを捉えた。無数の光の球はバイクの集団、その後ろから巨影が凄まじい光量を誇っていた。不思議と耳に轟音は聞こえなかった。
外に車を向けたシャーリーとチャルはトンネル内の電力が落ちたことに気づかなかった。チャルは幸せそうにうたた寝し、シャーリーは不貞腐れた表情にくわえ煙草の煙を纏わせていた。段々伝わってくる振動に灰が落ち、チャルを眠りから覚めさせた。煙草を捨てると残煙立ち昇る側から騒々しい集団がやってくるのが目に入った。先頭は大袈裟に走るジェフの蒼ざめた顔だった。
「わっ!」
シャーリーはエンジンキーを回した。だが古い車は今回に限りなかなかセルモーターが回らず、数台のバイクが横を通り過ぎた。やっとエンジンに火が入ると乱暴にクラッチを繋げジェフが後席に滑り込んだのかどうかも確かめず発進させた。幸い彼は間に合って座席に転がり激しい呼吸を調えようとした。
「なんなのあれ!」
「あれがブレンの正体だ!俺たちは初めて見る!」
「おっかない!」
猛スピードの青年団とジェフたちに追いついてくる、それは正に戦車。ポールから聞いて想像していたのよりはるかに強靭な回転刃は、アスファルトを見事に砕き路上に散乱させた。青年団の中にはあおりを食らって転倒する者数台。仲間を一人乗せたポールの単車に近づいた。
「ブレンってあれか!あれだよな!」
「そうです!あれがブレン!」
「ちくしょーケンカ売ったな!偵察だけって言ったのに!」
「僕らはなにも攻撃してません!見つかった途端あれで!」
「ちぇッ!」
ジェフは機関短銃のボルトを引き、二人の影が映るフロントガラスめがけて発砲した。ほとんどが命中するも、9mmの丸い痕をつけただけで効果はない。
「効かねえぞ!小銃持ってくりゃよかった!」
「そんなのでも効かないわよ!」
「手榴弾!」
「はい!」
「スピード落とせ、でもぶつかるなよ!」
シャーリーは言われた通りアクセルを緩め、車体を十メートル程度近づけさせた。いくつものアスファルトの破片が飛んできてキャデラックの美しいピンク色のボデーを傷つけた。ジェフは手榴弾の安全レバーを先に飛ばし、投擲姿勢で3秒数えた。非常に危険な攻撃だった。
「今ッ!」
投げ込まれた手榴弾は回転刃に巻き込まれる瞬間爆発した。数枚の刃が回転を鈍くさせ、スピードに合わず火花を散らし始めた。効果はあった。
「よし、青年団にも投げさせよう」
「そんな危ないことポール君にさせないで!」
「ピン抜いて転がさせるだけだ!ポールのバイクに近づけ!」
「何かあったら責任とりなさいよ!」
ポールの横に戻り、身を乗り出して説明した。差し出される手榴弾に彼は目を丸くして首を振った。
「そんなことできません!」
「ピン抜いて後ろに落とせばいい!全車前に出させてフルスピードで車間距離とれ!一車二個だ!」
「できません!」
「やるんだ、君たちで奴らを止めろ!」
その言葉にポールは強く頷き手榴弾をしっかり受け取った。決意新たな眉毛をきりり、バイクを傾け仲間に伝達していく。シャーリーは口笛吹いて笑った。
「かっこいいー!やっぱりモノにしたい!」
「昨晩のことバラすぞ!手榴弾渡すからポールについてけ。チャル、安全クリップ外して二個ずつ渡して!」
「了解!」
伝達されて生き残ったバイクがあえぐようにして前に出てくるとそれぞれ手榴弾を渡していった。いくつかはミスして手からこぼれ落ち只の鉄球となって回転刃に潰された。最後の一組に一個だけ手榴弾を投げ渡すとそれで全弾終わりとなった。
「いいかあ、俺が投げるのが合図だ!ピン抜いて落とすだけだ、それ以外はやるな!」
「おお!」
少年たちの鬨の声頼もしく、三人も思わず呼応して片腕勢いよく掲げる。抜かれた安全ピンが宙を舞いトビウオのように光った。
車中のブレン弟は無数の光物を目撃し思わず叫んだ。
「サカナが跳んだ!兄ちゃん!」
「
ブレン兄、弟にビンタし回転刃の修理を命ずる。
「やれ!」
号令一下、手榴弾の一斉投下。十数個の手榴弾は猛回転しながら回転刃や履帯の下に吸い込まれていった。小さな爆弾でも一度に爆発すると大轟音だった。刃のほとんどは回転を止め、速度も急激に落ちた。弾けた履帯や刃が宙を舞う。
「やったあ!」
「安心するのはまだ早い、制圧しなきゃ。どこから入れば・・・」
喜ぶ少年たちの横、ジェフは表情和らげず出入口を探した。フロントガラスの数メートル後ろにそれらしい形の鉄板がはめ込まれていた。頑丈そうな蝶番も見える。コトが終わったとベストやホルスターを外そうとするチャルを掴んだ。
「大砲の出番だ、チャル!あの扉を撃て!」
「え⁉︎でも当たるかどうか、車上で揺れてるし」
「大丈夫当たるさ!抑えててやる、シャーリーも!」
「OK!」
スピードを緩めつつ、ジェフとシャーリーは抱きつくようにしてチャルに取り付いた。手汗に湿る掌を拭い、初心者の射撃練習のように何度もグリッピングを確認した。真っ直ぐに構えられた8インチ銃身が煌びやかに光る。撃鉄を押し下げ慎重に引鉄に指を添えた。
「蝶番を狙え!」
「やってみる!」
「撃って!チャル!」
拳銃にしては重々しい銃声だった。装薬の多さからこの明るさでもマズルフラッシュがはっきり見え、チャルの太く逞しい腕を反動が襲った。それでも彼の力強さは、常人の半分以下に反動を抑えた。五発立て続けに打ち出された.500マグナム弾のいくつかが蝶番に当たり、最後の一発が扉の中心に命中してどこかへ飛んでいった。
「やりィ、チャルは天才だ!」
「ほんと!拳銃射撃章申請しなきゃ!」
「そんな〜それほどでもないよ〜」
「今度の報告書で申請するぜ!さあいざ行かん!」
ジェフは昇降梯子に飛び移り出入口に踊りこんだ。中はロボットアニメに出てきそうな鉄気溢れる通路になっていて、奥に控える扉に操縦席の灯りが光る。拳銃を構え警告なしに扉を撃ち、弾は抜けた。そのまま蹴り込むと派手に外れて中に倒れた。
若い痩せ型の男二人が幅広の座席に並び、機械を操作する手つきのまま固まっていた。これが初めて見るブレン兄弟の姿。煙を上げる手近な機械に二発撃ち込んだ。
「畑荒らしは終いだ!」
「ヒィ!」
もう一発座席に弾をくれてやる。ブレン兄弟は揃って抱き合いガタガタ震えていた。通路を歩く数人の足音が聞こえ、ジェフは煙草に火を点けポールたちを迎えた。
「終わったぜ。君たちの力だ」
勧められた煙草をポールが断り、ニヤリ笑った。
「僕まだ未成年ですよ。ブタ箱ぶち込まれる前に、二人にくれてやってください」
「それもそうか」
縛り上げられたブレン兄弟に煙草をくわえさせてやった。震える口元から煙草が落ち、膝に火種が当たって滑稽な悲鳴を上げた。
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