第2話 ポール少年
村長の嘆きの後、移動用にと彼の車のキーとお土産に大量の野菜を渡され外に出た。ジャンケンに負けたジェフは膨らんだ野菜の包みを重そうに肩に引っ掛けた。
「シャーリー、火ィ貸してくれや」
くわえた煙草を指差すジェフに、シャーリーは自分の喫いさしを突き出した。首を亀のように伸ばし煙草の先に火種をくっつけ一服、太陽の白い光に煙が溶け込む。駐車場へ向かうとピンク色のキャデラックが閑散の中不釣り合いに浮いていた。他に車は見当たらないからこれが村長の車であるらしい。開口一番、チャルが黄色い声を上げた。シャーリーは気の抜けたように息を吐いた。
「ピンク色でかわいい!」
「なによこれ、キャデラックじゃない」
「59年型だ、もう世界に何台もないぜ」
「悪趣味ねえいい歳して」
「馬鹿、ピンクキャデラックは男の夢だぞ」
「あら、どうして」
「映画で言ってた」
髭面、巨漢、美少女の組み合わせが、そもそも奇妙な三人がピンクキャデラックに乗り込むと不思議と風景に溶け込んだ。後席を一人陣取ったジェフはくわえ煙草で寝っ転がり、包みから野菜を取り出して太陽に掲げた。
「なーチャル、いい野菜なのかなこれ」
「とてもいい野菜だよ、瑞々しくてハリがあって」
「女の肌みたい。でもこんな村じゃ、女は望むべくもないなあ」
「若い男もよ。景色はいいけど、それだけじゃつまんない」
村を回ろうと、なんとなく車を転がしてみた。田畑と寂れたよくわからない店が転々とするばかりで、特筆すべきようなことは何もない。農用トラクターの横をすり抜けると、村長の車に得体の知れない三人が乗るのを農民が訝しげに見た。ジェフはなんとなくそれに手を振り相手に反応がないと見て、残念そうにシートに身を縮こませた。
「見て、あの店はやってるみたいだよ」
チャルが指差す先、車の整備工場と喫茶店を合わせたような店に入る人影があった。駐車場には大量のバイクが所狭しと並べられている。起き上がったジェフは二人の間に顔を割り込ませた。
「よし、あの店に行ってみよう。ちょうど昼飯時だしな」
「わあいかついバイクばっかり」
「暴走族とかだったらどうしよう」
「怯えるなって、もしそうでもチャルの方が強い」
駐車して店に入るとだだっ広い店内に十数人のライダースーツ纏った少年たちが。中にはなかなかの美少年もいて、シャーリーは目を輝かせる。
「やっぱりいいとこだわ!男の子がこーんなに!」
「アホ。俺たちよりずっと若いぞ」
「暴走族じゃないみたい、よかった」
チャルの暴走族という言葉を聞きとがめたのか、一人の美少年が色をなして立ち上がった。訂正を求める強い声は、変声期終えたばかりなのかスレていた。
「僕たちは暴走族じゃありません!ツーリングを趣味にしてる健全なグループです!」
「ご、ごめんなさい」
「悪い悪い、外のいかちいバイクの持ち主が君たちみたいな少年で安心したんだ」
「なんだか馬鹿にしてるみたいな言い方だなあ。わかってるならいいです」
「隣、座るよ」
少年たちの横の席に座ると、しげしげと眺めてくる子どもたちにシャーリーは目を細めて唇を鳴らした。その仕草に、彼らは一様に顔を赤くする。先ほど立ち上がった少年はリーダー格なのか、呆れた視線を送ると子分はシュンとして肩をすくめた。
瓶コーラやジュースなどばかり少年たちに運んでくる店主にカレーを三人分注文すると、件のリーダーが口を開いた。
「ここのカレー、野菜以外レトルトですよ」
「いいよ、サ店のカレーはどう食ったって美味いの。野菜がこの村のならなおさら」
「なら好きにしたらいいけど。それより、僕の父の車を乗り回して、あなたたち一体何者ですか?」
意外なセリフだった。父の車、というのは例のキャデラックに違いなかった。彼は村長の息子であるようだった。
「あのキャデラック、君のお父さんの?じゃあ村長さんの息子さんなんだ」
「そうです、僕はポールといいます。それであなたたちは」
「国予強襲隊よ、イケメンくん。私はシャーリー、髭面がジェフ、この子がチャル」
「イケメンじゃありません、ポールです!」
「褒めたのに」
「あんな人の良さそうな村長さんのお子さんなら、暴走族のわけがないよね」
未だ申し訳なさそうにしょぼくれるチャルをジェフとシャーリーが撫でてやる。その様子に、ポールは声を荒らげたことを後悔した。
「さ、さっきは荒っぽくなってすみません。わかってくださったならそれでいいんですから。みなさん、国予強襲隊ですって?父が依頼した」
「そうそう、ブレンとかいうバケモノ退治しにね」
ブレンという言葉に呼応するように、少年たちの間から怨嗟の声が上がった。少なからず彼らの家はブレン兄弟の被害を被っているようだった。
「あのブレンをか⁉︎」
「くそーあいつら、収穫間際の俺ン家の畑をぶっ潰しやがった!」
「俺のとこもだ!せっかく今年のキャベツはいい出来だったのに!」
「いつやるんです、いつあの連中をぶっ殺してくれるんです⁉︎」
「静かにしろ!ご覧の通り、僕たちはブレン兄弟に苦しめられています。勝算はありますか?」
「まあ、相手にする奴にもよるけど。機関短銃と手榴弾は用意してある」
自信たっぷりに言い切ったつもりだった。だが歓喜や応援の声が特別上がるわけでもなく、急に興ざめしたかのように皆顔を見合わせた。
「機関短銃と手榴弾じゃ不足か?そりゃミサイルなんてものはないけど」
「うーん、どうかなあ。銃弾であの鉄板が抜けるかな」
「ええ」
「拳銃弾でも普通車の扉くらいは簡単に抜けるのよ」
「それよりもっと分厚いやつですよ。いつか遭遇した時父の拳銃で撃ったけど、傷もつかなかった」
「何の銃?」
「コルトの競技銃、.22口径」
それじゃあフロントガラスにでも当てないと効果はない、そう思って口にしようとすると厨房から店主が慌ただしく出てきた。彼は小走りにポールに駆け寄ると周囲にも聞こえるような大きな声を出した。
「ポール君、お父さんからブレンが出たと連絡があった!ラモスの農具庫と畑がやられたらしい!」
「なんですって⁉︎それで、ブレンは?」
「逃げちまったらしい、いつものことながらすごい速さで」
「くそ!」
ポールはゴーグルの掛かっているヘルメットを被り厚いバイクグローブに手を突っ込んだ。他のメンバーもそれにならい、次々と店を出てバイクのエンジンを始動させた。ジェフたちにも声をかける。
「僕たちは街の治安を守る青年団でもあるから行きます。皆さんも一緒に来てください。ブレンがどんな被害を出すのか詳しく説明します」
「わかったわ!」
「農家の人が無事だといいけど」
一応まだ来ないカレーの代金を置いて席を立った。ジェフは残念そうにいつまでもテーブルを眺めていて、見送りに来た店主に一言。
「あの、カレーってテイクアウトできます?」
「ジェフ!」
シャーリーとチャルが目を釣り上げる。それでも、注文を受けていたことを思い出した店主は急いで蓋つきのトレーに三人分のカレーを入れて持ってきてくれた。
「腹が減っては戦はできぬ」
「まだ戦じゃないわよ。今度はジェフが運転しなさいよ」
「ええー」
無理やり運転席に押し込められたジェフは、文句を言った割に助手席や後席でカレーを食べ始める二人を恨みったらしくにらんだ。
「ほんとだ、美味しい野菜」
「レトルトでも野菜の味がよく滲み出て美味しいわね。ジェフの分、冷めちゃってかわいそ」
「このやろ、人に文句言ったんなら食うなよな」
仕方なしに煙草に火を点ける。カレーと排気ガス、煙草の混じった匂いだけが店の前に残った。
前を走るポールたち青年団は、大きなバイクにまたがる姿が少々不釣り合いに映った。
「青年団?少年団の間違いじゃないのか」
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