第7話 応酬の硝煙

「あんのコドモテンチョー、意気込んでたくせに寝ぼけ眼こすって出てきやがった」

「まだ子どもだから、仕方ないよ」

「ならチャル、お前もあの子連れてくの反対しろよ」

「でも、早く会わせてあげたいし」

「ちぇ。シャーリーを呼び出せ」


 必死の懇願と周囲の擁護に折れたジェフ、ノアがシャーリーとアーニャの救出班に随伴することを許した。せめて何か役に立ちたいというので、仕方ないから押収品を入れる鞄を提げた出で立ちだった。ジェフとチャルににこにこ手を振って出発する様はまるで遠足にでも出かけるようだった。

 そろそろ救出班が到着する頃、チャルは無線でシャーリーを呼び出した。


「こちら『チャコール』、『エンジェルスター』聞こえますか」

「アホな名前。作戦ごとにコードネーム作んのやめようかな」

『こちらエンジェルスター、感度よろしい。ジェフの悪口がすっかり聞こえたわ」

「チャル、言ってやれ。もう二分もしたら煙草喫いきるから、そしたら正面の門をブチ破る。銃声でも聞こえたらそっちも仕事始めろ」

「だって、シャーリー」

『了解。チャル、ジェフに伝えて。こっちは禁煙して仕事してんだから、呑気に煙草喫ってんじゃないって』

「だって」

「ふん、暗闇で隠密行動取ってんだから明かり出さないのは常識だろが」


 無線が切られた。ジェフもいつもより長めに残った煙草を灰皿に押し付け銃座に上がった。機関短銃のボルトを引き、運転席のチャルに飄々と言った。


「さー行こうかチャル。普段運転しないのにこんな時だけ悪いな」

「いいよ。安全運転で行く」

「たった100メートルだ。遠慮なく突っ込んでくれ」

「了解!」


 普段「クルマ」としか呼ばれないこのキャンピングカー、かつて高級キャンピングカー開発で隆盛を成したスレッジ社が倒産前に発表した最後のヒット車種で、 WDWK(ウッドウォーカー)518という。強力なエンジンに高い走破能力が売りで、サバイバルキャンピングカーと謳われた。しかもジェフの個体には速度と加速力を高める改造が施してある。国際予備兵士教導隊を卒業したジェフが初めて居着いた街で譲られた物だった。

 WDWKのエンジンに火が入れられる。ハイビームしっぱなしのヘッドライトは敵邸の門番を目覚めさせ、加速に伴う轟音で慌てふためさせた。


「派手に行こうぜ!」


 ジェフは集まってくるチンピラたちに銃口を向け躊躇なく引鉄を握った。泡食った敵は、たった一梃の機関短銃から吐き出される拳銃弾をまるでバルカン砲の掃射と勘違いさせて、急速に戦意を喪失させていった。

 チャルは門に車体を激突させ砕き、逃げられなかった門番が哀れにも弾き飛ばされた。拳銃を発射する者、ダンビラ振り回して飛びかかってくる者数人いたが、ジェフの銃弾の餌食となった。弾倉を交換していると横で震えながらつっ立っているのがいて、蹴飛ばすと簡単に転げる。もう5、6発足元に撃ちこみジェフは吠えた。


「コノヤローかかってくるか!国予コクヨ強襲隊だ!貴様らド汚いゴミを掃除しにきた。ブッ殺されたくなきゃ降伏しろ!」


 生き残った幾人かはその剣幕に武器を捨て手を上げた。チャルが持ってきたパラコードで数珠繋ぎに捕縛していく。後ろ手にきつく縛り上げられて悲鳴をあげる捕虜は怯えた声で言った。


「な、なんで国際予備兵士の連中が出張ってくるんだ」

「誘拐、それに街の治安を意図的に乱した罪、その他不正諸々」

「俺たちゃ何もしてない!」

「ネタはあがってんだよ。ほら、オマケだ」


 円を描くように並ばせ門の残骸に繋ぐと、ジェフは手榴弾のピンを抜き持たせた。渡された捕虜は恐怖に駆られ放り投げようとしたが背中に回って固定された手では難しい。チャルは慌てて捕虜の身体の隙間から手を伸ばし手榴弾をしっかりと握らせる。


「ヒイ!爆発する!おとなしくするから助けてくれ!」

「慌てんなよ、レバーが跳ばなきゃ爆発しないんだ。落とさずしっかり持ってれば死にゃせんよ」

「も、もし落としたら」

「わかってんだろ死ぬだけよ。ちょっとしたら戻ってくるからちゃんと持っとけよ」


 いたずらっぽく笑い肩を叩く。二人は捕虜たちの懇願を無視し建物へと向かった。チャルは呆れたように言う。


「ジェフは手荒なんだから」

「ああしときゃ逃げようと動く気もせんだろ。大丈夫、レバーにクリップ付けたままだから爆発はしない」


 手榴弾には、万が一自然と安全ピンが抜けてもそのまま安全レバーが外れないように独立したクリップで弾体とレバーが固定されている。ジェフはそのクリップを付けたまま手榴弾を渡したのだった。


「クリップに気がつかないようじゃ、軍隊上がりもいないだろ」


 少し前、チーム「チャコール」の銃声を聞いた「エンジェルスター」の三人は行動を始めた。屋上の見張りが動乱に気づき屋内に入ったのを見て素早く壁を越える。


「ノアちゃん急いで!お母さんが待ってるよ」

「は、はい!」


 激しい動きをしたのは鬼ごっこくらいのノアは、一生懸命二人についていく。代わる代わるに尻を持ち上げられたり飛び降りて抱きとめられたり、まるで赤ちゃんのようだと少し情けなくなった。

 窓に張り付きガラスを叩くと、部屋の明かりが点きカーテンが開けられた。開け放たれた窓から美女が身を乗り出す。


「ほら、ノアちゃんから!」

「わっ!」


 ノアはシャーリーに持ち上げられ急な再会を果たした。おでこ同士がぶつかり、母親の胸に飛び込んだまま二人は尻餅ついた。


「お母さん!」

「ノア!」


 再開の涙を流す母娘の横をすり抜けアーニャが消灯のスイッチを押す。ジェフから借りた大型拳銃を抜き安全装置を外すと、ドアに近づき廊下の様子に耳をそばだてる。けたたましい足音はこちらに向かってこなかった。

 シャーリーは抱き合う二人の前にしゃがみ込んだ。


「感動の対面を邪魔してすみません。仲間の二人が昨日来て説明したと思うけど、国予強襲隊です。ヘレンさんを救出して、ちょっと寄り道して脱出します」


 ヘレンはシャーリーに顔を向けると説明には答えず、ノアが来たとことをなじった。娘を思う母親なら当然の怒りだった。


「救出してくれるって話は聞いたけど娘も来るなんて聞いてません!こんな危ないところに!」

「お母さん!わたしが連れ行ってくれるように頼んだの!皆さんは悪くないの!」

「でも!」

「お怒り当然です、申し訳ありません。脱出したらいくらでも我々を叱ってください。しかしともかく、今は脱出しないと」


 シャーリーは腰の拳銃に手を添えながらドアに近づきアーニャに目配せをした。彼女と同じようにドアに耳をつけた。


「敵が来ないといいけど」

「今は大丈夫」

「私が前に行くわ。アーちゃんは二人を!」

「了解!」


 アーニャが二人を立ち上がらせたのを確認しドアノブに手をかける。今一度外の様子を確かめると、聞き慣れた機関短銃の音が耳に入った。


「ジェフも派手にやってるみたいね」


 少しだけ笑うとそっとドアを開けようとした。しかし、こちらに向かって走ってくる足音がいきなり聞こえ始め、その気配は部屋の前で止まった。ドアは勢いよく開けられ、目の前に男が現れた。シャーリーは反射的に銃を抜き引鉄を握ると片方の掌を撃鉄に叩きつけた。


「いるじゃないの敵!」


 2発分の銃声は速射によりまとまって聞こえた。シャーリーの得意技に襲われた敵は見事急所を撃ち抜かれ斃れた。

 死体を退かすのを手伝うアーニャは彼女の腕を褒めた。後ろでノアとヘレンが身を寄せ合い震えている。


「はやーい」

「これは得意なの。高い売りものだわ」

「し、死んじゃったの?」

「見せたくないもの見せちゃったわね。行きましょ」


 ジェフとチャルは敵を捕縛したり射殺したりしながらズカズカと進み、建物中央の大階段を制圧すると、階上の廊下を早足で進む四人の女たちを見つけた。銃を下げ手すりにもたれかかり、背伸びして合言葉を叫んだ。


「エンジェルスター!」

「チャコール!上手くいったみたいね」

「そっちはどうだ、ヘレンさんは確保できたみたいだけど、書類は?」

「まだこれからよ、援護して!」

「はいはい」


 二人は階段を駆け上がりエンジェルスターと合流した。ノアは見慣れた面子が揃うと安心したかのように表情をほころばせた。


「ノアちゃんにヘレンさん、無事だったみたいだな」

「はい!ほんとうにありがとうございます!」

「礼はまだ早い、書類奪って脱出せにゃ。図嚢を返してくれ」

「でも、これはみなさんのお手伝いを」

「書類持ってるのが丸わかりだ。もしも狙われらたまらん」


 これまでノアに持たせていた図嚢をひったくると肩にかけ、この豪邸に詳しいアーニャの案内で管理室に向かった。管理室に通じる廊下は数人の敵が守備についていた。


「投降すっかあお前ら!」


 勧告の返答は銃弾だった。ジェフの隠れる壁の角が丸く削られた。


「ちぇ、手榴弾でも投げるか」

「威力が強すぎる、危ないよ」

「ジェフ、あんた囮になりなさいよ」

「自分で行けよ、お得意のファニングがあるんだろが」

「ボクに任せて!」


 アーニャは揉める三人を押しのけると素早く廊下に躍り出て、敵の銃口を見つめながら弾を避けた。一発だけ彼女の髪を数ミリ切り取り、焼けるような音を聞き遂げると正確に二発ずつ敵に打ち込んでいった。たちまち廊下の銃声が止む。


「すげえなあ、そんな古い銃じゃなくてもっと新しいの渡しときゃよかった」

「かっこいいから気に入ってるよ。さあ、管理室はあの扉だよ」


 管理室のドアを蹴破ると小柄なチンピラが一人だけいて、紙束をシュレッダーに押し込んでいた。慌てて証拠隠滅を図ろうとしたためか、大量の紙が詰まり悪戦苦闘していた。ジェフは拳銃を抜くと数発シュレッダーに撃ち込み機械を壊した。火花の上がるシュレッダーからチンピラが飛び退く。


「動くと殺すぞ!抵抗しようなんて思うなよ。チャル、締め上げろ」

「もっと穏やかに言ってよ、ノアちゃんやヘレンさんが怖がるよ」

「それもそうだ、すまん」


 チンピラは鞘ごとナイフを捨てると両手を挙げ、冷汗を流し前に出てきたチャルに怯えた。そのまま後ろ手に拘束され、他の武器を持ってないか確かめられる。彼の顔を見たアーニャは笑って手を振った。彼はアーニャが色仕掛けの相手をした会長秘書だった。


「やあ秘書くん、さっきぶり」

「お、お前!こいつらの仲間だったのか!」

「なんだ、アーニャが聞き出した奴ってこいつか。みんな、書類やデータを集めてくれ。USBやディスクも見逃すなよ。さて、チンピラくん」


 ジェフは皆んなにそう言うとわなわなと震えるチンピラに近づき、拳銃の銃口で顎を突き上げた。服装や髪型はヤクザというより中学生の不良っぽく、ジェフは苦笑を漏らした。


「お前が慌てて紙を砕こうとしていたところを見ると、よっぽど大事な書類らしいな」

「は、はい」

「で、親玉はどこだ?さっきからいくらかのチンピラと喧嘩したけど、会長の姿が見えない」

「それは死んだって言えない!」

「言えないったってお前・・・チャル、腕を折れ」

「え⁉痛、いだだだだ!」

「言う気になったか?」

「知らない!会長のいるところは知らないんだ!」

「チャル」

「うん」

「いてえ!やめてくれ、言うから言うから!」

「女に目ェ眩んでベラベラ情報吐いたくせして、安っぽい忠誠心を見せびらかすなよ」


 チンピラを燻るシュレッダーに縛り付け管理室を出た。あらかたの敵は掃討されて、そこら中に括り付けられている捕虜の悪態やうめき声以外は聞こえなかった。ジェフは膨らんだ図嚢を肩にかけ疲れたようにあくびをした。


「眠いなあ。あとは会長の始末か」

「会長室にいるって言ってたね」

「まあ当然っちゃ当然だな。アーニャ、どこだっけ」

「そこの角曲がったところ。観音開きの扉の部屋だよ」

「護衛は?」

「普段は秘書とあと二人ついてるけど、捕まえたり倒したりしたのを数えるともう会長一人だけみたい」

「静かすぎて不気味ねえ。ノアちゃんとヘレンさんはどうする?」

「他に敵もいないんなら、ここいらで待っててもらうか」

「いえ、行きます!」


 ヘレンはノアを離しジェフの前に立った。細い眉をきりりと上げ、鋭い目にジェフは思わず後ずさろうとした。


「言いたいことが山ほどあります。たった一人の娘から半年も引き離され、したくないことを何度も何度も・・・叩いてやりたい」

「それはそうかもしれないけど」

「叩く前に、会長が抵抗したら殺害してでも止めなければならないのよ」

「それでも、そうなったとしても・・・最後を見届けたいの。嫌なものかもしれない。でも、見ないと私とノアは安心して暮らせないの」

「お母さん・・・」


 ジェフは突っぱねればいいものを、どうにもこの母娘には言いくるめられていた。遠くにいる何年も会っていない母親と彼女を重ねてしまうからか、強く反対できなかった。


「ノアはここにいなさい。危ないから」

「それはお母さんも同じだよ!」

「わかった、わかったから」


 困惑したようなジェフは、機関短銃と拳銃の残弾を確認して前を向いた。


「ヘレンさんとノアちゃん、扉の外で待ってて。そこまでならついてきていいから」

 

 決意を新たにする母娘の顔は言うまでもなく、ジェフを先頭に会長室前に進出した。部屋の中は物音一つせず、逃亡した後なのではと懸念を持たせた。


「いねんじゃねえのか会長」

「そんなはずないよ」

「息ひそめてやがんな」

「鍵かかってないみたいだし開けてみたら」

「くそ、ドアノブに手榴弾でも引っかかってたらすぐ逃げろよ」


 恐る恐る扉を押すと、何の抵抗もなくゆっくりと開いた。罠の様子もなく整理されたデスクとわずかばかりの調度品が棚に列をなす。奥の壁にはジェフの機関短銃と同じ時代の、骨董品の小銃がかけられていた。


「あれ」


 小銃の横にもう一つラックがあった。特徴的な拳銃の形をした日焼け跡があり、ジェフはそれに気づいて足を止めた。続いて足を踏み入れたシャーリーが天井を見上げて同じように止まった。


「脱出した形跡はないみたいね」

「どこに消えたんだ、拳銃持って」

「あら、ナイフじゃないの?」

「なに」

「ほら、天井に張り付けられてるククリ、鞘だけだよ」


 ジェフの見上げる視線は、ククリ刀の装飾された鞘を捉えた瞬間、急に地震に遭ったかのように揺れた。足を滑らし背中が床に叩きつけられ、目の前に巨大なククリ刀を振り上げる大男の影が現れる。


「死ぬーっ!」


 咄嗟に機関短銃を横に構え刃を受けた。白い剣身は火花を散らしジェフの額に見えないくらい小さい火傷を作る。会長はへちゃげた台形のような瞼を歪ませ、大きな口は耳まで裂けていそうだった。恐ろしくドスの効いた声は落ち着いた様子で軽口叩いた。


「おめえが国予の隊長さんかい。MP40たあいい趣味してんじゃねえか」

「そ、趣味が合いそうね。傷つくのヤだからその刀どかしてくんないかな」

「安心しろよ、今すぐどかしてやっからッ!」


 刃を横に倒すと右にスライドさせ、スリングに引っ掛けて銃を飛ばした。壁にぶつかり衝撃で一発だけ発射され、ジェフと会長が重なっているため撃てずにまごまごするシャーリーの足元で弾が跳ねた。ジェフは信じられない力に驚愕している場合ではなく、横に振られたナイフが目の前に戻る直前相手の肩を蹴り飛ばし、離れると拳銃を抜いて立て続けに撃った。


「ちぇ!」


 四発を至近距離から撃って一発も当たらない。ジェフの腕が悪いのではなく、会長は機敏な動きで易々と弾を避けていた。シャーリーが前に出て全弾撃ったがそれも当たらなかった。


「ネーチャン、そんなおっかないもの振り回すなよ!」


 会長が迫る。彼の手には長いレトロな自動拳銃が握られていた。シャーリーは再装填を諦め慌てて手近に飾ってあった棍棒を取った。


「ちょっとこっち来ないでよ!」


 振り下ろした棍棒は会長の脳天に直撃する。常人なら頭蓋骨が砕けて即死したかもしれなかった。だが彼は一度目をつぶっただけで、堪えた様子はなく血の一滴流さない。


「なにこのバケモノ!」

「俺の頭皮は特別製だ。残念だったな」

「髪も無いくせに〜!」

「シャーリー!」


 チャルがシャーリーに向けられる銃口を掴んで射線をずらし、危うく弾は逸れた。力自慢のチャルはシャーリーを背に守ると会長に摑みかかる。


「うおお!」

「力強えなボク。そこのネーチャン俺がスキンヘッドのことを馬鹿にしたが、ボクチャンだって同じじゃねえか」

「あ、ごめん!」

「謝らなくていいから!早くジェフと部屋を出て!」

「チャル、そのまま掴んでろ!」


 ジェフはチャルの肩越しから腕を伸ばし顔面狙って撃った。チャルに身の動きを制限されている会長は眉間に命中するのだけは避けたが、二発目が耳をちぎった。


「うがあ!」

「出ろ!」


 会長が耳を抑えて離れたところを見計らい、シャーリーとチャルを室外に突き飛ばした。機関短銃を取り戻し、手榴弾のピンを抜いた。


「ドアから離れて!早く!」


 安全レバーが飛んで、野球ボールを投げるように会長に向かって投擲した。扉を閉じ、外で待っていたアーニャたちを促し爆発までの五秒、逃げれるだけ走った。廊下の角を曲がったところでタイムリミットだった。


「爆発するぞ、伏せろ!」


 それを聞いたチャルが巨体を活かしノアとヘレンの上に覆い被さる。ジェフもまだ走ろうとするシャーリーを転げさせ被さった。

 短い爆発音が聞こえ、扉の残骸らしき木片が降った。エビのように身体を丸めてうずくまっていたアーニャがまずぼやいた。


「ひどーい。ボクだけ誰も守ってくれないんだもん」

「ごめんごめん」

「ふんだ、シャーリーもジェフくんとイチャついちゃって」

「手榴弾に慣れてなかったの。次は真っ先にアーちゃんを守るわ。ありがと、ジェフ」

が無きゃいいけど」

「あ、あの、会長はどうなったんでしょうか」

「手榴弾炸裂の5メートルは致死圏内だ。15メートル離れてても殺傷能力がある」

「大丈夫かな、やたらあの男丈夫だったけど」

「ま、見てみよう」


 爆煙がこもったのと照明が弾き飛んだため、室内は何も見えなかった。ライトの光をかざしても人影は映らない。


「死んだの?」

「そうらしい。一応中も確認しよう」


 すっかり安心しきったノアとヘレンは安堵の息を吐き互いに抱き合った。これで安心して二人生活できるはず。


「お母さん!」

「長かったわね、ノア。これからはずっと一緒よ。もう絶対に離さない」


 感動的な図を、ジェフは横目で見流し微笑んだ。あとは上部組織である「大陸諸島連合陸島連合」の行政指導部を呼び、警備を申し送ったら任務完了。この母娘は平和の戻った街であの店を繁盛させるのだろう。そしたら一杯ひっかけて、この街を去ろう。その前に、もう一度アーニャと。

 そう思った瞬間、目の前に小銃の銃床が現れた。


「ゲッ!」


 小銃を逆さに持った会長がジェフを殴り倒した。全身血塗れ、無数の破片を身体にめり込ませ、鬼のような形相で立っていた。ぶら下がる指を自分で噛みちぎったのだろうか、口にくわえていた小指をジェフの横に吐き捨てた。

 飛びかかったチャルも同じで、鳩尾に銃床を叩き込まれその場にうずくまった。シャーリーは手を捻られ銃を落とし、部屋に向かって投げ飛ばされた。


「きゃあ!」

「いいスケだ。お前は俺の情婦にしてやる。他の連中は後でなぶり殺す。どけ、そこの男か女か判らんようなやつ」

「判らないで悪かったねッ!」


 アーニャは後ろ手にヘレンに銃を渡すと、会長の顎に向かって細い脚を蹴り上げた。軽くかわされ、続くパンチも入らない。必殺の回し蹴りは足を掴まれ動きを止められた。


「なに⁉︎」

「そんな華奢な脚、当たるかよ」


 アーニャは足を掴まれたまま壁に叩きつけられた。残る手段はヘレンが握る拳銃だけだった。彼女は震える手でジェフたちの見様見真似に構えた。


「お前が手引きしたんだな」

「手引きはしてない。でも、こうなることを望んだわ」

「もういい。どうせ近々始末するつもりだった。これまで楽しませてくれた礼だ、お前と娘は楽に殺してやる」

「近づかないで!」

「撃てもしないくせに」

「撃つわ!」

「娘と離される時なんの抵抗もできなかったお前がか」

「今は後ろにノアがいるもの。それにあなたを殺せる道具も持ってる」


 フン、と鼻を鳴らすと小銃のボルトを操作し初弾を装填した。長い銃身はヘレンに向けられると銃口が胸に当たった。ヘレンは睨みつけるだけで引鉄にかかった指に力が入らなかった。ノアが泣き出す。


「撃てよ、さっきの威勢はどうした。撃たんなら俺が撃つぞ」


 会長は引鉄に指をかけた。これで、全てが終わる。ヘレンはせめて最期娘を護ろうと、拳銃を掴んだまま抱きすくめようとした。


「いや、撃つのは俺だ」


 銃声がジェフの声と被った。軽い拳銃弾の音が木霊し、会長の眉間に小さな穴が空いた。彼はもう何の思考も持たず、小銃を手放し重力に身を任せ倒れた。

 抱き合うノアとヘレンの足元に転がる小銃をジェフが取り、抜弾しながら力なく笑った。


「子どもの前でさ、親がコロシやっちゃだめだよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る