第5話 国際予備兵士



「意外なこと一つ、アーニャが拳銃携帯許可書キョカショ持ちだったってこと。全然気づかなかったな、互いに裸になったのに。シャーリーも気づかなんだ」

「ね。確かに.25口径のちっちゃな銃ではあったけど」

「それはおあいこ。ボクも君たちが銃を持ってることなんて知らなかったしね」

「そら、コンシールドキャリーだけは酔ってもしっかりしてるから」

「・・・ジェフ、そうじゃないよね」

「分かってるよチャル。んなことどうでもいいんだ」


 後ろを振り向き吸殻を吐き捨てると残り火から線香のように一糸煙が立ち上った。その奥に墓石の如く佇む冷たいコンクリ。「サル共の檻だ」ジェフは小石を蹴飛ばした。

 彼がこう悪態つくのには、いつもより煙草を倍喫うだけ理由があった。騒動直後アーニャの煙草に火を点けてやるジェフを横目に、落ち込んだままのノアに代わりシャーリーが通報した。しかし、チャルが改めて食事を持ってきてくれデザートを食べ終わるも、古めかしい電話のダイヤル回しても地方警備隊につながらなかった。これは不審と悪漢共を文字通り物理的に袋詰めにして警備隊に放り込むと、応対した中年警備分遣隊長は明らかに面倒ごとが舞い込んだといった風に民間病院へ見張りもつけず送り込んでしまった。あとはいくら抗議してもナシのつぶて。「お前ら、厄介な連中しょっ引いてきたな」溜息混じりの分遣隊長、暗い目で一行を見送りジェフは吸殻飛ばした。


「つまんねえなあ、とっととかこんなとこ」

「私もうちょっといたいんだけど。アーニャとも友達になったんだし」

「調べてみたら」

「ふん、俺は気分を害した」

「そんないい加減な」


 ルガー・バレットの前を通りかかると、臨時休業の札を出し店員総出で後片付けをしていた。やはり事情聴取や現場検証に警官が来た様子無く、声をかけると割れた窓ガラス集めるノアは伏し目がちに頭を下げた。


「先程はありがとうございました」

「そらまあ、ピストル持ってたし。でもここの警備隊ポリ、仕事放っぽって何してやがる」

「いいんです。よくあることだし」

「はぁ?」


 ノアの言うことの意味が解らずおかしな声を上げたが、彼女自身寂しく笑みを浮かべるだけで詳しく話さない。ジェフは頭をかきかき落ち着きなくそっぽを向いて、ポケットに手を突っ込むと財布を出した。開くと紙幣を数えもせずに全て出し、気づいたシャーリーとチャルもそれに倣った。ノアは差し出された大金に何事かと目を丸くしたが、ジェフは実に穏やかな声色で金を押し付けるようだった。


「宿代とモーニング代、アーニャの分も一緒だ。釣りはいらんよ。いいサービスだった」

「こ、こんなにいただけません!」

「チップだよ。貰ってもらわんとこっちの顔が立たんの」

「美味しかったよ、ごはん」

「お酒もよかったしね。またここに来ることあったら寄るから」


 口々に三人は褒めて顔赤く困るノアがオタオタしているうちに手を振って退散した。アーニャもそれに手を振ると、疲れが出たかのように伸びをしてカフリンクスを外した。


「ボクも行こうかな、ちょっとやることができたし」

「やること?」

「ボクからも、ご飯とホテルのお礼」


 アーニャはノアを素早く抱きしめ離れる際に外したカフリンクスをそっと持たせた。黒翡翠が加工されたそれは三人の札束より数倍の価値を持つものだった。



「ねーほんとうに行っちゃうわけじゃないんでしょ?」


 夜も更けてきて、三人の車。ベッドにあおむけになったシャーリーは食べかけのチョコバーくわえたままテーブルで銃をいじくるジェフを見た。さかさまに映るジェフは眉間に皺寄せて大して燃えていない煙草の灰を無理やり灰皿に落とした。


「気になるといえばそうだけどな」

「やっぱり」

「だけどこの地区、別段『危険支障事象排除案件』があるわけじゃないんだよな」

「でもあんなのがっておかしいでしょ」

「そこだ。警察組織に問題があるのかもしれないがな。そもそもあの地方警備隊って俺たちの組織から準公認受けてるってだけで、直轄でないから把握できてないことがあってもおかしくないし」

「調査できないの?」

「できない訳じゃないが、俺たちの本職は強襲テッポーダマだからな。探偵の真似事は苦手・・・」


 ジェフの言葉をタブレットのブザー音が遮った。ガバと跳ねジェフは液晶にかじりつき表示された通知を速読すると、シャーリーの腹にタブレットを投げ速足で二階へと上がった。シャーリーは「う」と空気の抜けるような声で頬を膨らませるとしかめっ面でタブレットを見た。


「なにこれ、出動要請じゃん」


 例の危険支障事象排除案件、つまりジェフたちは悪党に一番近いとこにいるから退治してくれという命令で、発令は二分前だった。たった今調査が終わり諜報員が報告したてのはず。ジェフは弾薬ベストを小脇に抱えホルスターのついたピストルベルトとあまりにも古臭く見える機関短銃を肩に吊って降りてきた。


「お前の心配、一挙に解決できるかもしれんぞ」

「SMG《サブマシンガン》なんて、戦争でもするの?」

「この一挺だけさ。あとは拳銃だけで大丈夫だろ」

「チャルも呼ばなきゃ」

「あいつ、まだ洗濯物取り込んでんのか」


 シャーリーがチャルを呼ぶためドアを開けようとドアノブを掴もうとしたが、その手は空を切った。危うくドアを開けたチャルに激突しそうになる。チャルは客人を連れていた。


「あら」

「シャーリー、ジェフ、相談したいことがあるんだって」


 半身になるチャルの隙間から顔をのぞかせたのはやはりノアとアーニャ。アーニャはにこにこ手を振っていたがノアはどこかおずおずと控えめで、到来の意味が掴めなかった。


「アーニャにノアちゃん。さっきぶり」

「ジェフくん、君たちの銃と格闘の腕に見込んで頼みがある」

「頼み?」

「そう。ノアちゃん、話して」


 二人を車上に案内し紅茶かコーヒー、それにココアか尋ねるとアーニャはコーヒー、ノアはココアと答えそれぞれのインスタントを湯で溶いた。ちょこんと行儀よく足を並べてベッドに座ったが熱いココアにはなかなか口を付けず、話しかけにくいことから沈黙が続く。マグカップの湯気を吹くこと数回、ノアはようやく一口飲み込みやはり熱かったのか唇を噛んで苦しそうに胸に手を当てた。だが苦しそうにするのは熱いからだけではなかった。


「お母さんを!」


 いきなり叫んだからアーニャ以外の三人は驚いた。シャーリーがコップの水を渡すと一気に飲み干し息切れするように訴えが始まった。


「お母さんを助けてほしいんです!」


 ノアはココアを冷ましながらぽつぽつと話した。

 ノアは物心ついたころから母が切り盛りするルガー・バレットで一緒に働いていた。父親はノアの記憶にないほど昔に死別したらしい。街は平和そのもので、幼いノアは周囲から可愛がられて育っていった。一帯を縄張りにするヤクザもいたことはいたが、ヤクザといっても少額のミカジメ料を徴収するだけで特に弾圧などもせず警備隊ともども関係は良好だった。

 だが三年前、ノース・キャッスル商会というヤクザがやってきて元居たヤクザに因縁をつけた。原因は、不当搾取から住民を解放するというものだったがもちろんそんな事実はない。街の有志が立ち上がり誤解を解くことに尽力したがなんとスパイ扱いされ拘束されてしまう。ノアは、いつも遊んでくれたヤクザの組長や有志の青年団団長等が蒼い顔して町はずれに連行されていった姿を今でも覚えている。二度と帰ってこなかった彼らが殺されたのか追放されただけなのかは判然としない。

 それからノース・キャッスル商会に支配されるようになった街は、急激にとまではいえずとも徐々に治安が悪化していった。警備隊も賄賂で掌握されていて手が出せない。あの白昼堂々の強盗劇も商会の息がかかったチンピラが面白半分にやっていることだった。


「それで、君のお母さんというのは」

「半年前に商会に連れ去られてしまったんです。組長のお気に入りだとかで・・・この写真の人です」

「ヤー公の愛人二号たあ厄介だな。どれどれ」


 日焼けしてセピアがかった写真には、ノアと長身の女性が写っていた。掛け値なしの美人でスタイル抜群、それにどこからどう見たって13歳の娘がいるとは思えないような若々しさがある。二十代であることは確実だった。


「若いね。何歳?」

「16の時わたしを産んだと言ってたから29歳でしょうか」

「ふーん、この美女を16の時にモノにした男がニクイねえ。俺もお手合わせ願いたい」

「こら、スケベ」

「・・・ジェフさんひどいです。人のお母さんを」

「冗談冗談。お母さんの安否は?」

「一月に一回電話をくれます。暗い声で、元気だから心配しないでって」

「まああんな美人をせっかく愛人にしたのに傷つける手もないが」


 ノアはコップを掴む手を震わせて、絞り出すような声で懇願した。見つめる四人は、ノアはホテルと食堂を切り盛りする苦労人の少女ではなく、母恋しさに涙を流すどこにでもいる可哀想な子どもに過ぎないとまざまざと感じた。


「ジェフさんたちは、街が商会の手に落ちてから初めて訪れてくださった力のある人たちです。もちろんアーニャさんも。だから、なんとかしてお母さんを取り戻してほしいんです!」

「だったらノアちゃん、タイミングがよかった」

「え?どういうことですか?」

「ついさっき私たちに、そのノース・キャッスル商会とやらを殲滅しろって命令が来たのよ」

「め、命令・・・いったいあなたたちは?」

「国際予備兵士強襲遊動第701分隊」


 それを聞いても何やら解らぬといったノア。ジェフ、シャーリー、チャルの三人は顔を見合わせてニタリ、得意げに笑った。


「つまり、根無し草の愚連隊さ」



 天蓋を開け銃座にもたげて空を見上げると星の輝きが見事だった。背を丸め両手で風除けを作り煙草に火を点けると、闇にまた一つ星が丸く浮かんだようだった。星は紅い蛍に変わり尻から灰を落とす。視線を移して、駐車場からはるか遠くに見えるような気がする2㎞先で白く薄明るい光を纏う豪邸、明晩の獲物。あそこに美女が捕らわれ、少女は泣いて暮らしていたのか。似合わず感傷に浸りまた空に向いた。


「まだいいわな、半年なら。明日にはきっと会える、また一緒に暮らせる。そうさせてやる。俺なんてもう六、七年は母さんに会ってないんだから」


 すぐに消える吐いた白い煙はスクリーンとなってジェフの感情を映し出し、忙しかった十代の終わりを鑑賞する。思えば総てを捨ててより七年も経っていたことに気づき、涙がこぼれ落ちないよう瞑目した。

 階下ではチャルが食器を洗い、ベッドには脚を崩して座るノアと傍に腰掛け少女の髪をブラシでくシャーリー、浴室からはシャワーの音に混じってアーニャの鼻歌が聴こえていた。


「綺麗な髪ね。お母さんに似たのかしら?」


 シャーリーが言うと困ったような顔でノアは照れた。風呂上りに誰かが髪を整えてくれるなんて久々のことで、ノアにとって綺麗なお姉さんに思えるシャーリーが甘やかしてくれるのは素直に嬉しかった。照れたついでにシャーリーの三つ編みも褒める。


「そんなぁ。シャーリーさんこそ美しい髪の毛ですよ。それに三つ編みもかわいいし」

「ありがと。三つ編みのことならチャルとジェフを褒めてやって」

「あのお二人がセットするんですか?」

「ジェフには私が教えた。でもチャルはもとからできたの。なかなか上手いわよ?彼」

「料理もお上手だしいろんな特技があるんですね」

「そうさ、そして三人の中で一番の怪力。ピストルいらず」


 天井の銃座で喫煙していたジェフが身体中煙草臭くして降りてきた。彼はベッドの端に座り外したピストルベルトを横に置くと、ノアのおっかなさそうな視線が拳銃に突き刺さった。


「ちょっとジェフ、そんな物騒な物しまっときなさいよ。襲撃は明日なんだから」

「用心用心。お前も自慢の西部劇、腰に吊っとけよ」


 ヤニ臭い指で示す先、壁にかかった革製ホルスターからのぞく象牙のピストルグリップが目にまぶしい。ジェフが西部劇と言った通り、かつてカウボーイが使っていたコルトシングルアクション・アーミー通称ピースメーカーだった。いちいちハンマーを上げなければ撃てないこの銃の速射ファニングをシャーリーは得意としていた。


「やあよ。弾だってまだ入れない」


 素っ気なく言うシャーリーはブラシを置きノアの肩を叩いた。心地よいシャーリーの手が離れ物足りなさそうな顔をすると今度は横からジェフの手が伸びた。差し出されたのは三人がよく食べているのと同じチョコバーだった。


「ダイエット中でもないならやるよ。俺たち三人のお気に入り」

「いただきます。わたしもチョコレート大好きです」


 分厚いチョコバーを噛んでぽきんと折ると口に欠片を落とし込む。甘く濃厚で歯に絡み、水が欲しくなるような食感だった。一生懸命食べている姿をにこにこずっと眺めているジェフに、乾く舌で唇を舐めながら微笑み返した。


「あのう、ジェフさん」

「なんだい」


 それでも、飄々としているジェフが拳銃の傍にいる姿は不安を覚えさせる。強盗襲来の時は大立ち回りを演じてみせた彼だが、母が関わるとなるとその態度、巻き込まれてしまうのではないかと心配になる。救出を頼んでおいて失礼だなと自分で感じながらも、慎重に最善を尽くしてほしかった。


「お母さん、助かるでしょうか?」

「そんなことか。助かるとも」

「でも商会は武器持ってて」

「俺のより強いのをか?」

「それは、わかんないですけど。撃ち合うんでしょう?わたしの店みたいに」

「君が依頼してきたのに、随分ネガティブなこと言うんだなあ」

「う・・・」

「解ってるよ。お母さんが争いに巻き込まれないかどうか心配なんだろう?」

「それはそうですよ!」

「安心しな。まずは明日、ちゃんと調べるから」

「でも、連中のいる所の見取り図もいるわね。ノアちゃんのお母さんがどこにいるのかも調べないと」

「大体は想像ついてる」


 下着の上にワイシャツを羽織っただけのアーニャがタオルで頭を拭きながら浴室から出てきた。目を丸くする三人の前を過ぎ、食器を洗い終わったチャルに自分のジャケット取ってくれるように言った。差し出されたジャケットを受け取るとシャーリーにもたれかかるように座ってポケットから手帳とボールペンを出した。くるくる回すボールペンが護身にも使えるタクティカルペンであることをジェフは見逃さない。


「みんないるね」


 アーニャは得意げに口角を上げると商会本拠地の豪邸の図を描き始める。簡単でも要点の抑えられた図だった。


「よく知ってるな、こんな図を描けるなんて」

「ここの前は何度も散歩したからね」


 ニヤリと笑う瞳、その奥に謎の光があった。

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