第4話 強盗

 意外も意外、二人はすぐに再会することとなる。

 車に帰ったジェフは朝食から時間が経っていないにも関わらず、昨日から車に残っていたチャルに軽食を作ってくれるように頼んだ。チャルは趣味のぬいぐるみ作りの手を休め快くそれに応じてくれたが、手伝うはずのシャーリーはいなかった。朝から男探しに街へ繰り出しているということだった。軽食を平らげた後はしばしの惰眠をむさぼり、暇を満喫し、日が暮れてくるのを見計らってチャルを連れ再び街へ出た。


「ねえ、ジェフ。僕は女の人の店は・・・」


 チャルが恥じるとも怯えるともとれる声でジェフにつぶやいた。ちょうどネオンが妖しく煌きだし、風俗へ連れていかれることを懸念した。いくらジェフの勧めでも、チャルは女性と身体でのをするのはすこぶる苦手であったし、そもそも女遊びをしなかった。ジェフはそういうチャルの性格を知っていて、からかう気もなく返事をした。


「俺の女遊びにチャルは巻き込まないよ、安心しな。どこかで店を見つけて飯食おう」

「ならよかった」

「おごるからよ、今日は呑もうぜ」


 昨日と同じ店というのも芸がなく、良い雰囲気の店がないかと辺りを見回してみる。往来には人が増えてきて大人たちが各々それらしき店に入っていくのが見受けられた。できるだけ大きく、人の出入りが激しくないような店を探した。

 ふと、向こうからから一組のカップルがやってくるのが目に入った。なぜか視界の中で目立って見える、とジェフは感じていたが、それもそのはずで、それは見慣れた二人の顔だった。


「あら、ジェフ!」


 向こうが先に声をかけて近づいてきた。昨日とは打って変わって溌剌はつらつとしたシャーリーの顔は嬉しそうで、彼女より若干背の低いを持った少女の腕を組み引いてきた。その少女は紛れもなく先刻別れたばかりのアーニャだった。


「ねーかわいいでしょー!この子、今日の私の彼氏!」


 アーニャの正体も知らず、シャーリーは嬉々として抱きしめる。それだけ密着していてアーニャの胸の隆起や股間がなだらかであることに気が付かないのは些か滑稽であったが、ジェフは笑いを堪えるのに必死だった。ジェフに気づいたアーニャは驚いた声を上げ、嬉しそうに手を振った。


「ジェフくん、また会ったね!」


 ジェフはそれ以上耐え切れず吹き出した。事情の判らない二人を置き去りにジェフとアーニャの笑いは止まらなかった。

  

 夜は更けていき、結局彼らは連れ立ってルガー・バレットへと来た。


「なんだージェフが先にツバつけてたの」


 ジン・ライムが入ったグラスを傾けるシャーリーが、不貞腐れた目でぶっきらぼうに言った。アーニャは申し訳なさそうな様子で微笑んでおり、チャルは相変わらず首をかしげていた。ジェフはゲラゲラ笑いながら派手に肩を叩き、カウボーイ・カクテルに口を付けた。


「バッカだなーおめえもよぉ、それだけベタベタしてて女の子だってわからなかったのかよ」

「うるさいなあ、かわいい男の子に抱かれたいって思ってたとこだったのよ」

「ごめんねーボクの容姿が紛らわしいから」

「ああ、謝んないで。あなたに責任はないんだから・・・」

「そっちの大きいキミは、ボクのこと、女の子に見える?男の子に見える?」


 突然話を振られたチャルは、戸惑いに照れくささを交えて答えた。


「そんな…中性的というか、女の子寄りというか・・・」

「正直に言っていいのに。うふ、きみかわいいねー大きな身体だけどハムスターみたい」


 そう言われてチャルは一層顔を赤らめる。確かに一同の中では彼がいちばん性格をしていたかもしれない、という事はここにいる全員が暗に了解するところだった。そうこうしているうちに注文した料理が運ばれてくる。注文をとったウェイトレスは別人だったが、料理を運んできたのはノアだった。ノアは顔見知りのジェフとアーニャを見つけて嬉しそうに笑ったが、同時にシャーリーとチャルを見て不思議そうな顔をした。


「こんばんは、今日も来てくれたんですね。新しいこの方たちはお二人のお友達ですか?」

「主にジェフくんのね。ボクは知り合ったばかりさ」

「そっちの三つ編み女がシャーリー、デカい岩のようなのがチャルだ」

「初めまして、店主のノアと申します。以後お見知りおきを」


 チャルはちょこんと頭を下げ、シャーリーも心ばかりの笑顔を作り乾杯するかのようにグラスを掲げた。

 

「こんばんは」

「はぁい、小さな店主さん。あなたもジェフにツバつけられてるの?」

「ご、ごじょうだんを!わたしはジェフさんと、そんな・・・」

「おいビッチ、セクハラだぞ。こんな小さい娘になに聞いてんだ」

「ジェフならやりかねないわよ、女の子になら誰にだって」


 シャーリーはジェフを恨めしげな眼で見やる。対応しかねて困惑するノアはただ立ち尽くすばかりであった。


「ノアちゃん、ジャックダニエルのダブル、ストレートで」

「は、はい、かしこまりました」

「シャーリー、呑みすぎだよ」

「性欲の持って行く場がないの。それともチャル、相手してくれる?」

「ぼ、ぼくは・・・」

「でしょ?呑むしかない」


 まもなくノアが持ってくるウィスキーをいともたやすく飲み干し、一回頭を大きく回すと、据わった目つきで思いついたように手を叩いた。


「なんだ、べつにおんなのことでもいいじゃん。おんなのことはごぶさただったから、わすれてたわ」


 そして、酔っているとは思えない足取りですっくと立ちあがると、アーニャの傍へと寄り耳元に唇を寄せた。妙な光を帯びた目だった。


「あなた、かわいいわね。だいて?」

「でもボク、女だよ?」

「あなただって、わたしがおんなだってしっててくどかれたんでしょ?じぇふよりいいおもいさせたげる」

「ボクはそう簡単には堕ちないぜ」

「じぇふでもあなたをまんぞくさせられたんなら、わたしならてんごくにつれてってあげるわ」


 呂律は回っているがやたらふわふわした声が出るのは、シャーリーの酔いが回っている証拠だった。同性の女を抱くことも趣向とする彼女は、セクシーに振舞って再びアーニャを口説きにかかる。当然アーニャは当初女のシャーリーを自身も女として堕とそうと思っていたので、まんざらでもない様子で顔を近づけた。


「シャーリー、きみのキスで決めよう」

「よろこんで」


 二人は瞼を閉じると唇を重ねた。ジェフはそれを見て初めはげらげら笑っていたが、その行為が昨晩自分とアーニャ、シャーリーとしたのに比べると急にどぎまぎし、不思議な焦燥感があった。しかし、惹きつけられて目が離せないのも確かだった。後ろで馴れ初めを見ていたノアの顔も、昨日の三倍増しくらいで赤面していた。


「あ、あ、あのふたり、女の人どうしなのに・・・」

「女の子って、みんな女の子を愛してるからなあ。今どき珍しくもないさ。女同士の絡みもまた、綺麗で乙なもんだぜ」

「ほ、他のお客さんの目もあるから、ほどほどにしてくださいね・・・」


 濃厚かつ長い接吻が終わる。二人はすっかり恍惚した表情で手を握り合っていた。


「ん・・・合格」

「やったぁ」

「ノアちゃん、部屋、空いてる?」

「ど、どこでも空いてますけど、隅の部屋を使ってください!」


 アーニャは優しい笑顔で立ち上がり、シャーリーのエスコートに入った。ひどく紳士的なアーニャの態度をシャーリーは気に入り、彼女もできるだけ淑女のように慎んだ笑顔でアーニャに寄り添い、階段へ向かった。


「ごめんね、ジェフくん。ちょっと浮気してくるよ」


 アーニャは一度ジェフの方を振り向くと、件の少年みたいな笑みでウインクしてみせた。ジェフはそれに手を振って見送ると、ちょっとした好奇心と嫉妬心ジェラシーに身をまかせ残りのカクテルを飲み干し立ち上がった。


「あーあ、妬けちゃうなあ。チャル、もう遅いし、俺たちもここに泊まってくか」

「うん、そうしようか」

「決まり。ノアさーん」

「はい、なんですか」

「こっちも二人、部屋を頼む」

「お部屋はふたつお取りしますか?」

「べつに、一つでいいよ」

「・・・・・」

「なに?ほっぺた赤くしちゃって」

「・・・ジェフさんも、男の人が好きなんですか?」


 ノアのその訝しげな眼に、思わずジェフは吹き出した。ジェフは男たちを憧憬的な意味で愛してはいたが、性愛的に見ているかどうか、と問われることはなかなかなかった。


「男は大好きだけどな、そうではないの。ダブルベッドの無い部屋にしてくれよな」


 一生懸命謝るノアから鍵を受け取り、鼻歌交じりで恋人の女たちの隣部屋へ上がりシャワーを浴びるとすぐにベッドに入ってしまった。けだるい一日はどんなに睡眠をしても眠くなってしまうものだった。しかし直後に可愛い寝息を立て始めたチャルと違って、ジェフは隣の壁を通して聴こえてくる激しい行為に、なかなか瞼が重くならなかった。

 

 翌日、その日はちゃんとした朝の時間にジェフとチャルは起きてホールに降りた。泊まっていたのはジェフ一行四人しかいなかったから宿泊客ではないだろうが、ホールには意外と多くの人々がいて朝食を楽しんでいる。二人は四人掛けの空きテーブルを探すのに一苦労した。


「ようノアちゃん、おはよう。繁盛してるね」


 ジェフは注文をとりに来たノアに挨拶し、客の多さを褒めてやった。ノアはそれに礼を言うと、誇らしげな声で店の自慢をほのめかせた。


「ありがとうございます。ここは酒場、宿屋、それに食堂も兼用してますからね。ここのモーニングセット、ちょっとしたモノなんですよ」

「ああ、それは昨日食べてよく解ってる。美味しかったよ」

「モーニングセット、ご注文いたしますか?」


 そう言って自信満々なノアの笑顔に対して、拒否権はないようだった。ジェフは、当然、といったような頷きでそれに答えた。


「あ、そうだ」


 あることを思い出しノアを引き留める。四人掛けの席をとったからには確かめておかなければならないことがあった。起きる頃にはさすがに隣部屋からの嬌声は消えていたが、二人の動向が気になっていた。


「あの女カップルは?起きてきたかい?」

「いいえ、階下には降りられて来てませんし、モーニングの注文も承っておりませんので、まだおやすみではないでしょうか」

「そっか」


 運ばれてくるモーニングに舌鼓を打つ。食後のコーヒーとジェフは煙草でチャルと談笑しているうちに、件の二人が階上から降りてくるのが見えた。両人ともよい肌艶で、仲睦まじくしている様子はジェフを嫉妬させた。二人はジェフとチャルを見つけアーニャは申し訳なさそうな顔で、シャーリーは得意げに見せつけるように近寄った。


「おはよう、ふたりとも」

「はぁい、ジェフ、チャル。昨日は寂しかった?」

「ふん、別に」

「シャーリー、今朝はいつもにも増して元気だね」

「分かる?チャル。もうすばらしい快感ユメゴコチだったんだから!」


 と、誇らしげに張った胸を揺らして言うが、その言葉に視線が集中し、三人ともシャーリーに向かって人差し指を立ててみたりした。だが、それに意を介さずシャーリーは続ける。


「もうねえ、男なんて考えられないくらい!すごいんだから、アーちゃん」

「アーちゃん?」

「テクニックとか腰使いとか・・・その気になれば妊娠できたわ。確実に」

「何言ってんだこの女」

「だよね、アーちゃん?」


 そう聞かれたアーニャは、一層申し訳なさそうな苦笑いをジェフに向けると、いかにも照れくさそうな声で言った。


「ごめんねージェフくん。シャーリーちゃんとの浮気、かなり気持ちよかった。でもジェフが羨ましいよ。あんな素晴らしい女性ひとをいつでも抱けるなんて」

「謝るなよ、なんだかみじめになる。シャーリーのやつ、相手が女の子だから張り切ったんだ」


 「朝飯食べなよ」と、ジェフはノアかほかのウェイトレスを呼ぼうと手を挙げた。それに気づいたノアが返事をしてカウンターから出ようとしたが、それは思わぬ客によって妨げられた。


「全員動くな!」


 そう叫んで入ってきたのは流れ者風の五人組。拳銃発砲のおまけ付きだった。強盗であると宣伝しているようなもので、客席を取り囲むように位置し、リーダー格の男がカウンターに押し入ってノアの前に立ちはだかった。ジェフたちは事態を察知し、互いに目配せしてその場を静かに待った。


「金を出せ、グズグズするな。この袋に詰めるんだ」


 ノアは怯えて動けず、今にも崩れそうに震えていた。だが一方でジェフは、この絵に描いたような強盗がお定まりの台詞を言うことがおかしくて、苦笑を漏らした。ジェフの笑い声に気分を害したのか、強盗の一人が近寄りテーブルを蹴った。カップが揺れ溢れたコーヒーが小さなシミを卓上に作った。


「何がおかしいんだ、お前」

「いや、面白いなあって、君たち」

「なんだと!」


 さらに強くテーブルを蹴り上げた。籠のパンが飛び跳ね、倒れた瓶から流れ出たドレッシングがしたたかに強盗の靴に艶出しする。手に持つ.22口径の拳銃は銃口が豆粒のようで、向けられたジェフは避けようともせず目を細めてその奥を見つめた。


「お前たちも金を出すんだ。グズグズしてっと、脳味噌ぶちまけさすぞ」

「ぶちまけたいんならもっと弾のデカいの持ってこいよ。君こそとっととハンマーくらい起こしたらどうなんだ。それ、シングルアクションだろ」

「なに?」


 理解ができない問いかけ、それは仲間が調達してきた銃を無造作に手に取った故の悲劇なのだが、ただただその迂闊さが身を滅ぼすことになった。ジェフは腰に差してある拳銃を1カットで引き抜き.38スペシャルの凶弾を浴びせた。瞬時にして無力化された一人の悪漢を蹴り飛ばすと次の獲物を探した。「伏せろ」と周囲の客に叫ぼうとしたが幸いほとんどの客は言われずとも身を隠していた。不思議に思えるほど素早かった。


「シャーリー、チャル!」


 シャーリーも隠し持っていた中型自動拳銃を抜きカウンターから銃を向けようとしている男に発砲した。肩と胸にそれぞれ傷を負いその場に倒れ込むと、残るは三人、一人は逃亡しようと出口に向かって走った。だが机を壊し押しのけてきたチャルに見つかり、その大岩に俯瞰され足がすくむ。力が抜け切ったまま摘まみ上げられ、万力のような握力に悪人は悲鳴を上げる。


「おいっ、おいっ!動くなってば!畜生、これまでこんなことなかったのに。ほら、人質だぞ、おとなしくしろ!」


 顔をくしゃくしゃにして、ノアを立たせて銃口を押し付ける。ノアは蒼ざめた顔で脱力しきってだらんと強盗の腕から垂れ下がっていた。ジェフとシャーリー、強盗に照準合わせたままチャルに先程捕まえた一味を引っ立てさせ、そいつの耳に2インチバレルを突っ込む。


「うるせえ人質ならこっちにもいるだろが。その子を離さねえとスイカ割り見さすぞ。割るのはてめえだぜ」

「う・・・」


 この強盗が友人思いなのかどうかは知らないが、明らかに躊躇した挙動を見せた。その隙を逃さずジェフは駆け寄り、拳銃を取り上げノアと引き離した。「手間ァかけさせるな」頰を張ると派手に飛んで足元の椅子に転げる。息苦しさから解放されたノアは今度は林檎のように顔を真っ赤にして傍にいたシャーリーに崩れかかり受け止められた。


「うう・・・シャーリーさん・・・」

「うんうん、怖かったね。もう大丈夫だから」

「運の無い暴漢だったな、こんななテッポーで俺たちに挑戦したんだから」

「でもジェフ、強盗は五人だったよね」

「そうだな、撃ったの二人、チャルが捕まえたの一人、ほんでこいつ」


 ジェフが振り返ると、最後の一人が窓枠に足をかけているところだった。初めのジェフの反抗ですっかり怖気づき、隅で身を隠していた奴だった。ジェフと目が合うと冷汗流し慌てて外へ飛び出した。足を引っかけ頭から落ちる鈍い音が聞こえた。


「待てこの逃げるな阿保!」


 ジェフは罵倒の機関銃で机を飛び越えようとジャンプして躍り出たが、大袈裟すぎる動きに足を取られガニ股に転げた。「んもう何やってんの!」呆れ顔のシャーリーは体勢を直し逃走を図る強盗に素早く照準を合わせたがすぐに視界から消えた。


「ジェフどいて!」


 ガニ股を網にかかった上海ガニみたいに振り、未だ立てないでいるジェフを蹴飛ばし前に出ようとした。彼の潰れたような声になお一層苛立つシャーリーだったが、風を切る音、机を踏み台に飛び上がる音を同時に聞きその方を見ると、軽業の如く鮮やかに窓を通り抜けるアーニャの姿を捉えた。一瞬見えた右手にはかなり小さい拳銃が握られていた。


「止まれ!止まれ!止まれ!」


 警告三回、その直後三人の誰も持っていない拳銃の軽い音が聞こえた。二発だった。


「ははン、警告から発砲まで間が無さすぎんじゃないの」


 ジェフはチャルに引っ張り出してもらい外に出た。アーニャは拳銃をデコッキングし、ぺろと舌を出した。

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