CASE:12 審査官

 仕事を終えた司は、車に乗ろうとしていたところで、近付いてきた男に声をかけられた。


 「あんた、判定官の渡部司だよな」

 「そうだけど、あんたは?」

 警戒しながら返事をした。

 「そう固くなるなよ。俺は審査部の秋津俊一あきつしゅんいちだ」

 男は、上着から出した手帳を見せながら名乗った。

 「その審査官殿が、俺になんの用だ?」

 警戒心はそのままに用件を尋ねた。

 「ちょっと聴きたいことがあるだけだ。一杯やりながら話そうじゃないか」

 俊一は、酒を飲むゼスチャーをしながら提案した。

 「一杯ねぇ」

 気乗りしない返事をしてみせた。

 「安心しろよ。俺のおごりだ」

 「いいだろ」

 司は、即答した。


 「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

 店員が、酒二種と大量のつまみをテーブルの上に置いた。

 「あんた、遠慮がないな」

 俊一は、自分が注文した酒を取りながら言った。

 「なんせ、こんな高級な店でもおごりだからな。遠慮なんかしたらバチが当たるぜ」

 俊一が連れて来た店は、司も来たことがない高級な店だった。顔が効くので、秘密の話をするにはもってこいの場所ということであった。

 「同僚同士で飲み会とかしないのか?」

 「死体の話ばっかりで場がしらけるからほとんどしないな。とりあえず乾杯でもするか?」

 司は、大ジョッキを前に出した。

 「ほんと、いい性格しているよ」

 俊一は、仕方なしといった感じで乾杯に応じた。

 「どうも。それで話ってなんだ?」

 つまみを一品空にしながら聞いた。


 「真鍋謙治まなべけんじって男を覚えているか?」

 「一週間くらい前に担当した対象者だったな。それがどうかしたのか?」

 「それなら何回も再生を受けていることは知っているよな」

 「確か俺が担当した時で四回目だったっけ」

 「判定の時に家族は同席していたか?」

 「奥さんと娘が居たよ」

 「どんな様子だった?」

 「どんなって?」

 「悲しそうだったかどうかってことだよ」

 「悲しそうって感じはしなかったな」

 一週間前のことなので、細かくは覚えていなった。

 「当たりだな」

 俊一は、茶色がかった歯が見えるくらいにニヤついた。

 

 「当たりって?」

 「クローン品質向上テストさ」

 「その話なら聞いたことがあるぞ。一人の人間に対象を絞ってクローンの品質が向上しているかどうかを測るやつだろ」

 「その通りだ。さすがだな」

 「判定官歴十年は伊達じゃないんでね。けど、それは人体実験に当たるからクローン管理法で禁止されている筈だろ」

 「クローン再生が日常的に行われているご時世だ。再生業者が品質を上げようとテストをやっているとしても不思議じゃないさ」

 「なんだってそこまでして品質を上げるんだ?」

 「こういうので一番肝心なのは実施データだからな」

 「実施データ?」

 「分かりやすく言えば、クローン本体が性格や身体能力を含めてどれだけオリジナルに近いか、社会にちゃんと溶け込めているかとかだよ」 

 「だからって、定期的に殺されたんじゃ再生される本人や家族もたまったもんじゃないだろ」

 「そこは金っていう魔法を使えば、どうにでもなるさ。再生費用もタダでその上、金ももらえるんだ。低所得者にも悪い話じゃないさ」

 「やっぱ世の中ものをいうのはいつの時代も金なんだな。けど、何回も死んでいたら警察にも疑われるんじゃないのか?」

 「その辺もうまく細工していやがるのさ。なんたって、大企業のやることだからな」

 「なるほど、うまく手を回しているわけか。それにしても品質が向上するとそんなに違うものなのか?」

 「あんたでも分からないか?」

 「俺の相手は死体だからな」

 「そうだったな。分かる人間が見ると仕草とか微妙に違うぜ」

 俊一は、酒を飲み干した後、おかわりした。


 「そんなことまで俺に話していいのか? まさか、話を聞いたからには共犯者になれとか言うつもりじゃないだろうな」

 「そんなつもりは毛頭無いよ。ただ確かな情報が欲しがっただけさ」

 「上司に言うとは考えられないのか?」

 「その分の賄賂はしっかり払っただろ。今回ばかしはちょいと高く付いたけどな」

 伝票を見ながら言った。

 「捜査は、あんた一人でやっているのか?」

 「査察部との合同調査だ。向こうもあんたと同じくクローンを見る目に関しちゃ素人だからな」

 「査察部の奴は来ないのか?」

 「嗅ぎ回っている人間が、姿を見せるわけないだろ」

 「それもそうだな。それにしてもそんなことして危なくないのか? 再生業者は政府とも太いパイプを持っているっていうぜ」

 「それくらいの危機感は持っているさ。これを暴けば昇進できるかもな。確認も取れたし、俺は行くぜ」

 「なんだ。もう帰るのか?」

 「これ以上タカられたんじゃ、財布がもたないからな。じゃあな」

 俊一は、伝票を持って席から去っていった。

 

 「お済みになった食器を片付けてもよろしいでしょうか?」

 注文した品を運んできた店員が声をかけてきた。

 「いいよ。そうだ。君、クローンか?」

 「はい、そうですけど、何か?」

 店員は、あからさまに嫌な顔した。普通に聞くような話題ではないからだ。

 「いや、なに、君があんまり可愛いもんで、つい口説こうしただけさ」

 うまいとはいえない誤魔化し方だった。

 「うちでは、ナンパはご法度ですよ」

 司の言葉を額面通りに受け取ったのか、店員は顔をほころばせながら返事をした。

 「そりゃあ、失礼」

 店員は、空になった食器を片付けていった。

 「やっぱり分からないな」

 司は、酒を飲み直しながら言った。


 翌日、司は出勤するなり課長に呼び出された。

 「課長、お呼びですか?」

 「クローン生成を行っている業者を摘発しようと内偵を進めていた職員数名を処罰されたよ。政府にとっては不都合なことがあったらしくてね」

 「それは初耳です。朝のニュースを見てきましたが、その話題は無かったですから」

 「マスコミには箝口令を敷いてあるからね」

 「それで、私がその事件と何か関係があるんですか?」

 「処罰した人間の中に君と話をしたという者が居てね。事実かどうか確かめてくれと上層部から言われたんだ」

 「対象者の家族の様子に付いて尋ねられました」

 本当のことを言った。

 「それだけかね?」

 「はい」

 「なら、良かった」

 「どういう意味です?」

 「君が深く関与しているようなら処罰しなければならなかったんだよ。運が良かったな」

 「私は、この仕事に満足していますから」

 「その意気で今日も仕事に励んでくれ」

 「分かりました。失礼します」

 課長のオフィスから出た司は、小さなため息を漏らし、背中から沸き出る冷や汗を我慢しながら事務所に行った。

 

 

 


 

 

 

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