CASE:11聖職者

 司は、小さな不安を抱えながら霊安室の開閉ボタンを押した。


 中に入るとシーツをかけられた死体があって、その側に身内が立っているといういつもの光景があった。

 「依頼者の増田美幸枝ますだみさえさんですか?」

 「はい」

 「判定官の渡部司です」

 司は、手帳を見せながら自己紹介した。

 「あなたの宗教上の問題はありませんか?」

 判定作業に入る前に職業に関する質問をした。

 美幸枝は、夫の雄一ゆういちと供に教会で働く聖職者であることを事前情報で知っていたからだ。

 「は、はい。主人も教会の方にも許可はいただいていますから、ご安心ください」

 美幸枝は即答したが、やや不自然な態度から誰の許可も取っていないと睨んだが、敢えて追及しなかった。

 再生登録における法律上の問題はなく、依頼者本人が再生を希望していたからだ。


 「やはり宗教のことは気になりますか?」

 「場合によっては大問題になりかねませんからね」

 「強硬な考えをお持ちの方も居ますからね」

 クローン再生が認可されてから一世紀以上が経過しても一部の宗教団体は自然の摂理に反する、神への冒涜といった謳い文句を掲げて、政府相手にクローン再生を止めるよう訴えていた。

 その一方で、身内や恋人などの死を受け入れられずに再生を行ってしまう信者も居て、親族や組織間で問題になることが多々あり、場合によっては担当した判定官を罪人扱いするケースさえあるのだ。

 そのような事態を避ける為に司は嘘と分かっていても、美幸枝の教会から許可を得たという証拠映像を記録しておいたのである。

 

 「判定が終わりました」

 「娘は、再生できますか?」

 「本件は再生を許可します」

 対象者が、未成年であり母親が再生を希望していることが決め手となった。

 「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 美幸枝は、両目に涙を浮かべながら礼を言った。

 「それでは承認をお願いします」

 除菌を済ませた手帳の指紋認証部を前に出した。

 「分かりました」

 美幸枝は、言われた通りに認証部に指を乗せた。


 「私はこれで失礼します」

 クローンの引き取りまでの説明を終えた司は、一礼して美幸枝に背を向けたところで、パトカーのサイレンが聞こえてきた。

 「何かあったのか?」

 何事かと足を止めた直後、美幸枝が物凄い勢いで脇を通り過ぎた。

 「どこへ行くんです?!」

 「娘を頼みます!」

 美幸枝は、そのまま霊安室から飛び出して行った。

 絶対に何かあると思い、太目の見た目からは想像できないほどの俊敏さで全力疾走して病院から出ると、美幸枝は警官に捕まり連行されていた。

 

 「お願いです! お願いです! どうか、娘を! 娘を再生させてください!」

 美幸枝は、喚きながらパトカーに押し込まれた。

 「いったい何があった?」

 司は、近くに居る刑事に手帳を見せながら事情を尋ねた。

 「夫の殺害容疑です」

 相手が国家公務員だと知った刑事は、質問に対して素直に答えた。

 「動機はなんだ?」

 「それはこれから調べます。判定官殿はどうしてここへ?」

 「増田美幸枝の娘の再生判定を行ったんだ」

 「それでは先ほどまで容疑者と接触していたということですね」

 「そうだ」

 「詳しい話をお聞きしたいので、署までご同行いただけますか?」

 「いいけど、その前に上司に連絡を入れてもいいかな」

 「もちろんです」

 司は、課長に連絡を入れた。


 「災難だったね」

 「まったくです。聖職者と知って嫌な予感はしていましたが、まさかこんなことになるとは思いませんでしたよ」

 警察での聴取を終えて庁舎に戻ってきた司は、事態の報告をする為に課長のデスクに来ていた。

 「命を扱う仕事上、トラブルは付き物だよ。私も何回か経験があるしね」

 「それで犯人の動機は判明したんですか?」

 「娘の再生を再三頼んだものの宗教上許されないから諦めろと言われ続けたことに我慢できなくなって殺したそうだ。それと死因になった病弱体質を改善する遺伝治療に反対していたことも殺意を抱いた要因とのことだ」

 「夫を殺してまで再生させるなんて、よほど娘が大事だったんですね」

 「彼女は、なかなか子供ができなくて、数年掛かりでようやく授かった子供だそうだよ」

 「娘の再生はどうなるんです?」

 「上層部の話しでは、殺人を犯した上での依頼だから脚下するとのことだ。こればかりは仕方ないだろう」

 「容疑者は、夫と娘の両方を失うことになったんですね」

 「そういうことになるな」

 「下がってもよろしいでしょうか?」

 「かまわないよ」

 「それでは失礼します」

 司は、一礼して課長の前から退出した。

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