CASE:9クローン。
「ああぁ・・・・」
霊安室に入った司が目にしたのは、シーツをかけられた死体の側で泣いている女性だった。
「大丈夫ですか?」
司は、女性を宥めと冷静な口調で声をかけた。判定官という仕事柄、取り乱している依頼者に出くわすことも少なくないからだ。
「すいません。お見苦しいところを見せてしまって」
女性は、ハンカチで涙を拭きながら謝罪した。
「気になさらなくても結構ですよ。依頼者の
司は、女性が落ち着いたところを見計らって、依頼者であるかを確認した。
「そうです」
「差し支えなければ、判定を始めてもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
早苗は、深く頭を下げながら了承した。
司は、シーツをめくり、死体の右人差し指を手帳の指認証部に当てて、本人確認を行った。
対象者の名前は
死因は自殺だった。
学校の不良達に強姦され、その夜に自室で首を吊ったのである。
「お子さんは記憶更新をしていない状況でクローン再生されていますが、性格などに変化はありませんでしたか?」
「いえ、特に変わったところはありませんでした」
早百合は、父親が健在だった頃に交通事故で死亡し、再生を受けたクローンだったのだ。
「娘は確かにクローンでした。だからって、あんな酷い目に合わされるなんてあんまりです・・・・・」
早苗は、涙を堪えながら話した。
早百合は、クローンだからという理由で辛辣ないじめに合わされ、不良達が強姦に及んだのも今度は死ぬ前にきちんと処女を散らしてやろうという下衆な理由であり、膣内射精までしていたのだ。
これらの情報を事前取得していた司は、クローンに対する差別絡みの案件かと辟易した。
クローンに対する偏見や虐待は、クローン管理法が成立する以前から存在し、クローン再生が認可された社会が生んだ人の闇だった。
死んで生き返ったことに対する生理的嫌悪感や高額な費用を出せるという経済的嫉妬など理由は様々だった。
そうした被害者への対応策として、政府は各自治体に相談センターを設けていて、早百合も相談しに行っていたが、解決する前に自ら命を断つ決断をしてしまったのだ。
なお、判定官の許可を得て再生されたクローンは人権が認められているので、不良達は警察よって逮捕されて刑務所行きとなり、慰謝料として加害者家族が早百合の再生費用を全額負担することになったのだ。
「再生をするかしないかのメッセージらしきものはありませんでしたか?」
「メッセージもなにも、遺書一つありませんでした。それにあの子が死んだ夜は仕事が遅く顔を合わせていなかったんです。もし会ってさえいれば、何か気付いてあげられたかもしれないのに」
早苗は、話している内に泣き出してしまった。
自殺者の場合、生前の再生に関する言動が判定に大きく左右してくる。
そうしたものが無い場合は対象者の年齢や収入で決めることができる。
遺言などで再生を拒否した場合は、本人の意思を尊重するかどうか家族と相談することになるのだ。
「本件は再生許可とします」
司は、早百合の再生を許可した。
対象者が未成年であり、再生を拒否する言動などが無かったこと、母親が再生を強く希望しているので、許可を出しても問題無かったからだ。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
早苗は、両目に涙を浮かべながら司にすがり付いてきた。
「どうか、落ち着いてください」
司は、初対面の時と同じように冷静な口調で宥めた。
「すいません。嬉しさのあまり取り乱してしまって」
早苗は、涙を拭きながら謝罪した。
「再生はできますが、娘さんは記憶更新を行っていないので、再生後に記憶障害や人格変異が発生する恐れがありますがよろしいですか?」
「はい、辛い記憶は無い方があの子の為ですし。私はもう一度あの子に会えるだけで十分ですから」
早苗は、涙を流しながらも満面の笑みを浮かべた。
それから早苗に承認ボタンを押させた後、クローンの受け取りまでの手順を説明して、霊安室を後にした。
数日後、司は課長に呼び出された。
「課長、お呼びでしょうか?」
「君が担当した古河早百合のことを覚えているか?」
「はい」
「彼女が母親を殺したよ」
「動機はなんです?」
「再生されないように遺書を残していたのにもかかわらず、再生させたことに腹を立てたからだそうだ」
「問題無く記憶が甦ったわけですね」
「人工海馬の移植抜きで、記憶が戻ることは、それほど不思議じゃない。ただ、今回の事件から攻撃的な性格になったんじゃないかと言われているよ」
「それで、どうして私にその話をするんですか?」
「母親に会った時に妙な素振りを見せなかったのか確認して欲しいと査察部から要請があったんだ」
「特にありませんでした。その点は録画映像を見てもらえれば分かりますし、今回は再生後の審査で記憶が完全に戻っていることに警戒しなかった審査部の落ち度でしょ」
「念の為というやつだよ。君が指摘した点に関しては警察から嫌みを言われているよ。おたくらがきちんと審査していれば、こうはならなかったてね」
「下がってもよろしいでしょうか?」
「いいとも」
「失礼します」
司は、課長に一礼した。
「そうだ。古河早百合自身はどうしていますか?」
「警察で取り調べの最中だよ」
「また、自殺しますかね」
「警察の話では母親が死ぬ間際に生きて欲しいと願われたから、何があっても生きると決めたそうだ」
「そうですか、分かりました」
司は返事をして、課長の前から立ち去った。
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