CASE:6同性愛者。

 「判定結果が出ました」

 「栄一は、栄一は再生できるでしょうか?」

 依頼者である男が、食い入るように結果を尋ねてくる。

 対象者の伴侶だからだ。

 今回の案件は、同性婚をした同性愛者を対象としたものだったのである。


 再生対象者は佐川栄一さがわえいいち、年齢は三十六歳で都内の大手商社勤務、依頼者は佐川晴敏さがわはるとし、年齢三十二歳で栄一とは別会社に勤務している。

 二人は営業先で知り合い、同じ境遇から意気投合して交際を重ね、三年前に結婚したのだった。

 栄一の死因は食物アレルギーで、営業先で昼食を共にすることになり、出された料理を口にした結果、腹痛および呼吸困難に陥り、搬送先の病因で死亡したのだった。


 「本件は再生許可とします」

 再生を許可した。

 二人切りなら晴敏自身の収入と遺族年金で暮らしていけるので不可とするところだが、養育義務を考慮して許可を出したのだった。

 二人には、子供が居るのである。


 「おじさん、セカンドは生き返るの?」

 その子供が、質問してきた。名前は佐川美紀さがわみき、十一歳で都内の学校に通う小学生だった。

 「セカンド?」

 言葉の意味するところが分からなかったので、思わず聞き返してしまった。

 「父親が二人になるので、私のことをファースト、栄一のことをセカンドと呼ばせていたんです」

 同性婚で、子供を設けた場合に使われる呼び方だった。

 「セカンドは生き返るよ」

 質問に率直に答えた。

 「生き返えらせなくていい」

 「それはどういうことかな?」

 予想外の言葉に理由を聞き返してみた。

 「あたしはセカンドが大嫌い! セカンドなんか死んだままでいい!」

 美紀は、小学生とは思えないくらいの大声を張り上げた。

 

 「どうことですか?」

 晴敏に理由を尋ねた。

 「栄一は、この子に虐待をしていたんです」

 辛い理由だけに晴敏は声を詰まらせながら話し、美紀は顔をしかめていた。

 「彼は、同性愛者という境遇から母親に酷い虐待を受けて育ったんです。そのせいで女性に対して物凄い険悪感を抱いていて、会社でもできるだけ関わらないようにしていたんです」

 「お子さんは、あなた方が望んだのではないのですか?」

 「望んだのは私です。どうしても子供が欲しくて、彼と何度も相談した上で、同性愛者生育所を通じて美紀を設けたんです」

 同性愛者生育所とは、子供を欲する同性愛者達の出産などを支援する政府公認の生育機関である。


 「美紀が、赤ん坊の頃はまだ良かったんですが、大きくなって話し出すに連れて酷い仕打ちをするようになって、そのことで何回も言い争いになり、児童相談所からも厳重注意を受けることもありました。美紀が男の子なら態度も違ったのかもしれませんが、性別は選べないので」

 「そういう決まりでしたね。それで今日までお子さんをどうされていたのですか?」

 「彼と相談の上で、私の実家に預け、週末だけ会うということにしていました」

 「離婚しようという話にはならなかったのですか?」

 「私達の関係事態には問題無かったので、その話は一回も出ませんでした。むしろ美紀を捨てて、二人だけの生活に戻ろうとまで言うほどでした」

 「事情はよく分かりました。ただ、お子さんの承認もなければ栄一さんの再生はできませんよ」

 「知っています。子供が十歳以上の場合は同意が必要になるんですよね」

 再生対象者に家族が居る場合は同意が必要になり、その対象年齢は十歳からと決められているのだ。


 「生き返ったらまたいじめられるんだから、セカンドは死んだままでいい!」

 声の強さからどれだけ辛辣な目に合わされてきたのかが伝わってくる。

 「美紀、そんな悲しいこと言わないでくれ。セカンドも生き返えれば、変わるかもしれないよ」

 「ファースト、どういうこと?」

 「今までとは違う性格になるかもしれないんだ。そうですよね」

 晴敏が同意を求めてくる。

 「再生に際して人格に変化が起こる可能性は確かにあります」

 冷静な意見を返した。依頼者に対して、同意はしても虚言を言わないように決められているからだ。

 再生対象者の人格変異に関しては、食べ物の好みから性格の逆転など大小様々で、どのような症状が出るのかは、再生して記憶更新に使われる人工海馬を脳に移植してみないことには分からなかった。

 

 「それなら栄一さんがどうなるかもご承知ですね」

 「はい、私と同じ境遇で無くなる可能性があるんですよね」

 性同一性障害などの性的障害者の場合、再生した後障害が消え、異性を性的対象として意識するようになる可能性が出てくる。

 そうなった場合、これまでの自身が性的障害者であったという記憶をうまく受け入れられなかった場合、対象者は精神を病み、最終的に自殺や配偶者を殺すといった最悪の事態を招くこともあるのだ。

 晴敏は、そのリスクを事前に知った上で先の話をしているのである。


 「頼むよ。美紀、セカンドを助けてくれ。ファーストはセカンドが居ないどダメなんだ。美紀のことはファーストが必ず守るから」

 晴敏は、美紀の両肩に乗せて必死に訴えた。

 「ほんとにあたしを守ってくれる?」

 「本当だとも」

 晴敏は、優しい表情と声で返事をした。

 「分かった」

 美紀は、重い声で返事をした。

 「それでは承認をお願いします」

 司は、除菌ガーゼで表面を拭いた手帳の指認証部分を差し出した。

 始に晴敏が押し、続いて美紀が押していった。

 承認に確認をした司は、クローン受け取りまでの流れを説明した後、霊安室から出ていった。

 それから保管所へ行き、栄一の情報ケースを受け取り、再生依頼先の病院へ運搬して、自身の役目を果たした。


 数ヵ月後、車で移動している最中、幸せそうに歩いている晴俊と美紀を見かけた。理由は分からないが、二人の表情から良い方向に向かったのかと思った。

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