CASE:5襲撃者。
再生許可を出した対象者のDNA情報ケースを受け取った司は、車に乗って保管所を後にした。
運搬先の病院へ続く道は、寂しいほどに空いていた。
保管所は、郊外の山間部にあって、判定官以外の訪問者がないので交通量も少なく、対抗車線で一、二台すれ違えばいい方だった。
この為、走行中は暇でしかなく、司は眠気防止のガムを噛みながら変わりばえしない見慣れた山間風景を眺めていた。
そして、いつものように一台の同僚の車とすれ違って、しばらく進むと別の車が見えてきた。
珍しいこともあると思っていると無人パトカーだった。
「なんで無人パトカーがこんな所を走っているんだ? さっきの車、違反でもしたのか」
この通りで無人パトカーを見るのは初めてだったので、さっきすれ違った同僚が何かしたのかと思った。なお、自分は何もやましいことはしていないと全く警戒していなかった。
距離が縮まっていく中、無人パトカーが、突然司の車の方に向きを変えてきた。
片側一車線かつ至近距離からの不意打ちを回避できるわけもなく、無人パトカーの体当たりを受けた車はライトやウィンカーが砕け、ボンネットが大きく歪むのに合わせて、後部をバウンドさせた。
「情報ケースは無事か?」
「損傷有りません」
「どうして無人パトカーがいきなり突っ込んできた?」
司は、平然とナビシステムに状況を尋ねた。
緊急時にハンドルから出て、運転手の全身を覆う保護クッションに守られたからである。
「スキャンしましたが、何も写りません」
「ただの故障ってわけじゃなさそうだな。すぐに保管所に連絡して警戒体勢を取るように言え。テロリストの可能性もあるからな」
「了解」
司が、ナビシステムに指示を出している間に、パトカーはバックして、再度体当たりを敢行してきた。
車は、車体を左に曲げて回避しようとするも間に合わず、左側面にぶつけられて横向きに押し出され、道路にタイヤの擦った跡を刻んでいった。
「まだ、動けるか?」
「走行に支障ありません」
「それなら運転を手動に切り換えろ」
「了解」
ハンドルを握った司は、迫ってくるパトカーに対し、車を正面に移動させて、ガードレールにぶつかる代わりに衝突を回避した後、バックしてパトカーに後部を当てガードレールに激突させ、動けない隙に方向を変え、逃走したのだった。
「査察部か警察はまだ来ないのか? こっちの異常信号はとっくに感知しているはずだぞ」
「現在位置では合流できるのに最速で十分です」
「そこまで逃げ切れるか」
司が、不安気にバックモニターを見ると追いかけてくるパトカーが見えた。
「やっぱり追ってきたか。もっとスピードを出せ。今はスピード違反なんて気にしている場合じゃない」
「二度に渡る衝突でタイヤ軸の耐久性が落ちているので、これ以上スピードを出せば軸が折れる危険性があります」
「くそ~向こうの方がスピード出るってのに」
そうしている間にパトカーに追い付かれ、後部に衝突させられた。
「このままじゃ、査察部が来る前にやられちまう! 運転を自動に戻せ!」
「了解」
運転が自動に切り換える中、司はダッシュボードの中から信号弾を取り出した。
それから天井部のドアを開けて、上半身を出した。
「後部設備を切り離せ」
司の指示を受けたナビシステムは、バックドアを開けると同時に後部設備を切り離して、車内から勢いよく飛び出させた。
それに合わせて司は、信号弾を構え、設備に狙いを定めた。
「これでも喰らえ!」
司は、声と同時に引き金を引き、銃口から発射された弾は設備に命中して、激しい発光現象と共に大爆発を起こした。
「やったのか?」
後方の様子を確かめようにもバックモニターは追突によって破損し、全く見えない状態になっていた。
しかたなく窓から顔を出して後方の様子を伺うと、車体から炎を上げたパトカーが迫ってきて、後部に体当たりしてきた。
司は、すぐに頭を引っ込めたが、危うく額を打ちそうになった。
そうした追走劇を繰り広げている二台の前方に、大きな曲がり角が迫っていた。
「曲がれ!」
ナビシステムが、司の指示を実行しようとした直後、左前輪のタイヤ軸が折れ、車は横転して上下逆さま状態で止まった。
一方、パトカーは曲がり切れず、正面から壁に激突し、そのまま動かなくなった。
司は、視界が逆さまになっている中、パトカーから人間らしき者が降りてきたのを見たところで意識が途切れた。
「ここは?」
「病院だよ」
「課長ですか?」
質問に応えたのは課長だった。
「私だ」
「どうして課長が病院に?」
「君の見舞いに決まっているだろ。部下が大変な目に合ったわけだからね」
「そういえば、そうでしたね」
司は、今日自分の身に起きたことを思い出した。
「ケースはどうなりました?」
「無事に病院に届けたよ。あの騒ぎから良くケースを守ったな。ここはその届け先の病院だ」
「判定官として同然のことをしたまでです」
課長に褒められたので、ガラにもないことを口走ってしまった。
「私はどうなったんですか?」
「火傷と骨折と打撲が多数あったが、この病院の再生治療で完治させた。ただ、再生箇所が完全に馴染むまで一晩かかるそうだから今夜はゆっくり休みたまえ。細かい報告は明日上げてもらう」
「分かりました」
課長の言葉に素直に従うことにした。
「もうよろしいでしょうか?」
近くに立っているボサボサ頭で無精髭を生やした男が、課長に声をかけてきた。
「私の話は終わったから構わないよ」
「ありがとうございます」
「それでは私はこれで失礼するよ」
課長は、そう言い残して病室から出て行った。
「それであんたは?」
「俺は査察部の和田だ。よろしく」
和田は、自身の手帳を見せながら自己紹介した。
「査察部が俺にいったいなんの用だ?」
「おいおい、襲撃されたんだから理由を知りたいと思わないのか? それと現場に駆け付けてあんたと大事な荷物を病院まで運んだのは俺だぞ」
「そうか、それはすまなかった」
「これも仕事さ」
「それで襲ったのは誰だったんだ?」
「新手のクローンブローカーだよ」
「俺に個人的恨みを持つ奴の犯行じゃなかったんだな」
「そういうことならパトカーなんて大掛かりな物は使わないと思うぜ。あんたをプライベートで襲った方がよっぽど楽だからな」
「それもそうだな。それでブローカーがなんで俺を襲う?」
「あんたのDNA情報が目当てだったんだろうよ」
和田が、どこか軽い感じで質問に答える。
「判定官からクローンを造っても生体反応が消えた時点でセキュリティデータは凍結されるんだぞ。無意味じゃないか」
「たぶん、再生したクローンの脳髄から情報を引き出すつもりだったんだろ。俺達には取るに足らなくても向こうさんにとっちゃ貴重な情報があるかもしれないからな」
「あのパトカーはなんだったんだ? 本物だったのか?」
「本物だよ。金に目のくらんだ整備士がちょろまかして、闇ルートで売買していたスペアパーツを組み立てものらしい」
「今回の件は、完全に警視庁の落ち度じゃないか」
「そうだよ。だから、しばらくの間はそれをネタにこっちの情報提供にも素直に応じてくれるだろうな」
「俺への詫びは無しか?」
「奴等もプライドがあって、表立ったことはしないが、ここでの治療費と入院費は奴等もちだ」
「それくらいは当然だろ」
司は、不満そうに言った。
「犯人の目星は付いているのか?」
「整備士を尋問して、接触していた連中を捜している。何人かは捕まえられるだろ」
「パトカーに乗っていた奴は?」
「身元不明のクローンだったよ。連中がよく使う手だから捜査しても何も出ないだろうな」
「まったく踏んだり蹴ったりだな」
「それにしてもあんた、あの襲撃からよく助かったな。判定官の車が特注とはいえ、下手すりゃ死んでいたぜ。うちの部にスカウトしたくなったよ」
「そいつは遠慮するよ。まあ、伊達に二十年判定官やっていないんでね。それに死んだら死んだで、クローン再生してもらうさ」
「おいおい、あんた”再生登録していない”だろ」
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