CASE:4 実践教育。

 その日の朝、案件の情報確認を終えた司は、事務所を出る直前で課長に呼び出された。


 「おはようございます。課長、お呼びでしょうか?」

 「おはよう。渡部君、今日は新人の実践教育をやってもらう」

 「実践教育ですか」

 机の側に立っている判定官のスーツを着て髪を後ろにまとめた女性を見ながら言った。

 「宮前奈津みやまえなつです。今日一日よろしくお願いします」

 奈津は、自己紹介した後一礼した。表情や声の硬さから緊張が伝わってくる新人らしい挨拶だった。

 「渡部司だ。よろしく」

 軽く頭を下げながら挨拶を返した。

 「後は任せたよ」

 課長は、二人から視線を外すと自分の仕事に戻った。

 「失礼します。行こう」

 「は、はい」

 返事をした奈津は、慌て気味に課長に礼をして、司の後に付いていった。

 

 事務所を出て、エレベーターで地下駐車場へ降りていくと、駐車スペースは半分以上空いていた。

 判定官は案件の情報確認をした後、庁舎から出て行くからだ。

 「あれが俺の車だ」

 司は、自分の車を指差した。

 「判定官の専用車って、けっこう大きいんですね」

 奈津が、車を見た感想を口にする。

 「一般車には無い機能が付いているからな。教育期間中に習っただろ」

 「排泄と入浴設備が内臓されているんですよね。判定官はトイレも食事も車で行う決まりになっている為と習いました」

 奈津が、聞かれた内容に対して適格に応えていく。

 「正解だ。助手席側に行ってくれ」

 「はい」

 奈津は、言われるまま助手席側に移動した。

 

 司は、身分証明書でもある手帳を車体に向けてロックを解除し、ドアを手動で開けて中に入り、シートに座りながらハンドル中央部のパネルに手を当てて、メインシステムを起動させ、助手席のドアを開けた。

 「乗ってくれ」

 「はい」

 奈津は、言われるまま車に乗った。

 「これから君の生体データを仮登録する」

 「分かりました」

 「生体データ仮登録、対象者は助手席に座っている女性だ」

 「了解」

 指示を受けたナビシステムは、ダッシュボードに付いているセンサーから光を放射して、奈津をスキャンしていった。

 

 「仮登録完了」

 「これで今日一日、ドアの自動開閉と後部設備が使えるようになったから」

 「研修で習った通りですね」

 「専用車の乗り心地はどうだ?」

 「乗った感じは一般車と変わりませんが、シートの座り心地がいいですね」

 「国家公務員の乗り物だからいい素材を使っているんだよ。録画開始するぞ」

 「はい」

 声のトーンから緊張しているのが分かる。

 「録画開始」

 後部座席に設置されている録画ドローンが、録画開始を知らせる小さな音を鳴らした。

 「今日は、どういうことをやるか聞いているな」

 「はい、渡部さんのやり方を見た後、最後の案件を私が判定するんですよね」

 「そうだ。最初の依頼先へ行くぞ」

 司は、ナビシステムに行き先を伝え、自動運転で庁舎から出て行った。

 

 「どうして、この仕事に就こうと思ったんだ?」

 信号で止まったところで話を振った。

 「おかしいですか?」

 慣れた口調で聞き返された。

 「情報漏洩防止の為に公務中の行動は全て録画されるから女性向きの仕事とはいえないしな。女性判定官も居ないことはないけど」

 「私、小学生の時、友人が事故で死んでしまったんです。クローン再生に登録していたので、すぐに会えるって思っていたら再生不可になってしまったんです。葬儀の時に友人の両親が凄く悔しい顔をしているのを見て、こんな嫌な思いをさせたくないって気持ちから判定官の道に進んだんです」

 「なるほど、判定理由に付いては聞いたのか?」

 「聞きましたけど、教えてくれませんでし、葬儀の後引っ越してしまったので分からずじまいでした」

 「そうか」

 司が、返事をした後、二人は無言になった。


 午前中は、二件の判定を行い、手帳を見せながらの自己紹介に死体を使った本人確認といったいつものやり方で作業を進めていった。

 その間、奈津は無言で、司と依頼者の様子を見ていた。

 判定は、二件共許可を出した。対象者の死因、年齢、財政事情など不可とする要素が少なかったからだ。


 二件目終了後に昼休みに入った司は、バックドアを開けた車の荷台に腰掛けながら車内に用意されている携帯食を食べていた。

 奈津が、助手席で休んでいるからだ。

 二度に渡る死体の見聞に気分を悪くしたのである。死体という普段接しないものを二回も間近で見たのだから当然の反応だろう。

 司は、こうなると思っていたので、見張らしのいい場所に車を止め、奈津がゆっくり休めるよう荷台で昼食を摂っているのだった。


 「気分はどうだ?」

 昼食を終え、運転席に戻って、奈津に声をかけた。

 「大分良くなりました。すいません。ご迷惑をおかけしてしまって」

 「新人なら誰でも体験する通過儀礼さ。何か食べられそうか?」

 「そこまでは、ちょっと」

 奈津は、小さく首を振った。

 「それなら無理に食べない方がいい。時間だから次の場所に移動するぞ」

 「はい」

 奈津は、返事をしながらシートを起こした。

 司は、ナビシステムに行き先を言って車を移動させた。

 移動の間、奈津はまだ気分が悪そうだったので話しかけなかった。


 「さっきの判定はどういうことですか?」

 「俺の判定に納得できないのか?」

 五件目の案件を終了し、次の場所へ向かっている最中、奈津が判定結果に付いて聞いてきた。

 「対象者は二十代だったんですよ。再生させる方がいいに決まっているじゃないですか」

 「年齢からいえばな。だが、彼の死因はなんだった?」

 「薬物投与です」

 「そうた。薬物中毒で逮捕され、出所後自宅謹慎中だったにもかかわらず、隠し持っていた薬の投与で死んだんだ。許可できないのは当然だろ。自己責任による死は再生不可を考慮するものであるって習わなかったか?」

 「習いましたけど、再生すれば更正するかもしれないじゃないですか?」

 「かも、じゃダメなんだよ。俺達の仕事をなんだと思っているんだ?」

 「再生できるかどうかを伝えることです」

 「そうだ。俺達は管理法に照らし合わせて判定した結果を伝えるんだ。神様の代弁者でもなければ死神の伝言板でもない。次は君が判定する番だ。さっきのことを踏まえてしっかりやってくれ」

 「分かりました」

 奈津は、返事をしながらもどこか納得していない様子だった。


 それから最後の依頼先の病院に着いた。

 セキュリティチェックを通過した二人は遺体安置所へ行き、その後を録画ドローンが付いていった。

 再生対象者は植田智うえださとし、年齢十一歳、都内の学校に通う小学生で、死因は信号無視の飛び出し事故だった。

 自身の度胸を試すという名目の元に見廻り警備用の無人パトカーの前に飛び出すという都内で危険視されているゲームに参加した結果、パトカーに轢き殺されたのである。

 自己紹介が終わった後、司は奈津に目配せして、判定を行うよう促した。


 「判定を始めさせていただきます」

 緊張気味に言った奈津は、両手に手袋を嵌め、死体に掛けられているシーツを捲り、損傷の少ない右手を取って本人確認を行った。

 それから手帳の端末機能を使い、将来性などについて計算していった。

 「判定結果をお伝えします」

 「息子は、息子は再生できるでしょうか?」

 「本件は、不可とさせていただきます」

 奈津は、静かな口調で結果を口にした。

 「何故、息子は再生できないんですか?! まだ小学生なのにっ!」

 母親が、涙を流しながら結果への不満を口にした。

 「お子様が、危険行為を行ったからです。無人とはいえ、警察車両の前に自分から飛び出したわけですから公務執行妨害と再発防止措置により再生不可としました」

 その後、食い下がる母親に対して、判定を認めない場合の扱いや罰則に付いて、事務的な口調で説明していった。

 「それでは承認ボタンを押してください」

 奈津が、手帳の指紋認証部を差し出した。

 

 「ちょっと待て」

 これまで成り行きを見守っていた司が、初めて口を挟んだ。

 「なんですか?」

 「除菌ガーゼで手帳を拭くのを忘れているぞ」

 「そうでしたね。失礼しました」

 奈津は、手袋を専用の袋に捨て、ガーゼで手帳を拭いた後、再度差し出した。

 母親は、罰則説明を聞いて観念したらしく、何も言わず認証部に指を乗せた。

 それから遺体の処理について説明した後、半ば放心状態の母親に挨拶をして遺体安置所から出て行った。


 「初めての判定を終えた感想はどうだ?」

 朝と同じく、赤信号で止まったタイミングで声をかけた。

 「辛いです」

 奈津は、泣きながら返事をした。病院を出て車に乗ってからずっと泣き続けていたのだ。

 「それも新人の通過儀礼さ」

 「渡部さんもそうだったんですか?」

 「どうかな」

 司は、答えをはぐらかした。


 「私、判定している中で、思い出したことがあるんです」

 「何をだ?」

 「友人の死因です。当時流行っていたディーゼルバイセクルに二人乗りして、転倒したところを車にはねられて死んだんです」

 「二人乗りは法律で禁止されていたよな」

 「私を含めて大人の見ていないところではみんなやっていました。そうしたらあんなことになってしまったんです。再生許可が降りなかったのも再発防止措置の為だったんでしょうね」

 「教育期間中は思い出さなかったのか?」

 「判定官になる為に必死でしたし、思い出したのは遺族の顔を見た時でしたから。友人の母親と同じような顔していました」

 「だったら、どうして許可にしなかったんだ? 両親の悔しい顔は見たくなかったんだろ」

 「その気持ちは今でも変わっていません。だからって、法律を無視していいわけじゃありません気持ちから」

 少しだけ強い口調で、自分の気持ちを言葉にした。


 「俺達の仕事は神様の伝令でも死神の伝言板でもないって言ったの覚えているか?」

 「はい」

 「それなら何を伝えると思う?」

 「判定結果ですか?」

 「現実だよ」

 「現実ですか?」

 「そうだ。俺達が伝えるのは再生できるかできないかっていう現実なんだよ。それ以上でもそれ以下でもない」

 「そうかも知れませんね」

 奈津は、少しだけ納得したようだった。

 「辞めるのなら、給料をもらう前の方がいいぞ」

 「どうしてですか?」

 「いい給料もらえるから一度でもらうと辞められなくなるからだ」

 奈津は、返事をしなかった。

 司もその後は何も言わず、二人は無言で庁舎に戻った。


 「渡部さん、おはようございます」

 出勤すると、事務所から出てきた奈津が挨拶してきた。

 「おはよう」

 司は、驚くでもなく普通に挨拶を返した。

 「それでは失礼します」

 奈津は、一礼した後、エレベーターに乗った。

 判定官として生きていくと決めたのだろう。歩いている後姿は、どこか堂々としていた。

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