CASE:3 妊婦
「本件は再生許可とします」
司は、依頼者に結果を告げた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
依頼者である
司は、表情一つ変えていなかったが、内心気が重かった。
これから話す内容が、非情に重いからである。
今回の再生対象者は
満子が、妊婦として死んだからである。
死因は、轢き逃げ事故だった。
定期検診を終え、横断歩道を歩いているところをぶつけられたのだ。
満子は、即死ではなく搬送先の病院で死亡し、息を引き取る寸前まで、子供のことを口にしていたという。
なぜなら二人にとって待望の第一子だったからである。
結婚当初から子供を望んでいたもののできず、不妊治療に踏み切りようやく授かったのだ。
事前情報でこのことを知った時、司は車の中で、できれば引き受けたくないと思った。
再生に関しては年齢、死因からみて許可しても問題無かったが、妊婦となると話しが変わってくるからだ。
「それではこれから奥様の受け取りまでの流れに付いて説明します」
「子供はっ! 子供はどうなるんですか?!」
祐介が、興奮気味に当然の質問をぶつけてくる。
「その事に関しても説明しますので、落ち着いてください」
司は、冷静な口調で宥めた。
「わ、分かりました」
祐介は、声のトーンこそ下がったものの、体は震えたままだった。
「奥様は、再生管理番号取得に費用も入金済みですので、承認後に指定してある病院にてクローン再生を申し込んでください。なお、犯人がまだ捕まっていないので、再生費用は奥様のものを使うことになります」
「それはいいですから、子供に付いて話してください!」
祐介が、また興奮しだした。
「今から説明します。お子様に関しましては、再生対象に含まれません」
「娘は再生きないんですか?! 費用なら幾らでも出します!」
祐介が、子供を娘と言った。事前検査で知っていたのだろう。
「権利と技術の問題です。胎児は生体管理番号を取得していないので、一人の人間として人権を認められていませんし、奥様を妊婦状態で再生させることは今の技術でも不可能なのです」
司は、管理法に乗っ取った説明をしていった。
「遺体の断片から娘を再生できないのですか?」
「人権を認められていない者の再生はクローン管理法で禁止されています」
「再生中に妻を妊娠させることはできないんですか? 病気で死んだ場合は、DNA操作で再発しないようにできるじゃないですか」
「クローンの治療行為は素体を造る前にDNA情報を操作するもので、培養中に行っているわけではありません。奥様を妊娠させるには、再生完了後しかないのです」
「その場合、死ぬ前の記憶を持つということになりますよね」
「はい、クローン再生において未登録者以外は、更新した記憶を移植することは絶対条件ですから」
「それじゃあ、妻は目を覚ましたら子供が死んでいたという事実を突き付けられるんですか?」
「本件の場合ですとそうなります」
「せめて、妻には妊娠していなかったことにはできないんですか?」
「クローンの記憶操作は、管理法で禁止されています」
「僕は、妻になんて言えばいいんだ・・・・」
祐介は、頭を抱えたまま、床に量膝を付いてしまった。
案件が妊婦の場合において厄介なのは、このような事態が起こるからだった。
母体となる女性は、薬付けや犯罪者といった場合を除いて、再生を許可することが多い。子供を身籠ったまま死んだという悲惨な状況から許可を出す判定官が多いからだ。
その一方、胎児は人権が与えられていない為、再生を許可することができない。
この為夫婦にとっては、まだ見ぬ我が子を失ったことになり、再生後に夫婦間だけでなく、加害者との間にも様々な問題を引き起こすことになるのだ。
「承認されますか?」
司は、祐介に決断を促した。
「承認しますよ。妻には会いたいですから」
祐介は、承認ボタンを押した。
「私は、これで失礼します」
司は、一礼して祐介の横を通り過ぎた。
「必ず、この報いを受けさせてやる」
祐介の小さく暗い一言を耳にしながら霊安室を出ていき、その後を録画ドローンが付いていった。
なお、轢き逃げ犯はまだ捕まっていない。内蔵されているGPSの追跡によって犯行に使われた車は発見されたが、犯人自身は車を乗り捨て逃走した後だったからだ。
「はあ」
車に乗った司は、小さなため息を吐いた。
この手の案件は何回担当しても馴れないからだ。
「行き先は?」
ナビシステムが、司の心情たなどお構い無しに行き先を尋ねてくる。
「DNA保管所 」
行き先を告げると、ナビシステムが車を走らせた。
「この番号に間違いありませんか?」
保管所の所員が、保管庫から取り出した満子のDNA情報ケースの確認を求めた。
「間違いない」
司は、端末に標示されている番号を見ながら確認した。
確認の後、二人は操作室から出て防護服を脱いだ。
「お願いします」
所員は、満子のケースを小さいながらも厚みのある防護ケースに入れ、ロックを掛けてから司に渡した。
「確かに」
司は、ケースの取っ手を掴んで持ち上げながら所員に一礼して、部屋から出ていった。
「行き先は?」
車に乗るとナビシステムが、行き先を尋ねてくる。
「丸八病院」
司が目的地である満子の再生を指定している病院名を言うと、ナビシステムは最短ルートを割り出し車を走らせた。
DNA情報ケースの運搬は、管理官の仕事になっている。
許可及び不可となった再生対象者の番号を知っているからであり、他の部署に任せないのは、連絡などの通話を盗聴されない為の措置だった。
当然ながら判定官が盗難しないとも限らないので、ケースを運搬するコースは保管所からの最短ルートと決められていて、そのコースを外れるような行為に及べば、すぐに査察部が追跡する仕組みになっているのだ。
病院にケースを届けた司は、次の案件場所に向かった。
後日、犯人の素性と動機が判明した。
犯人は、
自動車メーカーの人間だけに、代わりの車を用意し、違法改造することも容易いことだった。
満子を殺したのは、普通の人間では物足りなくなり、標的を探していたところ妊婦ということで目に止まり、犯行に及んだのだった。
その敦は殺された。犯人は祐介だった。
犯行動機は復讐である。
再生した後、子供が死んだショックから満子は精神に異常をきたし、夫婦でやり直すことが不可能になったことで、復讐心に火が付き、執念の末に敦を捜し出したのだ。
そして、全ての罪状を吐かせた上で殺害し、その映像をネット中に流した後、自宅に戻り満子と無理心中を図ったのである。遺書には”夫婦揃って子供の居る世界に行くので再生させないでくれ”と書かれていたという。
自白映像がネット中に流れたことで、隠蔽は不可能と判断した社長は、息子の罪状を認めた。
飯室夫妻は、祐介の意思を尊重した遺族が再生を望まず、敦は世間の猛批判により再生を断念されたとのことだった。
このことを司は、警察署の取調室で聞かされた。
祐介が犯行に及ぶような言動をしたのではないかという疑いから、呼び出しを受けたのである。
司は、心の中で大きなため息を吐きながら、刑事の質問に応えていった。
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