CASE:2 未登録者

 大雨降る悪天候の中、司は警察署に来ていた。

 敷地内に入る際に身元確認は済ませているので、警棒を持って立っているドロイドの間を素通りして署内に入った。

 年に何回か足を運ぶ場所なので、案内板を見ることなく遺体安置所へ直行した。


 「遅いぞ!」

 ドアを開けて中に入った途端、罵声を浴びせられた。

 声の主は、シーツをかけられた遺体の側に立っている作業着姿の男性だった。

 「人の女房が死んだっていうのに、なにモタモタやっているんだ?! 俺なんか郊外の仕事場からすぐに駆け付けったっていうのによ!」

 息の付かない話し方からかなりの興奮状態であることが窺える。

 「上原辰雄うえはらたつおさんですか?」

 司は、冷静な態度で依頼者の名前を尋ねた。この手の人間の対応には慣れているからだ。

 「そうだ」

 依頼者の確認を取った後、手帳を見せながら役職名と名前を言った。

 

 「それと判定終了までのやり取りは、このドローンで録画させていただきます」

 上着のポケットから取り出した録画ドローンを見せながら説明した。遺体安置所以外の録画は禁止されているからだ。

 「分かったよ。早くやってくれ」

 辰雄の承諾を得て、本体上部にあるスイッチを押すとドローンが起動し、両翼を展開して、二人を俯瞰で見える位置まで飛んでいった。

 「録画開始」

 司の声を合図に中央部のメインカメラの色が、青から赤へ切り替わり、録画が開始されたことを確認して判定を始めた。

 

 事前情報で死体の損傷が激しいということだったので、シーツを軽くめくり、千切れた左手で本人確認を行った。

 左手自体も損傷が酷く、親指以外の指は無かった。

 確認作業の間、見るに耐えないのか、辰雄は目を背けていた。

 再生対象者は上原暁美うえはらあけみ、年齢は三十二歳、辰雄とは夫婦共働きで子供は居なかった。

 死因は交通事故で、今日の大雨によってブレーキセンサーが故障したダンプカーにはねられての即死だった。

 事故現場が警察署前の大通りだったこともあり、犯人逮捕や検視は手早く進み、再生を希望した辰雄に呼ばれたというわけだった。

 

 「で、どうなんだ? 女房は再生できるのか?」

 辰雄が、苛々した様子で尋ねてくる。

 「本件は再生許可とします」

 司は、手帳を閉じながら判定結果を伝えた。

 対象者がまだ若く事故死であったこと、仮に子供を設けた場合でも夫婦の収入があれば、一人なら養育義務を果たせると判断しての結果だった。

 「ありがとう。恩に着るぜ~!」

 辰雄は、初対面の激昂が嘘のように顔を綻ばせて、喜びを顕にした。

 

 「それではこれからクローン再生に関する説明をさせていただきます。あなた方は未登録者ですので少々長くなりますが、よろしいですか?」

 「いいぜ」

 「初めに奥様の遺体は、管理担当者がDNA情報を抽出した後、完全燃焼されます」

 「灰も残さずに焼くのか」

 「DNA 情報を悪用させない為の処置です。その後警察で発行される事故死亡証明書を持って厚生労働省か最寄りの区民センターのクローン管理課にて奥さまのクローン再生管理番号の申請をしてください」

 「生体管理番号じゃダメなのかよ」

 「再生管理番号は任意なので、新規に取得していただくことになります」

 クローン再生は義務ではなく、個人の判断による任意制になっているのだ。


 「どのくらいで番号を取得できるんだ?」

 「申請者は、常に居ますから数週間、数ヵ月といったところでしょうか」

 「そんなに待たなきゃならないのかよ! その間、女房のDNA情報はどうなるんだ?!」

 辰雄が、大声を張り上げて怒り出した。自分の思い通りにならないとヒステリーを起こす性格らしい。

 「どのくらいの期間を要するかは管理課の受付で直接聞いてください。その間奥様のDNA情報は仮番号を与えられ、別場所にて保管されますのでご安心ください」

 「分かった」

 説明を聞いた辰雄は納得したらしく、少しだけ落ち着きを取り戻した。


 「番号を取得されましたら再生用の設備を備えている病院へ行って、奥様のクローン再生を申し込んでください」

 「クローン再生って病院でやるんだな」

 「クローン再生は、医療行為に当たりますから」

 「どこの病院が一番いいんだ?」

 「それはネットなどで検索してください。判定官から薦めることはできない決まりになっていますので。それとその場で再生費用全額を納めていただきます」

 「金なら犯人に払わらせるからいいさ」

 辰雄は、せせら笑うように言った。

 事故死や他殺の場合、被害者側の身内がクローン再生を希望した場合、加害者側が賠償金として再生費用を全額負担するよう法律で定められているのだ。


 「そうなりますと病院に行かれるのは賠償金が入り次第ということですね」

 「分割や後払いにはできないのか?」

 「可能な時期もありましたが、クローンを受け取った後、有りもしないクレームを言って支払いを渋ったり、受け取った後に行方をくらますといった事案が多発しまして、今は全額入金が義務付けられています」

 「それじゃあ、管理番号を取得しても賠償金が入るまで暁美は再生できないってことか」

 「残念ですがそうなります。ただし、ご主人が費用を先払いすることはできます」

 「俺が、賠償金を肩代わりするってのか?」

 辰雄の声に微妙な変化が現れた。

 「そうなりますね」

 「ふっざけんな!」

 辰雄が、怒声を上げながら床をおもいっきり踏み鳴らした。


 「補助金とかもらえないのかよ」

 「残念ですが、そのような制度はありません。私達の場合でも全額入金は絶対ですし」

 「じゃあ、あんたはただ判定するだけか?」

 「私は、判定官ですから」

 「これじゃあ、なんの為に許可をもらったのか分かんねえじゃねえか!」

 辰雄は、司のスーツの襟を乱暴に掴みながら喚いた。

 「それ以上の行為に及びますと公務執行妨害になりますよ」

 一切動じることのない冷静な口調だった。

 「俺達は、クローン代を払えるほど金持ちじゃない。だから登録なんかしなかったんだ。暁美が死んだって聞いて死体を見た時には諦めたけど、犯人に金払わせられるっていうから喜んでみれば、結局最後は金かよ」

 言い終えた辰雄は、襟を離した後、力が抜けたように床に座り込んでしまった。

 クローン再生が、一般に認可されているとはいえ、その費用は高額であり、低所得者が出せる金額ではないのだ。

 「どうしますか?」

 司は、辰雄に決断を促した。

 

 「失礼します」

 ドアが開いて、一人の刑事が入ってきた。

 「判定官、何かありましたか?」

 床に座っている辰雄を見ながらの質問だった。

 「いや何もない。どうした?」

 「被害者の遺品の検査が終わりましたので、遺族に返却しに来たんです」

 「再生に許可を出したから遺品や遺族という言い方は間違いだ」

 「失礼しました。では、所持品を返却します」

 刑事が差し出した袋を辰雄は、無言で受け取った。

 「失礼しました」 

 返却を済ませた刑事は、一礼して出ていった。


 辰雄は、無言のまま袋から出した品々を手に取った。

 「ほんと、酷い目に合わされたんだな。見てくれよ。婚約指輪メチャクチャだ」

 原形を留めていない指輪を見せながら言った。

 「こんな酷い死に方して、あいつ死ぬ瞬間何を思ったんだろうな」

 死体の方を見ながら言った。

 「なんとも言えません」

 「承認するよ」

 「そうですか」

 「こんなんじゃ、あいつも死に切れないだろうし、金は賠償金で返せるって言えば知り合いも貸してくれるだろ。それにこう見えて女房には惚れ込んでいるんでね」

 辰雄は、半ば諦めたような薄笑いを浮かべた。

 

 「それでは承認ボタンを押してください」

 「分かった」

 辰雄は、司が差し出した端末の承認ボタンを押した。

 「では、受け取りまでの流れを説明します。奥様は再生完了後、検査部にて肉体と精神のチェックを受け、問題が無ければご主人に引き渡しとなります」

 「問題があった場合は?」

 「担当の病院にて、調整が行われます。ご質問はありますか?」

 「記憶はどうなるんだ? 登録している奴等は記憶更新とかいうのをやってるんだろ」

 「奥さまの場合、記憶の欠落や障害が出る恐れがありますので、その辺りは担当医とご相談ください。質問は以上でよろしいですか?」

 「もう十分だ」

 辰雄は、小さく頷いた。


 「私は、これで失礼します。録画停止」

 司は、停止したドローンを右手で受け取り、上着のポケットにしまった。

 「あんた、奥さんは?」

 「居ません」

 「彼女は?」

 「居ません」

 「恋したことは?」

 「高校生の時にキモいと言われてフラれて以来です」

 司は、辰雄に一礼して、遺体安置所を後にした。

 

 玄関に着いてみると雨は止むどころか弱まる気配さえなく、この後三件の依頼をこなさなければならないのかと思うと憂鬱な気持ちになるのだった。


 

 

 

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