クローン再生判定官

いも男爵

CASE:1 老夫婦

 クローン管理法三原則 

 第一条:政府の許可なくクローン再生を行ってはならない。

 第二条:政府の許可なくクローンに手を加えてはならない。

 第三条:政府の許可を得たクローンは全ての人権を認めなければならない。


 病院の駐車場に黒いライトバンが止まった。

 運転席のドアが開き、黒いスーツを着た小太りで頭髪の薄い男が降りてきた。

 その後、ゴルフボールサイズで虫に似た羽で飛行する丸い機械が出ていくと、ドアが自動で閉じられ、ロック音を鳴らした。

 男が歩き出すと、ボールは一定の距離を保ちながら後に付いていった。

 男は、正面玄関ではなく職員用の入り口に行った。

 

 「あなたは未登録者です。御用のある方は、お名前をフルネームで仰ってください」

 入り口に立つと、警備システムが機械音声特有の抑揚を欠いた性質で名前を尋ねてきた。

 「渡部司わたべつかさ

 指示に従い、自身の名前を伝えるとドア上部に設置されているセンサーが、司に向けて光を放射して、全身スキャンによる生体認証を行った。

 この時、ボールは光を避けるように移動した。

 「確認が取れました。どうぞ、お入りください」

 返事の後に開いたドアを通って中に入り、ボールもその後に続いた。


 院内に足を踏み入れた司は、階段を降りて、地下一階の霊安室に向かった。

 入り口の右脇にある認証機に手を当てて中に入る。病院に入る際に指紋を登録されたからだ。

 室内には、シーツをかけられた死体が幾つかあって、司は椅子に腰かけている老婦人の方へ歩いて行った。


 「羽柴眞由美はしばまゆみさんですか?」

 老婦人に名前を尋ねる。

 「そうです」

 声をかけられた老婦人が返事をした。

 「厚生労働省から派遣されましたクローン管理課判定部の渡部司と言います」

 スーツの内ポケットから取り出した顔写真付きの手帳を見せた。

 データ改竄防止の為、判定官の身分証は、刑事と同じく印刷物が使われているのだ。

 「それではこれからご主人の判定を行わせていただきます。それと判定終了までの様子は全てこちらの小型ドローンで録画させていただきます」

 手帳を閉じつつ、近くを飛んでいるボールに付いて説明する。

 「録画するのですか?」

 眞由美が、少し驚いた様子で聞いてきた。

 「判定官と依頼者の裏取引を防止する為の措置です。他にご質問が無ければ判定を始めますが、よろしいですか?」

 「はい、お願いします」

 眞由美は、祈るような顔で承諾した。


 「初めに本人確認を行わせていただきます」

 ポケットから出した防菌用手袋を嵌め、死体のシーツをめくり、証明書の反対側にある端末機の指紋認証部分に指を触れさせ、庁舎を出る前に取得したデータと照合していった。

 名前は羽柴宗吉はしばそうきち、年齢八十三歳、死因は自宅での心臓発作で、手術や闘病歴は無かった。

 「ご主人は、数週間の間に不調を訴えるようなことや通院または薬の服用はありませんでしたか?」

 データに記載されていない細かな点の見落しがないように、死亡する数週間の行動を家族に口頭質問する決まりになっているのだ。

 「いえ、主人は健康が取り柄の人でしたから」

 「わかりました」

 それからクローン再生に必要な費用は全額入金済みで、記憶欠落を防止する為の記憶更新も問題無いことを確認した後、財産や年金など、再生した場合とそうでない場合の計算を行った。


 「判定結果をお伝えします」

 司が、手帳を閉じながら言った。

 「それで主人は、再生できるのでしょうか?」

 眞由美は、神にでも祈るような顔をしている。

 「本件は再生不可とさせていただきます」

 機械音声並みに抑揚を欠いた声で、はっきりと結果を告げる。

 「何故です! どうして許可できないんですか?! 主人にどんな問題があるんです?!」

 眞由美が、涙目で訴えてくる。

 「問題が無いからです」

 「え?」

 司の言葉に、眞由美は言葉を止めた。

 

 「ご主人の年齢であれば、死因の心臓発作は平均寿命や自然死の範疇に入ります。死亡扱いになった場合の遺産に加え、ご主人の遺族年金とあなたの年金を合わせれば十分生活できると判断し、不可とさせていただきました」

 司は、判定理由を説明した。

 「来週には結婚六十周を記念して、火星への往復旅行も決まっているんです」

 眞由美は、絞り出すような声で、夫婦の予定を口にした。

 「申し訳ありませんが、娯楽要素は判定には含まれません。それでは死亡認定の承諾ボタンを押してください」

 司は、手袋を外し、専用の袋に入れた後、除菌用ガーゼで一通り拭いた端末の指紋認証部分を眞由美に差し出した。


 「主人の死を認めるようなことなんてできません!」

 眞由美は、大声で承認を拒否した。

 「拒否された場合、クローン管理法にもとづき、あなたには死亡否認と違法遺体所持の容疑が掛けられることになります」

 「逮捕されるんですか?」

 「初めにクローン管理課の査察部で取り調べが行われ、容疑が晴れれば罪には問われませんが、その代わり年金の差止めといった罰則が課せられます」

 「そんな・・・そんな・・・・・」

 眞由美は、その場に泣き崩れてしまった。

 「ご主人を看取ることができただけでもいい思いますよ。遭難や災害では遺体と対面できない上に許可さえ降りない事例もありますし」

 「・・・・・・・分かりました」

 眞由美は、考え直したらしく、了承の返事をした後、承認ボタンを押した。

 

 「それでは、これからの流れをご説明します。ご主人の遺体はこちらの病院にて完全焼却されます。その間、清掃部がご自宅へ向かい、ご主人の毛髪といった断片を全て回収して焼却処分します」

 眞由美は黙って、司の説明を聞いていた。

 「これも大事な話なのでよく聞いてください。これからご主人に会わせる、再会させるといった電話や訪問者があるかと思いますが、相手にしないでください。彼等は悪質なクローンブローカーで、莫大な報酬と引き換えに粗悪なクローンを送ってくるのです。もし彼等との取り引きに応じてクローンを受け取った場合、不当取引とクローンの不当所持の容疑で逮捕されることになりますので、気を付けてください。ここまでの説明で何か質問はございますか?」

 眞由美は、黙って首を横に降るだけだった。

 「私は、これで失礼します」

 一通りの説明を終えた司は、一礼して遺体安置所から出ていき、その後を録画ドローンが付いていった。


 職員用入り口から出た司は、右耳に付けている小型マイクで車を呼んだ。

 目の前に止まった車がドアを開けると、司はドローンを先に入れ、収納位置に収まっているかを確認してから乗った。

 「行き先は?」

 搭載されているナビシステムが、抑揚の無い音声で行き先を尋ねてくる。

 「DNA保管所」

 「了解」

 返事の後、車は病院から出て行った。

 移動中、支給されている眠気防止用のガムを噛みつつ、超高層ビル並みに巨大な空気清浄機が建ち並ぶ都市の風景を見ながら時間を潰した。車内での睡眠は、昼休み以外認められていないからだ。

 

 「間もなく目的地です」

 音声に合わせて、十数メートル先に白く四角く巨大な外観をした建物が見えてきた。

 「訪問者様、役職とお名前を仰ってください」

 車が正門前で止まると、病院のセキュリティシステムと同質の音声が、身元を尋ねてきた。

 「厚生労働省クローン管理課の渡部司だ」

 「確認しますので、顔を出してください」

 窓を開けて顔を出し、センサーからの顔認証を受けた。

 「確認が取れました。お入りください」

 アナウンスと同時に開かれた分厚い正門を通って中に入った。


 車が駐車場に止まり、ドローンと一緒に正面玄関に行った。

 玄関には左右に一体ずつ銃器内蔵仕様の警備ドロイドが立っていた。

 司は、自身の身長よりも高い二機の間を抜けて自動ドアを通り、ドローンも後に続いた。

 受付らしきものは一切無く、眼鏡をかけた男が立っているだけだった。

 「はじめまして、わたしはここの所員で飯田と申します」

 胸に付けている名札を軽く上げながら自己紹介した。

 「クローン管理課の渡辺だ」

 「ご用件はなんでしょうか?」

 「データの消去だ。確認してくれ」

 手帳を出して、承認画面を見せた。

 「確認しました。こちらへどうぞ」

 認証ボタンを押した飯田は、真後ろにあるエレベーターに乗るように言った。


 エレベーター内で、二人は無言だった。

 とりたてた話題もないし、ドローンが録画している中で、お互いに迂闊なことは言いたくないからだ。

 エレベーターが止まり、外に出て廊下を進み、保管庫と書かれたプレートの貼られた扉の前に行くと、飯田が右脇の認証機に顔を近付け扉を開けた。

 

 中に入ると二人の男が居て、ケースの受け渡しを行っている最中だった。

 「佐々木じゃないか、再生を許可したんだな」

 司は、ケースを受け取っている同じ色のスーツを着た男に声をかけた。

 「そうなんです。渡部さんは?」

 「俺は消去だ」

 「そうですか、では、これで失礼します」

 佐々木は、司に軽い挨拶をして、飯田に頭を下げた後、小さいながらも重そうなケースを持って部屋から出て行き、彼のドローンと所員がその後に続いた。

 司は、中身がなんなのかは知っているので、細かいことを聞かず、佐々木と所員を見送った後、飯田と一緒に防護服を着た。

 ドローンは、防護服を着終わった飯田に殺菌スプレーをかけられた。

 それから奥の部屋に入った。


 室内は、防護服が置かれている部屋よりも狭く、奥の操作盤には小さな画面と番号ボタンだけで、椅子も無かった。

 その反対に正面の窓越しには、床も天井も見えないほどの広大な空間に再生対象者のDNA 情報ケースが無数に並べられているのだった。

 「消去される情報の番号を入力してください」

 手帳の画面を見ながらボタンを押していく。

 入力が終わり、画面に入力の一致が表示れた後、天井のマジックハンドが動き出し、取り出したケースを投入口へ入れた。

 「間違いありませんか?」

 飯田が、ボタンの下にある取り出し口から手にしたケースを見せてくる。

 「間違いない」

 ケースの表面に刻印されている番号を見ながら返事をした。

 二人は、一緒に部屋を出て、防護服を脱いだ後、保管室を後にした。

 

 それから廊下を進み、焼却室と書かれたプレートの貼られている部屋に飯田の顔認証で入った。

 室内は、大人二人分の広さで、正面に四角いガラスが貼り付けてあるだけだった。

 飯田が、右脇のスイッチを入れるとガラス越しに青い火が灯るのが見えた。

 「それでは消去します」

 飯田が、ガラス上部の投入口から入れたケースは、炎に触れた途端、一瞬にして焼失した。

 この行為によって、羽柴宗吉という人間の命脈は完全に絶たれたのだった。

 再生不可と判定された人間のDNA 情報は、悪用されないようその日の内に完全消去することが義務付けられているのだ。

 眞由美がクローンブローカーの口車に乗った場合、送られてくるクローンは全て紛い物ということになる。


 「では、これで」

 ケースが焼失したことを見届けた司は、飯田に挨拶した後、一人でエレベーターに乗り、ドローンと共に保管所から出ていった。

 「官舎へ」

 車に乗って行き先を告げた。

 DNA情報ケースの受け取りと消去は、判定官と所員の共同作業が義務付けられている。

 両者による情報ケースの盗難や悪用を防ぐ為に設けられた措置だからだ。

 司が訪問と情報ケースの番号を飯田に教えなかったのも、飯田がケースを渡そうとしなかったのも、全てはこの義務に乗っ取った行動だったのである。


 厚生労働省の庁舎が見えてくると、入り口近くにに陣取っているデモ隊が、嫌でも視界に入ってきた。

 命の価値を簡単に判断するな。生命の尊厳を踏みにじるな。神を冒涜するな。税金泥棒といったプラカードを掲げながら喚いている。

 その半分近くの者が、防毒マスクを付けていた。

 これはクローン再生が一般に認可されるきっかけになったのが、一時深刻化した大気汚染による大量死に由来を取っているからだ。

 

 司は、デモ隊を見る度に反吐が出そうな気分になる。

 管理法が制定されたのは、クローン再生が一般認可され始めた頃、一部の富裕層が再生技術を乱用した事件や事故を多発させたことに怒った国民の声を政府が反映させた結果、制定された法案だったからだ。

 そのことから批難の矛先は再生技術を弄んだ富裕層に向けるべきであって、自分達に文句を言うのはお門違いだと言いたくなるが、上司からは無視するよう言われているので、警備用ドロイドに吹き飛ばされてしまえと思いながら側を通り過ぎた。

 保管所と同じく顔認証で官舎に入り、駐車場に車を止めた。

 「録画停止」

 司の言葉に反応して、停止音を鳴らしたドローンを右手で持って車から降りた。

 

 判定部の事務所に入り、ドローンを所定の場所に置いた後、自分の席に座って今日の報告書の作成に入った。

 これから何も無ければ、今日の仕事はこれで終わりだったが、十数分後に上司に呼び出された。

 自分の記録映像の中に問題があったからだ。録画ドローンの真の役割は、判定官が不正な取り引きをしていないかと依頼人とのやりとりに問題が無いかを監視する為のものである。

 上司のデスクに着くと、やや厳しい顔をしていた。

 「課長、お呼びでしょうか?」

 「渡部君、承認させるまでの言動に少々問題があるね。具体例を出し過ぎだ」

 問題点を指摘してくる。

 「しかし、あの場合具体例を出した方が、早く納得できると考えました」

 自身の意見をしっかり述べる。

 「その考え自体は間違いではないが、逆に認められた具体例を聞き返されたどうするつもりだったんだね」

 「まずかったかもしれません」

 課長の言葉に合わせた。あまり長引かせたくなかったからだ。

 「今回は承認が取れたからいいが、今後はもう少しうまくやりたまえ」

 「分かりました。以後、気を付けます」

 一礼して、課長の前から離れた。


 机に戻った司は、今日の報告書の作成作業に戻った。

 報告書を提出した時には定時を回っていたので、退出の準備に入った。

 判定官は、冷静な判断を要求されるので、夜間勤務は夜勤者と交代することになっている。

 入って来る夜勤者と言葉を交わすことなく事務所を出て、ロッカーで着替え、地下駐車場に止めてある自分の車に乗った。

 

 「こんばんは、司。行き先を仰ってください」

 搭載されているナビシステムが、セキュリティシステムとは真逆の柔らかく温かみ感じさせる声質で、行き先を尋ねてくる。

 「官舎に行ってくれ」

 「かしこまりました」

 車は、自動運転で庁舎を出て、官舎に向かった。

 

 「ぷはぁ~」

 缶ビールから口を離した司は、歓喜の声を上げた。

 風呂上がりのビールは最高なのだ。

 酒税が相当上がった時代ではあるが、独身者の国家公務員には、懐を痛めるものではなかった。

 一本飲み終わった後、テーブルに乗っている高級つまみを食しながら二本目を開けた。

 医者にはアルコールを控えるように言われているが、四六時中監視されるストレスの溜まる職業なので、こうでもしないとやってられないのだ。

 それからTVのバラエティー番組を見て、眞由美や飯田と接していた時には考えられないくらい大笑いしながら三本目を飲んだ。


 翌日、要請があって庁舎から出るといつものようにデモ隊が目に付いた。

 反吐が出るような気持ちになる中、”夫を返せ!”と書かれたプラカードを持って喚いている眞由美の姿を目にした。

 

 

 

 

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