2.桜の下で

4月。



彼と出会ったのは、桜の木の下だった。



その日は雨で、まだ桜はきれいに咲いているけれど、さすがにお花見をしている人はいなかった。

時たまにひらひらと散っていく花びらは、地面に到着するやいなや雨にうちつけられ、その艶を失っている。



わたしには、その光景が雨とあいまって、まるで桜が泣いているかのように見えた。

世界に、泣くことを許されているように見えた。



何を考えるでもなく、ただもやもやとしたわたしの気持ちは、全国の女子中学生の心とは裏腹に沈んでいた。

そう、今日は入学式。

新しい制服に身を包み、父と母に囲まれて、緊張に隠されたわくわくを胸に講堂へ集うはずの日。



もちろんわたしだって、緊張に隠されたわくわくくらい持っている。

ちゃんと、本物の笑顔を顔にはりつけて

教室でお隣になったヒトともいかにも新入生らしい会話をし、

ちゃっかりと連絡先も交換してきた。



それでもやはり一人になると、さっきまでの笑顔は消え去って

ちゃんと新入生をしていた自分を蔑んで振り返っているわたしがいた。



まっすぐに帰宅することさえ厭わしく、

最寄駅のすぐそばの川沿いを歩き、傘をさしたまま、ただ桜を眺めていた。

この桜をみて素直に心を躍らせた人が一体何人いるだろうか。



紫苑「……いいな」



その素直さがわたしにあれば。

もっと純粋に、世界を眺めることができたら。



そう思った気持ちさえ、もうひとりのわたしは否定する。

―――どうせ無理なんだから、と。



あきらめて、家へ帰ろうとしたその時、ふと川岸に人影を見つけた。



傘をさすこともせず、ただ川沿いの岩に座り

着ている服に濃いシミが増えていることも、気付いていないかのようだった。



彼もまた、艶を失った桜の花びらと同じだった。

踏みつけられれば消えてしまう、そんな儚さが遠くから見ても感じられた。



だからわたしは











―――彼に、傘をさしたくなったんだ。





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