ボクのフレンド

『キミは 何が 見たい? 案内 するよ』


 『彼』は、最初から答えを持っていた。


 この、『サーバル』を連れた『かばん』という存在が、『サバンナチホー』を離れ『図書館』に向かおうとしている、その理由を。

 即ち、その旅は、実のところ『彼』に一言、『かばん』が直接問いを投げかければ、終わりを迎えるものであった。


 『かばん』は、一度も『彼』にそれを問うことはなかった。

 『彼』は、パークガイドロボットとして、二人の旅の案内を務めた。

 その旅路が、求める解を知りながら。


 きっと、『彼』は壊れていた。


『ボクに 任せて』


 言葉とは裏腹に、『彼』のガイドは優れたものとは言い難かった。

 長い時を経たパークの今は、『彼』の内部に登録されていた過去のデータと少なからぬ食い違いを生じていた。それが、多くのトラブルを招いた。

 川に架かった橋は流され、ロープウェイは止まり、砂漠では砂嵐に見舞われた。

 その度に、『かばん』と『サーバル』を悩ませ、それでも、二人は『彼』を見限りはしなかった。


 『かばん』は賢かった。

 『サーバル』はその明るさで旅に華を与えた。

 行く先々で出会った『フレンズ』と協力し、様々なトラブルを乗り越えていった。


 大河の両岸に分かたれ、放棄されていた『ジャパリバス』のために、『コツメカワウソ』や『ジャガー』の力を借り、残された橋脚を利用し、橋を架けて運んだ。


 バスの電池の充電のために、止まったロープウェイの代わりに『トキ』に山頂まで運んでもらい、そこでカフェを営んでいた『アルパカ』の悩みを解決した。


 『スナネコ』の住んでいた洞窟の奥に開いた大穴から辿り着いた巨大迷宮を、『ツチノコ』に先導され脱出した。


 家造りに苦戦する『アメリカビーバー』と『オグロプレーリードッグ』に的確なアドバイスをし、素晴らしい家の完成を手助けした。


 終わりの見えない戦いを終わらせたいという『ライオン』の頼みにより、あえて敵対する『ヘラジカ』陣営に付き、何時怪我人が出るかもしれなかった争いをルールある遊びへと昇華した。


 『かばん』の正体を知るため、ついに辿り着いた『図書館』の主『アメリカコノハズク』博士とその助手『ワシミミズク』の出した『料理を作る』という難題に対し、培った知識と発想を活かし作り上げて見せた。


 そして、博士らの口から告げられた『かばん』の正体は、ヒトだった。

 『彼』らの、仕えるべき存在の名称だった。


 きっと、『彼』は壊れていた。


 旅は終わらなかった。

 『かばん』が、ヒトの居る場所を探したいと求めたからだ。

 『サーバル』もまた、それに付き合うようだった。


 『彼』には予測できていた。

 その願いの果てを求め、『かばん』はこの地を去ることになると。

 この先にあるのは、別れの為の旅なのだと。


 『彼』は、ただ、パークガイドとして、『かばん』を案内した。

 それまでと、同じように。


 『PPP』達が自分たちの力で、ヒトが遺した『アイドル』という伝統をなぞり、『マーゲイ』のフォローを受けて復活・進歩させる光景を見た。


 極寒の景色の中、ヒトの遺した温泉施設を利用して暮らす『キタキツネ』『ギンギツネ』達に出会い、一時の休息を楽しんだ。


 最後にヒトの姿があったという港へ向かう途中で泊まった、『彼』にとって旧縁あるロッジは、今は『アリツカゲラ』の手によって運営され、宿泊していた『アミメキリン』や『タイリクオオカミ』らと共に、二人は『彼』の中に残された『ミライ』のメッセージを目撃することとなった。


 彼女らはもはや、ヒトの遺物を利用し、半ばヒトと変わりない暮らしぶりを見せていた。

 ヒトは、見つからなかった。

 彼女らは皆、『フレンズ』だった。


 そうして、ついに。

 到着した港で、放置されていた船が問題なく動く事を確認した『かばん』は、『サーバル』に告げた。


「僕、島の外にヒトを探しに行ってみたい」


『フレンズ』は、ジャパリパークから出ることは出来ない。

サンドスターの効力が切れて、『フレンズ』は元の動物に戻ってしまうからだ。


 このパークの中に、ヒトはいない。

 それは、『かばん』と『サーバル』二人の旅の、終わりを示す一言だった。


 ……きっと、『彼』は壊れていた。


 『かばん』と『サーバル』の別れが目前に迫ったその瞬間、地響きとともに周辺の 『サンドスター・ロウ』の濃度が上昇したことを、『彼』は感知していた。


 『サンドスター・ロウ』の濃度のより高い場所には、『セルリアン』がいる。

 これは、『セルリアン』が通常の『サンドスター』ではなく、『サンドスター・ロウ』が無機物に当たることで誕生することと関係が深い。

 島全体の『サンドスター・ロウ』濃度が上昇しつつあるということは、島全体の『セルリアン』が活性化しているということだ。

 そういった非常事態において、『彼』らにはヒトの安全を確保することが第一優先事項となる。


 きっと、彼は壊れていた。


 島の様子を見に行こうと戻る『かばん』と『サーバル』は、黒いセルリアンに遭遇した。

 『セルリアン』とは、『サンドスター・ロウ』濃度を感知できる『彼』が、今まで遭遇を回避させてきていた。

 今まで『かばん』たちが旅の中で遭遇したのは、『彼』と出会う前と、アトラクションが始まり分断されてしまった巨大迷宮内部、発生後高速で雪崩のように迫ってきた雪山のケースだけだった。


 危うく捕食される窮地に陥った二人を救ったのは、『セルリアンハンター』の『キンシコウ』だった。

 ヒトのいないこの島で、『フレンズ』たちは独自に自分たちの身を守る為の自警組織を作り上げていた。


 彼女の話によれば、火山の噴火に伴い、超巨大『セルリアン』が発生したのだという。

 『かばん』と『サーバル』は、自分たちも力になりたいと言ったが、合流した『ヒグマ』にすげなく断られた。

 それは、『かばん』と『サーバル』の旅が始まって以来初めての、『フレンズ』からの明確な拒絶だった。



『少し見てきてもいいかな かばんたちは ここで 待っていて』


 落胆する二人にそう伝え、『彼』は山を目指した。


 『彼』には、遠い昔のログが遺されていた。

 今はと同じように、巨大『セルリアン』に立ち向かった『ミライ』たちの、奮闘の記録。

 そこには、『四神』を正しい位置へ配置し直すことで、『サンドスター・ロウ』を浄化するフィルターを貼り直す手順が遺されていた。


 火口に近づくにつれ、『サンドスター・ロウ』の濃度は飛躍的に高まり、これを頼りにした『セルリアン』の感知はできなくなる。

 それでも『かばん』たちが付いてくるのを、『彼』は止めなかった。


 きっと、『彼』は壊れていた。


 山頂は、かつて『ミライ』たちと登った時より、更に低くなっていた。

 大噴火に加え、政府の航空爆撃により、かつての5合目からすぐの場所に火口がある状態にまで山が削り取られていたのは、知るものが見れば凄惨と言うほかない光景だった。


 そこで、『かばん』と『サーバル』は、ずっと『帽子泥棒』を追ってきたという『アライグマ』、『フェネック』と対面した。

 『かばん』を『帽子泥棒』と呼んだ『アライグマ』の誤解も解け、『かばん』には赤と緑、二つの羽根の揃った帽子が返された。


 そして、彼女らと協力して、『四神』の再配置を行おうという時だった。


『大量のサンドスター・ロウが放出されました 超大型セルリアンの出現が予想されます パークの非常事態につき お客様は直ちに避難してください』


 もはや限界だった。

 避難警告を発する『彼』のセンサーにもたらされている計測値は、危険域を遥かに超えていた。

 『彼』の人物データリストに『入園者』として仮登録されている『かばん』を、これ以上この島に留めておくことは許されなかった。


「ラッキーさん。僕は、お客様じゃないよ」


 発光部分を赤く点滅させ避難を強く促す『彼』に、『かばん』は告げた。

 諭すように。胸に秘めた決意を示すように。


「ここまで、皆にすごく、すごく、助けて貰ったんです。パークに何か起きてるなら、皆の為にできることを、したい」


『……』


 きっと、『彼』は壊れていた。


 凛とした顔で赤緑二つの羽根の揃った帽子を被る身姿が、『彼』の瞳に映り込んだ。

 それは、どこかとても、懐かしく、優しい面影で。

 それが引き金となったか、『彼』の中に眠っていた、旧いログが呼び起こされていた。


––かつて『ミライ』の口から語られた、一つの奇跡。

史上初の『セルリアン』の大量発生により、初めてパークが閉園の危機に追い込まれた時。

『ミライ』と『サーバル』が、何故か園内にいた記憶喪失の『入園者』と出会い、その人物の力を借り、力を合わせ、その人物と共に紡いだ絆で、迫る強大な危機を退けた話。


 その成果から、一時はジャパリパークの園長を任されることにまでなったという、その人物との奇跡を称え、『彼』には、一つの異例とも言うべき機能が託されていた。

 ……緊急事態において、十分な能力を持ち信頼できると判断されたヒトに対し、仮的にジャパリパーク関係者としての資格を与える、という機能が。


『わかったよ かばん 危なくなったら 必ず逃げてね かばんを 暫定パークガイドに設定 権限を付与』


 『サーバル』の後ろに付いて歩き、事あるごとに励まされていたにも関わらず、いつの間にか、逆に『サーバル』を励ましながら、その前を歩いていくようになっていた『かばん』。

 旅路の中で『彼』が対応できなかったトラブルを、己の発想と『フレンズ』達の力を借りて切り抜けてきた『かばん』。

 『彼』によって、パーク関係者リストにその名が登録されたこの瞬間こそが、脆弱な『入園者』に過ぎなかった『かばん』が、ついに、名実共に、『サーバル』や『彼』と同列以上の存在として……この『ジャパリパーク』の一員として、認められた事を、示していた。


 『かばん』の指揮と『彼』の助言、そして『アライグマ』たちの協力により、無事に『四神』の再配置は完了、不完全だったフィルターは張り直され、『サンドスター・ロウ』の発生は停止した。

 しかし既に、麓で『ヒグマ』達が相手にしていた巨大『セルリアン』は、最早『ハンター』の手に余るほどの存在と成り果てていた。


「作戦はこうです。今、黒セルリアンはこの辺り。その後、海まで誘導します」


 『かばん』に迷いはなかった。

 『ハンター』や『アライグマ』たちを集め、立ち上げた作戦。


「船に明かりで誘導して、足が乗ったところで沈めましょう」


 先程山頂で見つけていた、ここではない別の島。そこへの移動手段を捨てるという選択が、当然のように含まれていた。


「え、船?駄目だよかばんちゃん。だってかばんちゃん、だって、あれに乗って外へヒトを……」


「いいの、サーバルちゃん。そんな事より今は、皆とパークを。セルリアンを無事誘導できたら、僕とラッキーさんで船を動かします」


 あれほどに『かばん』との別れを惜しんでいた『サーバル』。

 彼女は、誰よりもその選択の重さを理解していた。

 だからこそ、『かばん』の作戦をそれ以上咎めなかった。

 『彼』も、もはや、止めはしなかった。


 作戦は、陽が落ちてから決行された。

 セルリアンは『輝き』に引き寄せられる。

 『ミライ』が遺していた映像記録から『かばん』が得た知識だ。

 その特性を利用し、図書館で料理の副賞として貰っていたマッチを使って松明を作り、海辺まで誘導しようというのだ。


「じゃあ、作戦開始〜!」


 日の落ちた闇の中。

 普段と変わらぬ『サーバル』の元気に溢れた掛け声に合わせ、発見時のように後部座席を切り離し、運転席部分のみとなった『ジャパリバス』のライトを点灯する。


 その『輝き』に惹かれ、ゆっくりと振り向く異貌は、夜よりも深い黒色で、余りに巨大だった。


「めちゃくちゃ見てるよ!」


「ラッキーさん!」


『わかった』


 動き出した巨大『セルリアン』の地響きがまだ近づきすぎないうちに、『ジャパリバス』を後方へ発進させた。

 追随するそれの動きは、あまりのスケールの違いに一見ゆっくりに見えるほどだった。


「来てる来てる!」


「じゃあ、距離を保ちつつ、麓まで行きましょう」


 出だしは順調といえた。

 ただ追いかけるに止まらず、自分の身体の一部を落としてきた『セルリアン』の攻撃を、『彼』は精密な運転操作で回避してみせた。

 バック走行でスピードを落とさず正確に車を運転する技術は、機械である『彼』だからこそ実現できる神技だった。


「ボスの運転は流石だね!」


『任せて』


 しかし直後、落ちていた木の枝がタイヤに挟まるというトラブルが発生。

 普段、前方を向いて走っている状態であれば、陥ることのない事態だった。


「うわぁ、ボス!?」


「ラッキーさん!?」


 ……『かばん』たちと出会った直後の『彼』ならば、予測不能の事態に対処できず、フリーズに陥っていた筈だった。

 しかし、予めインプットされたデータではない、形ある確かな経験の蓄積が、『彼』のAIを進歩させていた。


『パ……ッ、カーンッ!』


 咄嗟に自動操縦システムに自己判断をすべりこませ、耳でハンドルを物理操作し、挟まった枝を折って再び走り出すことに成功した。

 どのような意図をもってしてか、かつて幾度となく『ミライ』たちが放っていた口癖を放ちながら。


「ボス!今日はかっこいいね!」


「この調子です!船が見えれば後は……」


「えぇ、何……?」


 しかし、快進撃はそこまでだった。

 痺れを切らしたか、追いつけない巨大『セルリアン』が、その巨体を地面に叩きつけたのだ。


「うわあああああああああっ!?」


 直撃せずもその振動は圧倒的、あっさりとバスのハンドルは取られ、コントロールを失い、スリップしつつ木の幹にぶつかり横転してしまった。


「かばんちゃん!ボス!」


 車体から投げ出され、いち早く復帰した『サーバル』。

 彼女は『かばん』と『彼』を投げ飛ばし、『セルリアン』の攻撃から二人をかばい……そして、飲み込まれた。


「ううぅ……サーバルちゃんっ!」


「大丈夫か!?」


「サーバルちゃんが……サーバルちゃんが……」


 何が起きたか理解し、放心する『かばん』。

 策もなく『セルリアン』へ走り出そうとするのを『ヒグマ』に止められ、冷静さを取り戻した。


「セルリアンが船に近づく位置までいったら、ラッキーさん、船の明かりを点けて動かしましょう」


「ボスは私が持つ。お前は走れるな?」


「はい。バスが使えない今、この松明しかありません。一度しか使えない手ですから、急ぎましょう」


「確実に沈めるぞ」


『……あ』


……『彼』は、気付いていた。


「行くぞ!とりあえず、追いつかれないように距離を……あいつは!?」


 『ヒグマ』に追随することなく、黒い『セルリアン』に向き直る『かばん』。

 その表情は、『彼』のログの中にも刻まれた、『ミライ』が覚悟を決めた時にする、それと同じだったのだから。


(非常回線を起動、キョウシュウチホー内の全ラッキービーストに通達)


 小さくなってゆく背中を背後、『彼』は、莫大なサンドスターを消費する為に普段は使用できない、『彼』ら同士の間に繋がれたネットワークを利用して、情報を送信する。

 それが、今の『彼』にできる一番の行動だったのだから。


(火山・日の出港間にて、巨大セルリアンと遭遇。暫定パークガイド、フレンズと対処にあたるも失敗、フレンズ一名が被食。退避するも暫定パークガイドが残留、単独で対応中。只今をもって本事例を『ヒトの緊急事態』と判断。よって一時的に全ラッキービーストのフレンズへの干渉を許可。直ちに現在の作業を中断し、周囲のフレンズへの協力を要請せよ。繰り返す、直ちに現在の作業を中断し、周囲のフレンズへの協力を要請し……)


 緊急回線の使用に伴い消費されるサンドスターの光で、『彼』の目の周りが虹色に発光した。


(……かばんを、サーバルを。助けて)


 その様子は、『彼』を抱えている『ヒグマ』がそれに気付いていたなら……「泣いている」と。

 そう、表現していたのかもしれない。


 『彼』は、涙を流さない。


「起きたか?」


「私、セルリアンに食べられて……上手くいったんだね。ヒグマが助けてくれたの?」


「いや……」


「あれ?かばんちゃんは?」


 一度『彼』を港に置いて戻った『ヒグマ』。

 彼女が連れ帰ってきたのは、取り込まれていた筈の『サーバル』だった。

 『かばん』の姿は、なかった。


「貴女を助けて、食べられたって……」


 目覚めた『サーバル』へ、『キンシコウ』が答えた。

 戻ったら、倒れた『サーバル』と取り込まれた『かばん』がいた、と、『ヒグマ』が続けた。


「そんなぁ!もう一度行こう!かばんちゃんはすっごいんだよ、きっと大丈夫だよ!」


「これまで何度もセルリアンに食われてきた奴を見てきた。残念だが、切り替えろ……」


 経験を伴った、酷く重くのしかかる『ヒグマ』の言葉に、それでも諦めきれず、『サーバル』は『彼』に助けを求めた。

 『彼』が『フレンズ』と話さないとわかっていたのを忘れてしまうほどに、必死だった。


「ボスもなんとか言ってよ!あ、そっか、かばんちゃんがいないと……」


『サーバル ここはボクに任せて キミとヒグマは かばんを』


「ほら、ボスもこう言って……ボス!?」


『かばんが何とかなったら セルリアンをここに誘導して 作戦通り船に重心が乗ったところで転ばせるよ』


「わかった、でもどうしてお話してくれたの?」


『ヒトの緊急事態時のみ フレンズへの干渉が許可されているんだ 生態系の維持が 原則だからね』


 驚く『サーバル』へ、作戦と共に『彼』は伝えた。

 今まで話さなかった理由を。話せなかった理由を。

 その言葉は理解できずとも、意味する内容は理解できたのか、『サーバル』は『彼』を労いつつ、持ち前の元気を取り戻して駆けていく。


『彼』は、きっと壊れていた。


『サーバル』


 日の出が近い、一刻を争う事態にも関わらず、『彼』はその背中を呼び止めていた。


 きっと、もう。


 今しか、なかったから。


『三人での旅 楽しかったよ』


「当たり前じゃない!かばんちゃんを助けて、またいろんな所へ行くんだから!」


 この先にも、三人の旅が続くと信じて疑わない『サーバル』。

 見送る『彼』は、ただ、確実な成功の為に、作戦の内容を頭の中でシュミレートし続けた。


 ……『彼』は、きっと。


 作戦は上手くいった。

 『彼』の流した緊急通信は、しっかりと各地の『フレンズ』達に届いていた。

 『かばん』と『サーバル』と、『彼』の辿ってきた旅路が、紡いできた絆が、大きな力となって帰ってきたのだ。

 種の壁を超え、一つの『群れ』となった『フレンズ』たちの手で、無事に『かばん』は救い出された。


 ––そして。

 明かりを灯した船の上。『彼』は今、独り。

 手負いの黒いセルリアンと、向き合っていた。


 重さに耐えきれず悲鳴を上げる船を出航させる中、灯りに惹かれた黒い1つ目が、『彼』を捉えた。


 『彼』と同じように、生き物ではない何か。

 その瞳は、今の『彼』と違って酷く冷たく、そして虚しさを感じさせるものだった。

 まるで、昔の『彼』の、ようだった。


 ……船は、沖に出たところでついに限界を迎えた。

 その形が軋み、歪み、立てられていた松明の炎があちこちに引火。

 まるで水平線に沈む太陽のような、光の塊となって沈んで行く。

 黒い『セルリアン』と共に。『彼』と共に。


 海岸が、遠い。


「ボス!」


「ラッキーさーん!」


 熱でセンサーが誤作動を起こしたのか。

 あるいは熱の起こした陽炎か蜃気楼か。

 炎の壁の遥か向こうにいる筈の二人が、すぐそばに立って、『彼』に向かって呼びかけているような気がした。


『か…… サ……』


 話す対象がそこにいなければ、『彼』らは発言できない。

 それでも『彼』は、何かを、口にしようとして。


 暗い世界の中へと、落ちていった。


 ……『彼』は、理解していた。


 ボディは破損したが、完全防水機能のおかげで、コア部分は故障を逃れていた。

 しかし、それは逆に言えば、この暗い海の中を、サンドスターが残る限り、永遠に彷徨い続けるということだった。


 理解の上だった。

 こうして自分が海の藻屑と化すことも。

 それに、『かばん』がヒトではなく、『ヒトのフレンズ』だったことも。

自分がどうしてか、たとえその元の動物がヒトだったのだとしても、『フレンズに干渉してはならない』というルールを破ってしまった事も、理解の上だったのだ。

 ……だから、そんな壊れている『彼』にこそ、このような役回りが、回ってきたのだ。


 『彼』は、きっと。


「ねぇねぇラッキー!ラッキーったらー!」


「サーバルさん。そんなに必死に話しかけても、ラッキーはフレンズとはお話できないんですよ」


「そんなのずるいよーっ、ミライばっかりー!私もお話したーいっ!」


 ヒトであれば、「夢を見ている」と表現しただろうか。


 『彼』が最期に見た、『かばん』と『サーバル』、炎の中の二人の姿。

それがいつしか、いつかの二人、『ミライ』と『サーバル』に重なって。

 どうして今まで眠らせていたのだろうか。

 『彼』のずっと奥底に眠っていたログを、呼び戻していた。


「ごめんね、サーバルさん。でもラッキーは、それもお仕事だから……でも、もしかしたらきっと、いつかお話できるかもしれないですよ。機械だって、フレンズになれるんですから」


「タチコマさん達のことだよね!そっか、ラッキーもフレンズになれば、自由に私たちとお話できるんだねっ」


「ええ。タチコマさん達から教わった技術も元にして、この子は作られていますから……もしこの子がフレンズになった時は、お友達になってあげてね」


「うん?ミライさん。ラッキーは、もう友達だよ?」


「……ふふ。そうでしたね」


「うん!あー、お話できるのが楽しみだな!カラカルの事とか、セーバルの事とか、あの人の事とか!」


「えぇ、三人で、いっぱいお話しましょう。……でも、できれば先に、私がフレンズ化してみたいところですが!」


「また出た!あはははっ」


「ふふふふっ」


 いつかの夢。遠い日の想い。そんな幸せの詰まった、なんでもない日常の景色。

しかし、悲劇に襲われついぞ叶わなかった筈の願いは。

 喪われても、忘れられても、ついに『彼』によって、果たされていたのかもしれない。


 ––だから。


「あ……」


 ……声が聞こえた。

 もう、聞くことはないと思っていた。

 懐かしくて、優しくて、とても聞きなれた声が、届いていた。


「ボス……私たちの為に……」


「ラッキーさん……ラッキーさん……」


 ––だから、それは。


『おはよう かばん』


 ––それは、きっと奇跡だった。

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