彼は涙を流さない

@binzokomegane

彼は涙を流さない

『初めまして ボクは ラッキービーストだよ』


 『彼』の記録……もっとも古いログは、その一言から始まっている。

 即ち、『彼』が起動して初めて発した言葉だ。


 最初の記録の中で『彼』を迎え入れているのは、緑髪に眼鏡を掛けた快活そうなヒトの女性。

 登録されている園内関係者リストによれば、個体名を『ミライ』と言い、『彼』の発する機械音声の由来となった人物で、『彼』を所持する巨大複合施設『ジャパリパーク』に所属するパークガイドだ。


 『ミライ』は、動き出した『彼』にひどく感動し、興奮し、喜んで迎え入れた。

 そして、『彼』もまた、そうなのだと……この広いジャパリパークの中で、施設や動物、そして『フレンズ』たちを管理・世話し、入園者を案内して回る、パークガイドロボットとなるのだ、と、予めそのようにシステムがプログラミングされているにも関わらず、『ミライ』は『彼』に語ってみせていた。


 ログは、『彼』が『ミライ』の紹介で、『フレンズ』と出会う所へとつながっていく。

 『フレンズ』とは、『サンドスター』と呼ばれる正体不明の物質がぶつかることによってヒト化した動物であり、この『ジャパリパーク』内にのみ存在している。

 『ジャパリパーク』は、実質のところ『フレンズ』の保護・管理のために存在しているといってよく、『彼』が作られた理由もまた、半分は『フレンズ』の為である。


 『ミライ』と特によく行動を共にしていた『サーバル』は、非常に大きな耳を特徴に持つサーバルキャットの『フレンズ』で、とても快活で社交的な個体だった。

 ヒトに仕える機械であり、有事を除き『フレンズ』と会話する権限を与えられていない『彼』を『かわいい子』と称し、まるで友達を相手にするかのように接してきていた。


 それから、『彼』は『ミライ』たちと共にパーク内をめぐることとなった。

 その目的は二つ。


 一つは『彼』の試験運用テストで、このまま問題なくパークガイドロボとして運用できるようであれば、量産され、パーク全域に配備、入園者の案内から食料の生産、施設設備のメンテナンスまでを幅広く行っていく事になる。

 途中で防水機能が不完全であったことが判明したものの、それ以外に問題はなく、その点を修正した上で量産配備が行われることとなった。


 そして、もう一つは、パーク内に発生する『セルリアン』への対応だった。

『フレンズ』と同様にサンドスターによって発生するものの、基本的に意思疎通は不可能で、ヒトやフレンズの持つ『輝き』に引きつけられ、襲いかかる性質を持つ。

 『セルリアン』の存在により、パークは閉園状態へ追い込まれ、『ミライ』は『サーバル』をはじめとする『フレンズ』たちの力を借り、平和を取り戻す為に奔走していた。


 それから、『ミライ』たちの努力により、謎の多い『サンドスター』の性質は次第に明らかとなり、『フレンズ』や『セルリアン』の研究も進み、パークは再建へ向け順調に歩み続けていった。

 既に完成済みの遊園地や図書館、温泉は勿論、新たなアトラクションとなる巨大迷宮やロッジの建設も順調に進んでいた。


 しかしそんな最中、サンドスターを発する火山が、山の形状が変わるほどの大噴火を引き起こす。

 それに伴い、大量の『セルリアン』が発生し、地下迷宮をはじめとする幾つかのアトラクションは放棄され、地上でも、再生能力を有する超巨大『セルリアン』が誕生した。


 『ミライ』や『サーバル』たちは、パーク中の『フレンズ』を避難させる一方で、『セルリアン』を倒す為戦うことを選んだ。

 その特徴を調べ、再生能力の原因が火山から放出される『サンドスター・ロウ』であることを突き止めた。


 しかし、完全な撃退には至らなかった。


 政府による航空爆撃の決行に伴い、島内部の『フレンズ』は避難させられ、『ミライ』たちヒトもまた、パークを破棄し、去っていくことになった。


「ラッキー。留守をよろしくね」


『任せて』


「ごめんね。すぐ戻るから……あっ」


 『彼』の中の、ヒトの姿を映した最後のログ。

 そこには、パーク関係者であることを示すシンボルでもある羽根つき帽子が、風に舞って何処かへ飛んでいくのに気を取られる『ミライ』の様子が残っている。


 そうして、誰もがいなくなったジャパリパークには、『彼』らだけが残された。


 『彼』は、『ミライ』の残した命令に従い、待ち続けた。

 『彼』らが世話をする『フレンズ』たちを。訪れることのないヒトを。

 『彼』らと同じように残された、『彼』らに預けられた施設や設備を、可能な範囲で整備し続けながら。


 長い時を経て、『フレンズ』たちは姿を見せるようになった。

 火山の噴火で放出された『サンドスター』が、かつていた『フレンズ』や動物たちの残した体毛や羽根に反応したのだ。


 『フレンズ』たちの多くは、フレンズ化前の個体の記憶を持ってはいなかった。

 プログラミングされたアルゴリズムに従い、彼女らへ食料を製造し、提供を続けていると、自然と『ボス』と呼ばれ、親しまれるようになっていった。

 かつての記憶を持つ個体と、自力で知識を得た個体の中には、『彼』らを『ラッキービースト』と呼ぶ者もいた。それは僅かだった。


 『彼』らに興味を持ち、話しかける者もいた。

 『彼』は答えなかった。『フレンズ』への干渉は、原則として『彼』らには許可されていないからだ。

 フレンズのありのままを、彼女らの保護を行っている『彼』らが崩すことはあり得ない。

 平時『彼』らに唯一許されている干渉行為は、『フレンズ』への食料の提供だけだった。


 新たに生まれた『フレンズ』たちが『セルリアン』に襲われることもあったが、『彼』らは対応しなかった。

 『フレンズ』への干渉は、原則として『彼』らには許可されていないからだ。

 例え『セルリアン』に『フレンズ』が捕食されてしまうとしても、対セルリアン用の戦闘ロボットではない『彼』らは、ヒトの許可がなければ対応を許されないのだ。


 再び『フレンズ』が現れてから、さらなる歳月が流れた。

 まだ、ヒトは姿を表すことはなかった。


 ……『彼』はきっと、壊れていた。


 かつて防水機能が不完全な状態で雨に濡れたことがあったせいだろうか。それとも長くメンテナンスを受けないまま過ごしてきたせいか。

 或いは今朝。偶然にも『ミライ』が残した羽根つき帽子を、目撃していたからか。


 『彼』は、普段の定期管理巡回ルートを逸脱し、『サバンナチホー』から『ジャングルチホー』にまで移動していた。

 勿論、『彼』には不定期に普段とは異なるルートを調査するアルゴリズムもプログラミングされている。

 しかし、『チホー』、即ち特定の管理エリアを離れるような長距離移動は、ヒトの指示がない限り滅多に行わない行動だ。


 そのルートは、偶然にも『彼』が『ミライ』と旅した道を沿っているようで。

 まるで、いる筈のないヒトの残り香を求めているかのように、見えたかもしれなかった。


「ぎゃああああ〜っ!!」


「サーバルちゃ〜んっ!」


 『彼』の相棒であり、彼の一部とも言える最新型ジャパリバスが運行されている筈だったバス停の近く。

 そこでじっとログを整理していた『彼』の聴覚センサーがキャッチしたのは、懐かしく、しかし聞き覚えのない二つの叫び声と、長い時の中で風化した木の柱が倒れる音だった。


「びっくりした〜」


「気をつけようね……はっ」


 『彼』は、直ちに現場へ赴いた。

 巻き込まれた入園者がいないか、安全確認の為だ。たとえどれだけの間ヒトがパークに訪れていないとしても、『彼』らの行動プログラムは勝手に変わったりはしない。

 何時、何処であろうと、『彼』は直ちにパークガイドロボットとしての機能を発揮することができるようになっているのだ。


「サーバルちゃん、後ろ……!」


「……ボス!?」


そして、見た。


「え?」


「大丈夫、知り合いだよ」


 二人の姿がカメラアイに映されると同時に、センサー類が起動、測定データと内部データとの比較による識別が開始する。


 瞬時に二人のうち片方の解析は完了した。

 声質や細かな外見の差異から別個体であろうものの、ボス自身もかつてよく目にしていたサーバルキャットの『フレンズ』だ。


 問題は、もう片方だった。


(……『対象』の直立二足歩行を確認。よってフレンズまたはヒト)


 さらなる正確なデータを得る為に、『彼』は直ちに『対象』への接近・観察へ移行する。


「ボス、この子、なんの動物か分からないんだって住んでるところまで、一緒に案内し……」


(フレンズ化に伴う動物的特徴、外見より確認できず。該当データなし。よって『対象』から発せられるサンドスター濃度の測定を開始)


 話しかけてくる『サーバル』の声を無視し、『彼』は『対象』の識別を続ける。

 無論、『対象』の識別に作業リソースを全て割いていた訳ではなく、『フレンズ』に干渉できない為だ。

 そう、『彼』は極めて限定的な状況下を除き、『フレンズ』に話しかけることはできない。

 仮にここにいる『サーバル』が『ミライ』と共に行動していた同一個体だったとしても、『彼』は絶対に話しかけることはない。

 ありのままの生態系の維持こそが、有事を除き『彼』らの破ってはならない、絶対の原則なのだ。


(サンドスター濃度、測定完了。観測値確認。『対象』の識別を完了。推定––)


 だから。


『––初めまして ボクは ラッキービーストだよ』


 だから、『彼』はきっと、壊れていた。

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