第五十五楽曲 第二節

 3学期を迎えた備糸高校は、数日の登校で3年生は自由登校となる。そんな1月下旬の平日。昼間からゴッドロックカフェに古都が来た。バンドがオフのこの日、ギターは背負っているが創作なのか個人練習なのか、そこまでの目的ははっきりしていない。


「起きてたんだ?」

「うん」


 時刻は昼過ぎ。大和が既に1階のバックヤードにいたため、古都の最初の疑問だ。それに答えてからパソコンデスクの前に座る大和は質問を返した。


「自分で来たのか?」

「うん、電車で」

「……。危ないだろ? 連絡くれれば迎えに行ったのに」

「いいじゃん。いい加減そういうの、窮屈なんだよ。それに大好きなカレシのことを考えながら自分で来るのも楽しいじゃん?」

「……」


 危機感の薄さにジト目を向ける大和。しかし古都はそんな大和を意に介さず、背中からギグバッグを下した。そしてパソコンのデスクトップを見ると言う。


「あれ? 曲を作ったの?」

「うん……。詞はまだないけど……」


 大和の返事は歯切れが悪い。それに疑問も湧くが古都は続けた。


「依頼があったの?」

「違うよ」

「コンペ形式とか?」

「ううん。特に目的もなく作った。と言うか、本当は他の人が作った曲をソフトで立ち上げてみただけなんだ。だからまだ演奏もしてない」


 こういうことだから自分が作ったと言うことに抵抗があったのだ。しかし古都はそれを理解しつつも特段気にせず、質問を重ねた。


「へー、誰が作ったの?」

「僕の爺ちゃん」

「え? どういうこと?」

楽譜スコアが遺ってたのを僕がもらったんだ」

「聴きたい!」


 古都が目を輝かせた。そしてボックステーブルの椅子を引きずり、大和に擦り寄って彼の隣に座るのだ。


「動きにくいから、少し離れろよ?」

「カノジョからのスキンシップになんてこと言うんだよ?」


 すると途端に大和の右腕まで抱える古都。大和はマウスの操作もできず、ジト目は引かない。古都は片腕だけ離し、自分でマウスを操作した。


「お!」


 そして流れる楽曲。ソフトに楽譜スコアが入力されただけなので、リアリティーの低い電子音が響く。それでもイメージは掴める。それを耳にして古都は興味を示した。


「格好いい……」


 ワンコーラスほど聴いて古都が感嘆の声を上げた。それに薄っすら笑みを浮かべた大和は自分の所見を話した。


「だよね。僕も組み上げた曲を聴いてびっくりした」


 楽譜スコアを見ただけである程度はイメージできていた。しかし実際に楽曲を聴くとそのイメージを凌駕するほどの完成度の高さに驚いた。そして感性も素晴らしい。最初に聴いた時、大和からは鳥肌が止まらなかったほどだ。

 それはハードな楽曲にポップでメロディアスな歌なので、最初に楽譜スコアを見た時と同じ印象だ。それこそダイヤモンドハーレムが演奏しそうな楽曲であり、彼女たちの演奏しているイメージが大和の目に浮かぶ。

 すると古都が言った。


「なんか詞のイメージも湧く」

「ん? 本当?」

「うん。この曲は誰に提供するとか決まってないの?」

「うん」

「じゃぁ、ダイヤモンドハーレムにほしい」

「まぁ、いいけど」

「やった! それなら早速詞を書く」


 モチベーションを上げた古都に大和は微笑んだ。それならば大和は、更にダイヤモンドハーレムの演奏に合うよう修正を加えようと思う。古都はこのままパソコンデスクで作詞を始め、大和はボックステーブルに移動して編曲アレンジの見直しを始めた。

 その間、約2時間。感性の高い2人が集中すると時間はあっという間で、しかもたったこれだけの時間で曲の完成にも漕ぎつける。ドラムとキーボードこそ打ち込みだが、弦楽器は大和が演奏し、歌は古都が吹き込んでデモ音源を完成させた。


「……」

「……」


 その完成楽曲を聴き終わって2人は呆然とする。達成感が興奮を通り過ぎて思考が止まった。再生が終わった後も鳥肌は引かない。それほど自己満足できる楽曲となった。そんなしばしの呆然の後、古都が言った。


「すご……」

「だね……」

「詞はほぼほぼ完成だけど、これから状況に応じて修正をかける」

「うん。編曲アレンジもメンバーの演奏を見ながら修正はかける」


 大和の祖父が書いた曲ということで、古都はゴッドロックカフェをテーマに詞を書いた。音楽を愛する者たちが集う場を愛おしむことでメッセージが溢れてきた。ゴッドロックカフェで言うと常連客に、ダイヤモンドハーレムの影響があって時々出入りした備糸高校の生徒に対してだ。

 大和はそんな古都の詞に喜びを感じ、そして店への愛着を再確認した。もうすぐ自分の手からは離れてしまうが、常連客や店を引き継いでくれる杏里に対する愛情は、古都が代弁してくれたと思えるほどの詞だった。端的に言うと、曲と並ぶほど大和は詞に感動している。


 すると大和が立ち上がったので、古都もすかさず立ち上がった。そして大和に抱き着く。大和も古都の華奢な身体を抱きしめた。他に誰もいない昼下がりのバックヤードで2人は、引かない鳥肌を落ち着かせるように互いの体温を分け合った。


「とりあえず、書き溜めの曲ってことになるかな?」

「うん。なんなら、セカンドシングルにしたい」

「泉に出してみる?」

「うん。そうしたい」


 祖母を経由して祖父からもらった曲はダイヤモンドハーレムの曲になった。3年間一緒に走り続けたバンドだから、大和は彼女たちに演奏してもらうことこそ報われる。


 やがて大和は古都の肩に両手を添えて優しく引き剥がす。そして互いに見つめ合ったところで大和は言った。


「今日は個人練習?」


 今更この質問である。ナニカを期待していた古都はカクンと首が折れた。がっかりだ。


「ぶー」

「なんだよ?」

「別にぃ。まぁ、練習か創作を大和さんと一緒にしたいなって思って来たから、その目的は果たしてるけど」


 確かに作詞はした。しかしまだギターはギグバッグから出されておらず、演奏はしていない。


「じゃぁ、練習する?」

「……」


 すると途端にジト目を向ける古都。古都の両手は大和の腰に添えている。


「せっかくいい雰囲気だったのにそういうこと言う?」

「う……、じゃぁ、なにをするんだよ?」

「エッチしよ?」

「相変わらずストレートだな……」

「私18になったよ? もうそろそろいいんじゃない?」

「う……」


 ここで言葉も返せない大和。18歳になった古都を前に迷っている。しかし約束は高校卒業後であり、それはまだ迎えていない。とは言え迷っているのだから、大和の理性ももう限界だ。それでも大和は頭の中で必至に被りを振って自分を戒めるように言った。


「練習しよう。付き合うから」

「ぶー」


 結局は我慢をするのかと、肩を落として古都はギグバッグからテレキャスターを出した。セッティングをしながら答える古都の手際も3年目にして慣れたものだ。それを見てふと大和は思い出す。


「そう言えば、古都は新しいギター、ジャガーにしたんだって?」

「そうだよ」


 大和は一緒に東京で買い物をした時に、二手に分かれて唯に付き合っていたから、古都と美和の買い物は話に聞いているだけだ。


「美和はシェクターのカスタムだっけ?」

「うん」

「いつ届くの?」

「引っ越し後の3月。都内にしてもらった」

「そっか。もう部屋は決まったの?」

「うん」

「へー、どこ?」

「……。ん? まだ住所覚えてない」


 一瞬、間があったように思う大和だが、確かにそうか、と古都の返事に納得した。加えて事務所が既にメンバーの部屋を用意したことを理解する。地元ではストーカー事件などもあって大変な目にも遭ったが、大手の事務所が手配する部屋だから安心だろうと大和は思う。


「さ、やろう」

「うん」


 どうやら古都はセッティングが完了したようだ。これから開店準備が始まるまで2時間弱。大和は古都の練習に付き合った。

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