第五十二楽曲 第六節
備糸高校の昼休み。ダイヤモンドハーレムのメンバー全員がいるクラスに、1人の1年生の女子生徒がやってくる。彼女が教室の入り口に立つと、男女問わず3年1組の生徒が注目する。
「うお! 誰だ、あの子?」
「めっちゃかわいくない?」
かなり目を惹くようだ。まだあどけなさの残る顔立ちながら整っていて、肌は白くて綺麗だ。ぱっちりとした目に長いまつ毛。そして髪はサラサラ。端的に言うと美少女である。そんな教室内の騒ぎを察して古都がその1年生に気づいた。
「あ! 裕美!」
古都の妹、裕美である。古都は教室の入り口まで足早に向かった。
「お姉ちゃん、これ。お弁当」
「ありがとう。助かるよ」
既に備糸高校では美少女で有名な古都なので、彼女の妹だと会話からわかってクラスメイトは納得だ。それとともに姉妹揃って容姿に恵まれているからため息が出る。
「雲雀の妹かよ、納得」
「姉妹揃って美少女って、世の中不公平だよ」
「まぁ、まぁ。女から見ても癒されるからいいじゃん」
「確かに」
このクラスで予め裕美のことを知っていたのはダイヤモンドハーレムのメンバーと、ライブ会場で会ったことのあるジミィ君だけだ。それ以外のクラスメイトが例外なく皆、感嘆している。
とは言え、ほとんど毎日一緒に登校している姉妹だから、既に目をつけている校内の男子も多数いる。古都がカレシを作る気配も感じさせないのに、一向に振り向いてくれないから、その妹に鞍替えと言った魂胆だ。事実は、古都にカレシはいるが。
しかし裕美も古都同様、中学の時からモテる自覚はあるので、いちいち男に靡かない。と言うか裕美の場合、ツンツンしている割に姉のことが大好きなので、姉の姿を見て楽しんでいる。
ただ、古都が大和といい関係なのを知らず、未だに古都が一方的に大和を追いかけていると思っているので、それを見て楽しんでいるわけだ。そこに興味を示しているから、裕美は自身の恋愛に一切興味がないのである。
「それからお姉ちゃん。これも」
「ん? なにこれ?」
裕美が弁当箱と一緒に渡したのは紙袋だ。
「ダイヤモンドハーレムKOTO宛で家に届いた宅配」
「へ? なんでその宛名で家に荷物が届くのさ?」
「知らないよ」
そりゃ、裕美にわかるわけがない。古都が思うのは、バンドへの宅配なら今では事務所に届くのではないかということだ。無所属時代ならゴッドロックカフェが事務所とも言えるべき拠点だったので、その名残で今でも店に届くことなら考えられるが。
「今日も放課後はカフェで練習でしょ? バンド宛てだったからここに持って来たんだよ」
「ふーん。わかった」
とりあえず古都は裕美から紙袋も受け取って、教室の中へ戻った。
「なにそれ?」
するといつもダイヤモンドハーレムのメンバーが固まっている机の島で、既に弁当を広げた美和が問い掛ける。美和の目は古都の手に握られた紙袋に向いていた。
「なんかね、家に荷物が届いてたんだって。それが芸名宛てだったから裕美がここに持って来てくれたの」
そう答えながら古都も弁当を広げた。するとここで購買から戻って来た希も加わる。
「ん? 古都、荷物増えたわね」
「うん」
と答えてもう一度古都は紙袋の説明をした。
「何が入ってるの?」
「開けてみようか」
そう言って早速古都は紙袋から箱を取り出した。それはデパートの包装紙に包まれた箱で、宅配の送り状は古都の住所ながら確かに宛名が芸名だ。送り主の住所と氏名も書かれてはいるが、心当たりがない。ただ、個人のようだ。
「うおっ!」
「きゃっ!」
古都の感嘆の声に続き、唯が口元に手を当てて驚きを示した。美和も希も目を見開く。包装紙が破かれて顔を出したのは、箱に記載されたロゴだ。それは高級腕時計のメーカー名だった。恐る恐る古都は箱を開ける。
「すご……」
美和の声と共に4人が視認したのは、キラキラに光る腕時計だった。メーカーは箱のロゴのとおりで、間違いなく高級品の貴金属だ。しかし古都はすぐに箱の蓋を閉じた。
「あはは」
そして出るのは乾いた笑いである。他のメンバー3人は食事の手も進まず目が点になる。
「なんだろう? これ」
「なにって、腕時計」
当たり前の答えを示すのは希だ。そんなことはわかっている。古都の疑問の意味はどういう趣旨で届いた荷物なのかだ。
「これって、もしかしてファンからの贈り物?」
それに答えるように疑問を示したのは美和だ。薄々感じてはいたがはっきり言葉を耳にして、この場の誰もがそうだと理解する。
「あれ? それって手紙じゃない?」
すると唯が気づいた。それは破かれた包装紙にくっついていた。どうやら箱の下に据えられていたようで、唯が気づくまで誰も気づかなかったようだ。
「そうね。読んでみなよ? 古都」
希から促されて古都はその手紙を開封した。尤も糊付けはされていない封筒だったので、その中から出てきた真っ白な便箋を取り出しただけだ。
『KOTOへ。いつも元気を与えてくれてありがとう。KOTOが作る音楽が僕は大好き。その音楽を届けてくれる日頃の感謝をこめて、プレゼントを贈ります。受け取ってください』
送り状には送り主の名前が書かれていたものの、この手紙には名前が書かれていない。しかしこれほど高級なものが贈られて古都は困惑している。
「どうしよ……?」
「武村さんに相談してみたら?」
「そうだね」
美和の答えに納得して古都は早速武村と連絡を取った。すると武村から、事務所で処理をするから、事務所に転送するように指示された。それに古都は承諾してやっとこの日の昼食を取り始めたのだ。
「古都ちゃん、凄いね……」
すると同じく食事を始めた唯が言う。彼女の手にはスマートフォンも握られていて、SNSチェックをしていた。それを見て古都も思い出したように自身のスマートフォンでSNSを開く。
「ちょっと焦った。て言うか、困った」
「だよね……」
苦笑いを浮かべながら、SNSをチェックしながら、そして食事を進めながら答える唯は器用だ。尤もこの場の誰もがそれを同時進行でしているので、同じことが言えるのだが、これも芸能事務所に所属してから培われた能力だ。
「う……」
すると古都が苦虫を嚙み潰したような顔をする。他のメンバーの目は古都に向いた。
「この人か……」
「どういうこと?」
美和の疑問に古都は自身のスマートフォンを3人に向けた。
「う……」
すると美和も古都と同じような表情を見せる。
古都が示したのは自身の芸能アカウントのツイッターで、そのDMだ。そもそもDMはほとんど見ないし、見ても返信はしないのだが、なんとなく気になったので開いたのだ。それはいつも好意の文面をリプライで送って来るファンからで、だからこそ気になったわけだが、その内容に納得すると共にドン引きした。
『そろそろプレゼントは届きましたか? 大事にしてもらえると嬉しいです』
送り状の名前がツイッターのユーザー名とは違うからすぐには気づかないわけだ。すると希が危機感を募らせたような表情になる。普段からあまり表情に変化がない彼女なので、珍しくもある。
「古都の住所に送ってきたってことが引っかかるわね」
「あぁ、やっぱり?」
「うん。ファンからの贈り物なんだから事務所に送るべきよ。そして古都は住所を知られてる。危ない人ね」
これには皆納得のようで、古都は肩を落とし、美和と唯は不安そうな表情を見せた。ファンは大事にしたい。だから突き放すことも悪く言うことも憚られる。しかしこれはちょっと行き過ぎた行為だと思うので、ドン引きしている。
「どうしようか?」
「まぁ、今日の練習の後にでも武村さんに相談したら? それか送迎の時に杏里さんに言って、杏里さんから武村さんに言ってもらうか」
「だね。そうする」
と言うことで、後者の流れから古都は杏里経由で事務所に相談し、今後その人物からの宅配や手紙が届いたら、開封せず事務所に転送するよう指示された。
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