第五十楽曲 第一節

 不幸や絶望。どんなに最悪なことが起こっても一筋縄では倒れない。それが雲雀古都だ。そして彼女についていくのが、他のダイヤモンドハーレムのメンバー3人だ。


 タローの見舞いに来た日は東京での対バンライブを控えたその前日で、病院を後にしてからメンバーは4人だけでジャパニカングループに赴いた。アポイントは取っていなかったが、マネージャーの武村はなんとか都合をつけた。

 男性陣は各々仕事があるため地元に帰った。契約社員でもある杏里は、社内で事務方と打ち合わせのため別室だ。

 もうあと数日でダイヤモンドハーレムはジャパニカン芸能のマネージング契約が始まる。9月以降の活動に関することは事務所を通さなくてはならない。


 1対4で机を挟んだ小会議室。そこで古都が言う。


「武村さん、こないだギグボックスでやったワンマンの時に見かけたポスター覚えてますか?」

「あぁ、はい。ドラッグ撲滅フェスのポスターですね」


 武村は古都の言葉で最近の記憶を蘇らせる。話題のポスターはドラッグ撲滅フェスでチャリティーイベントだ。賛同するバンドが数組集まって、収益を然るべき団体に寄付するというものだった。

 凛とした佇まいの武村はいつもどおりと言えばそうなのだが、既に怜音が起こした事故のことは業界を通じて知っていて、ここまでやってきた4人を思いやる。ジャパニカングループからしたら他事務所の怜音も、解散したばかりの当時インディーズバンドのタローも関係者ではない。しかし同じ業界の人間として他人事だとも思えない。


「私たち、そのフェスに出られませんか?」

「それは無理です」

「なんで!?」

「あのフェスは古都さんが興味を持ったのを知っていたので私の方でも調べてみました。しかしもう出演者が出揃っていて、タイムテーブルを組むうえでブッキングは叶いません」

「じゃぁ!」


 力強く声を発した古都。彼女がこのくらいで引くわけがない。その目力は決意に満ちており、それは唯も希も、果ては病院で取り乱した美和も今や気持ちを入れ替えており同じだった。


「私たちが主催でそのフェスを開催したいです」

「なにを……」


 バカなことを、と続きそうになった武村の言葉は止まった。彼女たちが指導を受けている大和。彼の元バンドのメンバーが事故を起こした。それはまだ断定されていないものの、覚せい剤の後遺症が原因であることは揺るがないだろう。そんな彼女たちがドラッグ撲滅に向けた活動をしたいと主張しているのだ。気持ちはわかった。


「フェスと言っても、箱はどうするんですか? せめて千人規模の会場はほしいです」

「それを手配してほしいです」


 確かにそれは事務所の仕事だと納得する一方、武村に懸念事項は多々ある。


「例え箱を押さえられたとしても、あなたたちでは埋められませんね」

「だからフェスにして出演バンドを募るんです」

「この種のフェスはチャリティーだからノーギャラですよ? それでも出てくれるバンドが果たしているのか……」

「もちろんそこまで事務所任せにはしません。私たちからも積極的に声をかけます」

「知名度の低いアーティストを集めても、今度はオーディエンスが集まりません。オーディエンスが集まらなければ、当日の募金だって集まりません」

「それでもやります」


 しばし古都と武村の間で睨み合いとも言えるような無言の時が流れる。他の3人のメンバーも強い意志をその表情に浮かべる。そんな時間を経て武村が言った。


「厳しいことを言うようですが、ちょっと安直ではないですか?」

「どういうことですか?」


 課題が山積みなのは理解していた。だから事務所を頼っているし、そもそも事務所を通さないわけにはいかない。しかし武村の言葉はメンバーの行動そのものを否定するようで、メンバーはそれが腑に落ちない。


「タローさんの事故がきっかけですよね?」

「はい、そうです」

「あの事故でクラウディソニックを追い始めたマスコミもいます。あなた達は覚せい剤で騒ぎを起こした彼らの妹分だと世間に認識されつつあります。それに、事故につけこんでフェスを開催するのは、被害者家族の気持ちを逆撫でしませんか?」

「つけこんでって……」

「あなたたちに正当な理由とそれに見合う気持ちがあったとしても、ご家族が理解を示すかどうかは別問題です。いくらチャリティーだからと言って、売名行為だと言われてしまえばご家族からの心象は悪くなりますし、こちらのイメージも良くはありません」


 イメージ商売だからこその懸念である。そこまで予測が立てられていなかった美和と唯は肩を落とした。しかし古都と希は怯まない。古都は言葉を続けた。


「元クラソニのメンバーは誰も面会を認めてもらえなかったんです」

「菱神さんや響輝さん、柿倉さんもですか?」

「はい」


 そんなことになっていたとは知らなかったが、意外だとは思わないので武村は然して驚かない。被害者家族の心境を思えば理解はできる。


「タローさんの奥さんに言われたんです」


 それは美和が取り乱して、唯と一緒にタローの病室を出た後だった。病室に残ったのは古都と希とツヨシだ。そこは個室でメンバーの印象とは程遠い姿のタローが眠っていた。タローは頭に包帯が巻かれ、体中がギブスで固定されていた。機器に繋がれたコードが痛々しく見え、その機器から発せられる電子音は淡白で事務的に聞こえた。

 その脇には憔悴しきった女が1人おり、彼女がタローの嫁であるとメンバーはすぐにわかった。妊娠していると聞いているが、それほど腹の膨らみは認識できない。タローの嫁は立ち上がることもできず、沈痛な面持ちで丸椅子に座ったままだ。

 そこで見舞いの花を渡し、一言二言あいさつ程度の言葉を交わした後だった。タローの嫁の様子は相変わらずだが、彼女が言ったのだ。


「私はクラソニを恨む」


 その言葉に古都も希も、果てはツヨシも顔を俯けることしかできなかった。潔白の元メンバーだっているのだから庇いたい。しかし返す言葉もない。これが被害者家族の心情だと痛感した。

 するとタローの嫁は嗚咽を漏らし始め、言葉を続けるのだ。


「なんで私たちがこんな目に……。幸せになるはずだったのに。これからどうやって生活していったらいいのかもわからない。こんな思いをするのはたくさん。綺麗事じゃない。こんな不幸は私たちだけで最後にして」


 泣きながらはっきりそう言ったタローの嫁の姿に、古都も希もツヨシも胸が痛んだ。しかしこれも彼女が言うように綺麗事ではなく、被害者家族の思いなのだと痛感した。だから古都は言った。


「私たち、ドラッグ撲滅フェスに出ます」

「そんなのになんの意味があるのよ!」


 空調の音と機械音が鳴り響く淡白な病室で、タローの嫁の怒声が響いた。そこに彼女の無念が滲み出ていた。


「もしかしたら私たちにできることって小さなことかもしれません。それこそ綺麗事だと思います。それでも何も動かなければ何も始まらない。偽善でもいい。偽善だってどこかで誰かの役に立つと信じたいから」


 タローの嫁はこれに言葉を返すこともなく、ただ嗚咽を届けた。

 そしてしばらくして古都と希が病室を後にしようと頭を下げた後だった。


「ダイヤモンドハーレムのKOTOちゃん……よね?」

「はい」


 一度は向けた背中越しに振り返って古都は返事をする。入室一番自己紹介はしていたが、これは引き留めるための言葉であり、確認の意味すらもない。古都はそれを理解して体ごとタローの嫁に向いた。タローの嫁は目を腫らした状態で古都を見据えていた。


「タローが言ってた。あなたたちは絶対に大きくなるって。だから期待してるし、あなたたちなら元クラソニの負の遺産も払しょくするだろうって」

「もちろんです」

「タローは特にあなたの作る曲に期待をしてた。だから見せて。あなたたちの姿勢を。私に証明して。あなたたちの可能性を」

「わかりました。認めてもらえた暁には、大和さんと響輝さんと泰雅さんと杏里さんの面会も許してくれますか?」

「わかった。私を納得させたらそれも認める」

「自信があります。期待しててください。失礼します」


 そんな面会であった。その話を聞いた武村が言う。


「わかりました。会社へは私が責任をもって話を通します。そのうえで事務所は全面バックアップをします」

「と言うことは……」


 古都の期待に武村は頼もしい笑顔を向けて答えた。


「やりましょう。ドラッグ撲滅フェス」


 この後小会議室に、メンバーの気合のこもった歓声が響いた。

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