第四十九楽曲 第一節
ワンマンライブ当日。ゴッドロックカフェでジャパニカン芸能のミニバンに楽器を積み込むのはダイヤモンドハーレムのメンバーと大和と杏里だ。
杏里はマネージャーとしての付き添いだが、この日は大和も同行である。高校生ガールズバンドなので、若年層のファンも多い。そのため、開演時間は早めに設定しており、終わってからゴッドロックカフェに戻って来ても、大和は営業開始に間に合うのだ。
「大和さん、なんでそんなに楽器を積み込むの?」
メンバー各々の楽器を積み込んでからも更に、大和が自身の所有物のギターやベースを積み込むので古都が首を傾げた。
「予備だよ」
「予備?」
「うん。ワンマンだと曲数も多くて持ち時間が長いから、対バンライブと同じってわけにはいかないんだ」
「ふーん。よくわかんないけど、わかった」
つまりわかっていない。しかし大和は気にすることもなく荷積みを済ませた。そして助手席のドアに手をかけた時だった。
「ちょっと、大和?」
杏里が咎めるような口調で大和を見る。
「なんだよ?」
「私が運転?」
「当たり前だろ? 今日、報酬が発生して付き添いをするのは杏里なんだから」
「ケチ」
ぷくっと頬を膨らませた杏里は運転席に回った。大分運転に慣れてはきたが好きではないし、まだ得意とは言えないのでハンドルを握るのが億劫なようだ。やれやれと思いながら大和が助手席のドアを開けようとした時だった。
「大和さんはこっち」
古都から腕を引かれた。途端に怪訝な表情を見せる大和だが、反対側からは美和が押す。
「今日の助手席は唯です」
「は? ちょ、ちょ、ちょ……」
大和は古都に腕を引かれ、美和から押されてセカンドシートに詰め込まれた。視界の端には助手席に乗り込む唯の姿が映った。
「さぁ、出発よ」
その声はサードシートから聞こえた。希だ。
希は既にサードシートの中央に腰かけていて、セカンドシートに身を乗り出している。大和の両側は古都と美和だ。思わず大和の表情は強張る。肉食系の3人から完全に包囲されてしまった。
「うはっ!」
発進した車内で杏里が時々ルームミラーを見る。その隣で唯が「あはは」と乾いた笑みを浮かべていた。
「ちょ! ちょ! 止めっ!」
「はぁ……」
前列ではとうとう杏里が深いため息を吐いた。この座席配置の意図が漸くわかったようだ。唯は最初からわかっていたから苦笑いだ。
大和は両脇と背後から密着状態で多種多様な口撃を受けていた。車内で暴れるわけにもいかず、それでもなんとか身をよじって抵抗している。
「後部座席を遮るカーテンが欲しいね」
「あはは。そうですね」
前列ではこんな会話が繰り広げられる。浮かれた女子たちにほとほと呆れていた。
そんな賑やかな移動を経て、昼過ぎには本間が店主を務めるライブハウス、クラブギグボックスに到着した。
「おう! 大和」
「こんにちは、本間さん」
大和と本間が健やかに挨拶を交わす。その場には杏里もいて、彼女は愛想良くニコニコしていた。
一方、ダイヤモンドハーレムのメンバーは着替えのために、すぐさま控室に身を入れた。
「う……、お疲れ様です」
最初に入室した古都が思わず後退る。それに続いて入室して来た他のメンバーも挨拶は口にするが表情が引き攣った。すると腕を組んで室内で待っていた女が低い声で挨拶を口にした。
「お疲れ様です」
「お早いご到着ですね、武村さん」
適当な雑談でもと思い古都は話しかけたがその女は微動だにせず、表情も変えずにメンバーを見据える。照明の光が反射して彼女の眼鏡が光るのでそれがまた不気味で威圧的だ。
そう、彼女は本来のマネージャーであるジャパニカン芸能の武村だ。この日のワンマンライブのために東京から新幹線でやって来て、新幹線を降りた後は地下鉄を使いメンバーより先に到着していたのだ。
「皆さん、まずはそこにお並びなさい」
入室一番そんなことを言われるので、メンバーはピリッとして横一列に並んだ。絶対に説教だ。しかし心当たりはない。けど説教に決まっている。そんなことが脳内を周回する。
「芸能人の自覚を持つようにと言いましたよね?」
「はい、聞いてます。けど、私たち何かマズいことしました……?」
ギロッ。
「ひっ!」
古都の質問に武村が鋭い眼光を向けるので、思わず古都の肩に力が入った。もちろん美和も唯も同様だ。因みに希は無心だ。
「浮かれてさっきの移動中に菱神さんにベタベタしたのは誰ですか?」
温度を無くした声色に背筋が凍る思いだ。希以外のメンバーはどうにも武村が苦手のようである。しかしだ。古都が恐る恐る問う。
「な、なんでそのことを……?」
「柿倉さんからしっかり連絡を貰ってます!」
武村の言い方が強くなった。そしてビシッとスマートフォンの液晶画面をメンバーに向けた。そこには移動中の車内の様子を告げ口した杏里から武村へのメッセージが示されていた。時刻的にどうやら途中コンビニに寄り道をしたタイミングのようだ。
「杏里さん……裏切ったな……」
「希さん!」
すかさず武村が強い口調で制するので希は口を噤んだ。そもそも杏里は裏切ったのではなく、マネージャーの自覚があり、且つ、後部座席の浮かれた様が迷惑だったのだ。だからここぞとばかりの告げ口である。
「て言うか、走行中の車内でも問題ですか……?」
すると古都が更なる疑問を口にする。相変わらず武村は冷ややかな視線を向けた。
「当たり前です!」
「窓のカーテンは引いてイチャイチャしましたよぉ」
「正面からは丸見えです!」
「確かに……。けど、唯は無罪ですよ?」
すると途端に顔を真っ赤にした武村。
「まだ言うんですか!」
さすがに限界値を超えたのか武村の怒鳴り声が控室に響いた。古都、美和、唯は然ることながら、これには希も肩をビクッとさせた。
「4人で謀って配置した座席でしょうが!? 別れさせますよ!?」
「すいませんでした……」
『すいませんでした……』
「以後気を付けます」
「ふんっ……、ふんっ……。わかればいいです」
鼻息を荒くした武村からの説教は終わった。まだまだ芸能人の自覚を持つには教育が必要なようだ。
そんな興奮冷めやらない武村は控室を出て大和と杏里のもとへ行った。照明が灯って視界が確保されているライブハウスのホールで3人は対面する。
「菱神さん、柿倉さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
内容までは聞こえていなかったが、先ほどまで控室が騒々しかったのは理解している大和と杏里。だから武村が既に到着していることは把握していた。その武村はいきなり本題に入る。
「考えて頂けましたか?」
「はい」
返事は大和がした。そして彼は答える。
「この夏、僕の両親とも杏里の両親とも話して、理解を貰えました」
「そうですか!」
武村の表情がぱっと明るくなった。大和も杏里もどこか吹っ切れたような穏やかな笑顔で、大和がそのまま続けた。
「お盆には爺ちゃんの墓参りにも2人で行って来て、報告も済ませました」
「安心しました。それでは今後のことは当社が全面バックアップをします」
「はい。よろしくお願いします」
大和と杏里と武村はこのままホールで立ち話をしながら打合せを進めた。すると着替えを済ませたダイヤモンドハーレムのメンバーが合流する。
「着替えたよー!」
元気に声をかけたのは古都だ。ただ着替えと言っても白と黒が同調してグレーに見える涼し気なセーラー服ではない。リハーサルのためのスポーツウェアだ。汗をかくからリハーサルではこの格好である。古都は先ほど怒られたのもどこ吹く風で、これからのステージに胸が弾んでいた。
「それじゃぁ、リハーサルを始めようか?」
「オッケー!」
古都が返事をしたところで本間も合流し、ダイヤモンドハーレム初となるワンマンライブのリハーサルが始まった。
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