第四十七楽曲 第二節

 部屋で映画鑑賞が終わった頃、そろそろ練習のためにメンバーが集まり始める時間だということで、大和と唯は店に下りた。如何せん草食系の2人だ。部屋では仲良くソファーで肩を並べて、ただDVDを観ただけである。


 唯が店の小さなステージでセッティングを始めると、メンバーは杏里に連れられてすぐに来た。


「唯、もしかして抜け駆け?」


 すると途端に古都がジト目を向ける。杏里に送迎はいらないと言っていたわけだから、唯が先に来ていたことは皆把握している。古都からそんなことを言われて唯は慌てた。


「ち、違うよ」

「じゃぁ、さっきまで何してたの?」

「えっと、映画鑑賞……かな?」

「なぬっ! デート?」

「あ、いや。映画館に行ってたわけじゃないよ。大和さんのお部屋で一緒に観てた」

「はっ!? 自宅デートだと!?」

「むむむ!」


 すると希が古都と唯に寄って来た。この女、ツインペダルをセットしただけで、まだスネアのセットも終わっていない。美和も興味深げに様子を窺っているが、一方大和はホールの円卓で杏里と話をしていて、目も耳も向けてはいない。


「唯、抜け駆けよ?」

「違うよ、のんちゃん。一緒に編曲アレンジをすることになったから」


 オロオロと答える唯だが、そもそも古都と希の方こそ普段の行いが抜け駆けだ。どの口で言っているのだか。


「それがなんで映画鑑賞なのよ?」

「えっと、編曲アレンジは営業後にやれればいいって話になって……」

「むむ! と言うことはお泊り?」


 それに対して顔を真っ赤にした唯が俯き加減で首肯した。すると今まで咎めていたはずの古都と希がニンマリと笑う。とうとう美和まで締まりのない表情で輪に加わった。そんなメンバーに囲まれて、唯は古都から言われるのだ。


「唯、大和さんを誘惑して」

「はっ! 無理! 無理!」


 目をギュッと瞑って顔の前で勢いよく手を振る唯だが、他の3人は相変わらずの表情だ。興味津々で、かなり本気で言っている。


「この中で18歳なのは唯だけなんだよ? 早く大和さんの中に眠ってる狼さんを解放してあげな? そうしたら私たちが続けるから」

「いや、いや。私が先陣を切るなんて無理だよぉ……」


 この女子たち、大和や武村から言われた注意事項を完全に度外視している。すると希も言うのだ。


「無理じゃないわ。唯には武器があるんだから」

「ぶ、武器……?」

「そうよ。これよ」


 むにゅ。


「きゃんっ!」


 途端に唯は腰を屈めて両腕で胸を抱える。


「頼んだわ、唯」

「頼むよ、唯」


 むにゅ。


「きゃんっ!」

「お願いね、唯」


 むにゅ。


「きゃんっ!」


 古都も美和も唯の抵抗をかいくぐってその柔らかさを堪能すると、メンバーは各々の配置に就いた。そしてセッティングを終わらせるとこの日の練習が始まった。


 練習後は大和と唯がバックヤードにこもったわけだが、他のメンバー3人もそれに付き合った。いや、付き合うと言うか2人の様子を凝視する。


「な、なに?」

「ぐふふ。気にしないで続けて」

「いや、気になるんだけど……」

「いいから、いいから」


 古都と引き攣った表情の大和がそんな会話を交わす。大和と唯は4人掛けのボックステーブルで編曲アレンジを進めている。大和はギターを抱え、唯はキーボードを弾く。唯もメンバーが気になって集中できない。

 一方メンバーは、ボックステーブルの椅子とPCデスクの椅子をそれぞれ使って微笑ましく2人を見ていた。何を期待しているのだか、この肉食系3人は。

 するとガチャッとドアを開けて杏里が入室して来た。


「こら。手伝うんじゃないなら邪魔しないの」

「別に邪魔なんてしてないよ」


 杏里の苦言にすかさず古都が反論を示すが、この様子を見て杏里はしっかり悟っている。


「まったく。唯以外の3人はステージで自主練しな?」

「えぇぇぇ」

「マネージャー命令よ」

「ちぇ……。はーい」


 杏里はジャパニカン芸能の業務中のため、ゴッドロックカフェの開店準備などは手伝ってやれない。所謂メンバーのお守りだ。そんな杏里から言われて唯以外のメンバーはトボトボと立ち上がり、ステージに向かった。


「はぁ……」

「あはは」


 ドッと疲れたように大和が息を吐くと、唯が乾いた笑いを浮かべた。大和は呆れ顔でもある。


「とりあえず、進めようか?」

「そうですね」


 この後は順調に創作を進められた。と言うか、今までは他のメンバーが気になっていたので、ほとんど進んでいなかった。それがやっと大和が唯に具体的なイメージを口頭で伝え、唯がそれをキーボードで表現して、それをもとに大和がギターのリフを構築した。

 この時の作業は小一時間ほどで、とりあえずと言った感じの1パターンができた。まだイントロのリフだけだが、これこそが曲中のベースになる。


 大和はギターを置くと開店準備を始めた。杏里は自主練をしているメンバーの付き添いで、唯はバックヤードに残って編曲アレンジの継続だ。

 この日は週末なので開店後は多くの常連客が続々とやって来た。ダイヤモンドハーレムのメンバーはおっさんたちに囲まれ、前日のライブの感想を聞かされ、そしてビリビリロックフェスで発表された芸能事務所所属の話題が花咲いた。常連客はずっと応援してきた目に入れても痛くないほどのガールズバンドの躍進に、うまい酒を堪能した。


「うおっ! 勝!」


 すると1人の常連客が、入り口を潜った勝に気づいて興奮したように声を張る。それが皆の注目を集めた。


「こ、こんばん――」

「こんばんは! 昨日はどうも!」


 勝の挨拶をかき消して元気に挨拶をしたのは、勝が連れている彼の同僚の女で高田だ。昨日のライブとは服装が違うが、これはホテルを出てから勝が買ってあげたものである。勝の服装は変わっておらず、つまりこの2人、まだ家に帰っていない。

 すると希が2人の間に割って入り、その2人の腕を抱える。


「お兄ちゃん、高田さんと寝たの?」

「……」


 首を傾げて素朴な表情で問い掛ける希に勝は何も言い返せない。初めて我が妹の魔性を感じるほどだ。昨晩の希の陰謀はからいは既に高田から聞いて知っている。内心で勝はがっくりと項垂れるが、それを表に出さないので希は高田を向いた。


「えへへん」


 すると高田はピースサインをして満面の笑みを浮かべた。常連客もダイヤモンドハーレムのメンバーもニマニマしてこの3人を見守る。すると希がにっこり笑って言った。


「これからよろしくね? お義姉さん」

「うん。よろしくね、希ちゃん」

「なっ! おね――」

『うおー!』


 お義姉さんはさすがに話が飛躍し過ぎだと口を挟もうとした勝だが、常連客が盛り上がってしまい、その声は場に飲まれてしまった。

 唯一事情を知らなかったのは大和だが、カウンター席で飲んでいる杏里に顔を寄せて昨晩のライブのことを聞き、それが希の言動と繋がって周囲と同じく冷やかしの笑みを浮かべた。因みに杏里はメンバーの送迎という業務が残っているためノンアルコールだ。


 すると大和が酒のボトルを1本出す。


「勝さん、これ僕からのお祝いです」


 すると途端にキリッと大和を睨む勝。ここぞとばかりにしゃしゃり出てくる憎き妹のカレシに殺意が湧く。


「やっと二日酔いが収まったとこだよ」

「ははは。それじゃぁ、カノジョさんに」

「わぁ! ありがとうございます」


 高田は喜んで大和から出された酒を受け取った。勝は「はぁ……」とため息を吐くが、まだ自分の腕を抱えている希が勝の耳元で声を潜めて言う。


「これでもうお互い様ね。私はいつでも大和さんとよろしくするから」

「ぐぅ――」


 ――の音も出ない勝。これを言われるのが実に嫌だった。とうとう希に大和の魔の手が迫る。我慢ならないのに、結局我慢するしかなかった。


 そんな賑やかな営業を終えて店は閉店を迎え、大和は手早く片づけを済ませると2階の自宅に上がった。すると約束どおり唯が食事を作って待ってくれていた。


「すげっ! 美味しそう」

「えへへ。本当に美味しくできているといいんですけど」

「いただきまーす!」


 温かい食事に温かい時間を過ごした大和は疲れも吹き飛び、食後は唯を連れてバックヤードに戻った。そして夕方と同じやり方で編曲アレンジを進め、数パターンのリフを用意した。順調に曲作りが進んでいて大和も唯も満足気で、明け方に2人は眠った。この2人の場合、律儀に寝室は別だが。

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