第四十三楽曲 第二節

 放課後。古都は一度帰ってからアルバイトに行く。その古都の御付きは末広バンドのラッパー裕司と古都のクラスメイトのジミィ君こと山路充だ。ジミィ君は古都と放課後を過ごせることにそれはもう嬉しそうだった。


「とりあえず、ストーキングまでしてる奴はいないっすね」


 裕司の言葉に納得しつつ古都は安堵もする。下校時の校門は登校時よりも外部の人間が増えていた。完全に有名人だ。セキュリティーの薄い公立高校に押し掛けられてげんなりするものである。しかし後を追う輩までは見当たらないので安堵した。


 やがて古都の家が見えて来たところで古都は言う。


「君はもうここまででいいよ」

「裕司っす」

「覚えた。ラッパー君」

「……」


 名前を呼んでもらえず寂しそうな顔をする裕司である。ただそれはいいとして、彼は食い下がる。


「もう家、近いんすか?」

「うん。だから君はもうここでいいよ」

「裕司っす」

「わかった。ラッパー君」

「……。こちらの先輩は?」

「ジミィ君はもうちょっと付き合って?」

「うん! もちろんだよ!」


 それはもう嬉しそうに顔を綻ばせるジミィ君である。裕司は肩を落としてとぼとぼと帰って行った。信用度の差が出たようだ。

 裕司の姿が見えなくなると古都とジミィ君は歩き出し、すぐに家の前まで到着した。


「バイト先まで送ってくれる?」

「もちろん!」

「すぐ着替えて来るからここで待ってて」

「わかった」


 やがて古都は自宅でラフな格好に着替えると、外に出てジミィ君と再合流する。


「本当は家で待ってもらうべきなんだけど、ごめんね」

「いいよ、気にするな」


 古都の自宅に足を踏み入れた日にはこの男、卒倒するであろう。古都も今やカレシがいるので気軽に男を自宅に上げられない。と言うか、それなら希が言った男子と2人で外を歩くべきではない話はどうなった? つまり安パイのジミィ君は役得だ。


「ジミィ君は私のバイト先も知ってるからお願いね」

「あぁ! 行こう!」


 ここからそれほど遠い場所ではない古都のアルバイト先まで、2人は肩を並べて歩き始めた。この時に気づく。


「さっきまではいないと思ってたけど、ついて来てる人いるな?」

「あ、やっぱりそうだよね……」


 男子が2人いる時まではうまく隠れていたようだ。裕司を帰してしまったのは失敗だっただろうか? そんな不安も過るが、物騒なこともなく2人は古都のアルバイト先であるファミリーレストランに到着した。


「ありがとう」

「いや。お安い御用だよ」


 満面の笑みで礼を言う古都に顔を真っ赤にするジミィ君である。


 この後古都は出勤を果たしたわけだが、追っかけは店の中まで入って来た。数組いる。単身もいるようだ。

 しかし古都は持ち場が厨房である。アルバイトを始めてわずか1日で異動させられてからそのままだ。その割には家事力が伸びない古都である。簡単な作業しかしていないからであるが。古都を見られないので追っかけたちはものの数十分で店を後にした。


 別行動の美和と唯と希。彼女たちは途中まで行先が同じである。こんな騒ぎになったのでまとまって下校をした。御付きは美和に末広バンドのギター巧と学園祭でお馴染みの漫才コンビの片割れ。唯には末広バンドのベース譲二と漫才コンビのもう片割れだ。


「ひっ……!」

「そんなに怯えないでください……」

「そうだよ、木虎。ガタイはいいし顔はいかついけど、話してみるといい奴だぞ」


 唯を励ます漫才コンビの片割れだが、譲二としては半分貶されているので複雑だ。風貌がいかついのは彼のコンプレックスである。それでも常識人で気遣いのできる譲二だから、唯の自転車は彼が押している。

 唯は学校最寄りの駅に自転車を置いて電車に乗る。ゴッドロックカフェの最寄りでもある備糸駅からほど近い喫茶店がアルバイト先だ。

 美和はその備糸駅を1駅過ぎたところが自宅の最寄り駅であり、自宅近くのコンビニがアルバイト先だ。美和からすれば幼馴染の正樹こそこういう時に頼りになるのだが、彼には部活があるし、そもそももう頼れない間柄なのでその気持ちは出さない。


「ひっ……!」


 そして怯える人物がもう1人。末広バンドのギターボーカル健吾である。自身の前方を歩く長身の男が肩越しに時々振り返るので恐ろしい。希とその男が並ぶと正に凸凹コンビだ。


「師匠、来てくれてありがとう」

「仕方ねぇよ」


 男は泰雅である。末広バンド以外の男子生徒が3人しか掴まらなかったので、希が呼んだのが泰雅だ。この日は木曜日でドラムレッスンがある。しかも泰雅はゴッドロックカフェまでの道中に学校の最寄り駅がある。途中下車をさせて迎えに来てもらったのだ。


「とは言え、校門まで行くことになるとはな……」

「気持ちはわかるけど、ここは私を助けるためだと思って」

「まぁ、そうだな」


 過去の事件の印象からあまり母校には近づきたくない泰雅ではあるが、昨晩からダイヤモンドハーレムを取り巻く状況はSNSで把握していた。そんな希から連絡が来たわけだから断るに断れなかったのだ。


 この日、校門まで到着した泰雅は驚く。SNSで把握はしていたはずなのに認識が甘かったと痛感した。確かに数十人、出待ちがいた。他校の制服を着た男子高生から、私服姿の青年、中年まで多様だった。

 その彼らは一部、今この集団の後ろをついて歩いている。これはメンバーだけでは歩かせられないなと強く納得するものだ。


「明日はどうするんだ?」


 電車に乗り込んでから泰雅が希に質問を投げかけた。この日はドラムレッスンに合わせて仕事を休みにしているから問題ないが、彼には仕事があるので毎日というわけにはいかない。


「明日は定期練習でメンバー皆バイトがないから、まとまってカフェに行く」

「ガードマンは?」

「今日のメンバーから師匠を除いて古都に付いてる2人を加えた7人」

「まぁ、それなら安心か。けど来週はどうするんだ?」

「それを週末のうちに大和さんたちに相談しようと思って」

「なるほどな」


 昼間に希からもらった電話でこっそり事務所所属の件は聞かされていた泰雅なので、素直に納得した。それで泰雅は健吾を向く。と言うか、見下ろす。


「明日は頼むな」

「は、はひ!」


 完全にビビっている健吾である。尤も泰雅に威嚇をする気は更々ないのだが、存在そのものが威圧的だ。メンバーの譲二には付き合いの長さから慣れている健吾だが、どう見ても貫禄すらある泰雅にはそうはいかないようだ。大和から攻撃をされたこともあるので、希から紹介された「元クラソニメンバー」にその怯えもより顕著である。


 やがて備糸駅に到着すると美和とその御付きを残して、唯と希の一行は電車を降りた。やはり校門からついて来る輩が少しばかりいる。一部は電車に残ったようなので、美和の方かと唯も希も理解した。


「それじゃぁ、のんちゃん。また明日ね」

「うん。じゃぁね」


 駅を出たところで唯と希は別れる。唯はアルバイト先に、希はゴッドロックカフェに行く。


「健吾」

「……」


 歩きながら希が健吾に声をかけるが、反応がない。


「健吾!」

「は、はい!」


 はっとなって慌てて返事をした健吾。実は名前を呼ばれるのが初めてである。それ故に反応が遅れたのだ。健吾は少しばかり紅潮する。


「今日はありがとう」

「……」


 言葉を発することができず、健吾は歩を止めた。どこか心ここにあらずと言った感じで、惚けている。


「ちょっと! 行くわよ」

「は、はい」


 希に促されて慌てて健吾は希と泰雅の後を追った。

 それぞれ推しメンが違う末広バンドのメンバーなので、自然と自分が担当するメンバーは決まった。しかし希とは事があった気まずさから、健吾は自分が一緒に歩くことを迷惑に思われていると思っていた。けれど希のこの言葉で報われ、少しだけ心が軽くなった。

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