第四十二楽曲 第九節
ジャパニカングループのオフィスを出た大和は1階のエントランスで一度古都に電話をかけた。するとまだメンバー4人は地元に到着しておらず、一緒にいることがわかった。サービスエリアで休憩中らしく、運転手は近くにいないとのこと。
「ということで、本日飲みに行く承諾を頂けませんでしょうか?」
『むむー!』
スピーカーフォンにしているのだろう。希の唸り声が聞こえる。
『なんでそういう話になるのよ?』
古都からの質問だが、尤もだと思い大和は説明をした。
「……と言うことで、僕たちの関係を泉と武村さんには隠せなかったんだ。だから断れなかったんだよ」
『なんだよ、それ? もう今日の飲み会は決定事項じゃん』
「ごめん……」
『一回メンバーで話をまとめて折り返す』
そう言われて電話は切られた。大和は「はぁ……」と嘆息する。恐らくいい返事はもらえないのだろうと考えていた。
そして少しして折り返しの電話がかかってきた。
「もしもし?」
『話まとまったよ』
「えっと……?」
『22時までには上がって』
「え? いいの?」
『うん。それから23時までにはちゃんと1人でホテルに帰って。これなら私たちがいつもカフェに行く時の約束と平等でしょ?』
もちろんそこには18歳未満か18歳以上による法令の差が存在する。しかし承諾を貰えた大和は胸を撫で下ろして礼を言った。
そんなこんなでこの日の夜、大和は泉と武村と都内の小洒落た居酒屋でテーブルを囲った。
「それで大和は4人皆自分で囲ってるわけ?」
「は、はい……」
酒で若干頬を赤くした泉にジト目を向けられる大和。キリッとした様子の武村は素っ気なく言い放つ。
「ゲスですね」
「う……。すいません」
「所属前とは言え、これはスキャンダルだからくれぐれも内密にお願いします」
これは何度も念を押されるようだ。大和は承諾した。ただしかし、交際を止めろと言われないので、これには安堵する。破局を迫られるとばかり思っていたのだ。
「ところで、彼女たちのメジャーデビューの可能性なんだけど……?」
「元カノに向かってカノジョだって。ヤラシイ」
「う……。えっと、ダイヤモンドハーレムのメジャーデビューなんだけど、どのくらい可能性があるんだ?」
「そうですね。レーベルの意向ははっきりさせておかないといけないですね」
大和は武村のそんな意見が助け舟のように感じた。それは泉がずっと不機嫌で、まともに話をできる状態にないからだ。呼ばれたのにこの気まずさは何だろうと思うが、自分の気の多さが原因だと一瞬で納得もする。
すると泉がやっと普通の表情になって話してくれた。
「レーベルの意向としては条件が3つ」
「3つ?」
「うん。1つは大きなステージ実績だけど、これはビリビリロックフェスが決まってるからクリアね」
納得すると同時に安心した大和。続けて泉の言葉に耳を傾けた。
「次にインディーズCDの売れ行きだけど、これはまだ発売前だね」
「うん。けど600枚予約は取った」
「うそっ!?」
泉の目が見開いた。武村もこれには驚いたようだ。大和は自身のインディーズ時代は予約販売をしたことがなかったので、その程度がわかっていない。
「凄いじゃん!」
「そ、そうかな?」
「凄いよ! 販売枚数は?」
「2千枚」
「強気だね。けど完売余裕でしょ?」
「タイアップが決まったから自信はある」
「そうだね」
するとここで泉が手元のビールを口に運ぶので大和もビールを煽った。ずっと居た堪れなかったので、この時やっと旨い酒にありつけた思いだ。
「それじゃぁ、最後の条件だけど、デビューシングルの表題曲になる曲のクオリティー」
「やっぱりそこに行きつくよね」
「そう言う割に自信ありげな表情に見えるけど?」
「うん。ただ……」
「ん?」
泉が首を傾げる。武村は手を伸ばしていた手元の料理を口に運ぶと大和を注視した。その大和も手元の料理を口に運び、ビールを流し込んでから言った。
「自信のある曲はあるんだ」
「へぇ、大和が言うなら間違いないんでしょうね」
「その曲は詞も曲ももうできてる」
「ふーん。あ!」
ここで泉が解せたようだ。大和はチラッと泉を見る。
「
「そう」
肯定した大和はまたも食事と酒を嗜む。一方、泉と武村は顔を見合わせて目で意思統一をした。
「大和がやってよ」
「へっ!?」
口の中を隠すこともなく間抜けな返事をした大和。
実は大和はダイヤモンドハーレムの芸能事務所所属と同時に、バンドが自分の手から離れると思っていた。それが本来だろう。しかし泉は言う。
「これはね、専務とも話したことだからミュージックと芸能のどっちの会社の意向でもあると思ってくれていいんだけど。大和にはダイヤモンドハーレムが芸能活動を始めてからもプロデュースを続けてほしい」
「いいの!?」
大和は前のめりになった。その打診がよほど嬉しいようで、大和の様子から泉にも武村にもそれが手に取るようにわかった。
「うん。当面は地元での活動なんだから、このまま練習場所も提供してほしいし、創作の指導もしてほしい。もちろんその報酬や練習場所の使用料は事務所が払う」
「くぅ!」
拳を握って大和は喜びを表現した。それを見て泉は微笑ましく笑う一方、メンバーには敵わないなと思う。
泉は元来女のドロドロした関係が苦手だ。だから大和に惚れたメンバーを微笑ましく見てきた節がある。気心知れた大和だから多少不機嫌を示して意地悪もするが、ダイヤモンドハーレムに構う時の大和の夢中な様を知っているので、そもそも諦めている。
「よろしくお願いします」
「はい!」
武村に言われて大和は目を輝かせて返事をした。
「とにかく東京に出て来るまでは、私が付き添いをできない時もありますので、もしよろしければその辺りのお手伝いもお願いできないかと思って、実は今日お誘いしました」
これでこの席に呼ばれた理由を初めて理解した大和。
「つまり9月以降も僕たちでダイヤモンドハーレムに構っていいと?」
「はい。むしろこちらがお願いする立場です。もちろん責任は事務所にありますが、ライブなどの付き添いをしていただけたらと思っております。因みに「たち」とは?」
「あぁ、現マネージャーは杏里がやってるんだよ」
武村に答えたのは泉である。大和のことのみならず杏里のことも既に聞いている武村なので解せたようだ。
「そうでしたか。他にも支えてくれる大人がいるなら安心です」
とは言え、杏里は大学生なのだがと内心で苦笑する大和。それでも杏里の安心感は絶大だから異論はない。
「もちろん、可能な限り私は同行します。どうしても調整ができない時にお願いすると言った感じです」
「任せてください。杏里もメンバーを可愛がってるので喜ぶと思います」
「お支払いはまとめて菱神さんでよろしいですか?」
「はい。杏里の時間給はこちらで処理します」
話は決まったようだ。すると泉が突拍子もないことを言った。それを聞いた大和の目は見開く。
「それは無理だろ!?」
「あはは。やっぱり?」
泉は笑って言うが、それなのに更に続けるのだ。
「けど本気で言ってるから考えてみてよ? それこそ杏里と相談してさ」
「うーん……。頭には入れておく」
はっきりとした返事をしないどころか、可能性が薄いことを匂わせて大和は答えた。
やがて居酒屋はお開きとなり、バーを梯子して店を出た時はちょうど22時くらいになった。
「大和! もう1軒付き合え!」
「む、無理……」
「いいじゃないですか? もう1軒付き合ってくださいよ?」
完全に酔っ払いに絡まれている大和。もちろん絡む主は泉と武村だ。しかし大和は時間を気にしてどこか怯えてもいる。と言うか、月曜日から夜中まで飲むつもりの2人に感心する。
「すいません。22時までって約束させられてるんで……」
「あら。菱神さんって律儀なんですね」
「高校生を相手に些細なことでも裏切るわけには……」
「こういうところかな? メンバーが惚れたのは」
「ぶー」
しかし膨れっ面になるのは泉だ。
「まぁた、今カノの話ぃ」
「ごめん……」
「いいもん。もう私も帰るもん。そんで大和にすっごい厭らしいことしてもらう妄想して、それをおかずにオナニーして寝るもん!」
咄嗟に泉の口を塞ぎたかった大和だが、間に合わず全てを言わせてしまった。
「ふふふ。お気になさらず帰ってください。益岡さんは私がしっかり帰しますので」
「すいません。ありがとうございます」
武村に救われて大和はホテルまで帰って行った。
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