第四十楽曲 第三節
4時間が経過して食事休憩になった時は13時であった。良く晴れたこの日、レコーディングスタジオ外の駐車場で、駐車マスを1つ使ってブルーシートを広げるのは大和と彼がプロデュースする4人の軽音女子だ。完全にピクニック状態である。
「ぐたぁ……」
そんなことを口にして寝そべるのは古都だ。他の3人もぐったりした様子で女の子座りのまま視線が遠い。
「あはは。お疲れ様」
大和がそんなメンバーの様子に笑った。誰も動く様子がないのだが腹の虫も自己主張を始めているわけで、大和は希が持ち込んだバスケットを開けた。
「うおっ! 凄い量!」
大和の目は輝いた。バスケットの中にはタッパーに入ったサンドイッチや、おかずの入った弁当箱が多数積まれていた。それを取り出しブルーシートの上で並べながら弁当箱の蓋を開けると、唐揚げや卵焼きなど種類豊富なおかずが顔を出した。
「美味しそう!」
大和が声を弾ませると古都がむくっと体を起こした。大和の声と、そして漂う香りにつられたのだ。
「ぬおっ! ちょっと元気出た!」
古都はレコーディングの途中に、手すきのメンバーが買って来ていたペットボトルのお茶とプラスチックコップを取り出し、人数分注ぎ始めた。しかし未だに他の3人はぼうっとしているので、大和は苦笑いだ。
「あはは。体力よりメンタルやられるよね」
「はい。レコーディングがこれほど大変だとは思いませんでした……」
答えたのは美和だ。やはり遠い目は変わらない。
「何回も録り直しさせるなんて、大和さんの鬼」
希はそんな恨み言を言う。根気を目一杯使って精神的に疲労困憊だ。この希に関しては体力も使うドラムなのでそれが著しい。大和はそんな希の言葉にまたも苦笑いである。
「はぁ……、コーラスまで録れなかったです。午後からコーラスですよね?」
唯が肩を落として言うので、大和はそれを否定した。
「いや。コーラスは後回しにして、午後からは次の曲にいく」
「そうですか……」
想像を超えるレコーディングの過酷さにわずか1曲でげんなりしているメンバーである。ライブハウスを回るためのデモ音源を作った時とは密度が段違いだ。
レコーディングはリテイクを重ね、結局最後のコーラスまで録ることはできなかった。録れたのはボーカルと各楽器で、大和が各パートに何度も録り直しを指示したのだ。
とは言え、大和は満足している。正直、1曲目でここまでできるとは思っていなかった。音楽に関しては唯のあがり症も克服され、他のメンバーと同等のクオリティーを披露した。
ただそれでもメンタルの強い古都や希、そして技術の高い美和ですら何度演奏しても大和からOKが出ず、意気消沈している。他のメンバーが録っている時はコントロールルームで手休めをしていたにも関わらず、精神力は削られた。
「とにかく食べよう?」
そう大和が促してメンバーは『いただきまーす』と言って食事を始めた。
「のんちゃん、美味しい!」
「うん。のん、美味しいよ」
唯と美和が満面の笑みでそう言う。疲れを感じていたメンバーであるが、美味しい料理にありつければそれも吹き飛ぶものである。希は報われたようで、彼女もまた笑顔を見せた。大和も「美味しい」と口にして頬張り、古都に至っては無言でがっついていた。
やがて希が作ったこの日の昼食は皆で平らげた。かなりの量ではあったが、それだけ体力も消費していたようだ。ブルーシートの上では片付けも済ませ、古都なんかはゴロンと転がった。下はアスファルトなので硬いだろうに。
その時だった。4台の自転車が敷地に入って来た。その内3人は背中にギターなりベースを背負っている。1人は特段大荷物を持っていない。もう1室あるスタジオで練習の予約をしていたバンドマンだろうか。そう思い、その後は然して気にすることもなく一行は場に視線を戻した。
「あれ? もしかしてダイヤモンドハーレムじゃね?」
「うおっ! マジだ!」
自転車を下りたバンドマンのそんな会話が聞こえてくる。地元で多少ではあるが知名度が上がったのは嬉しいと思う反面、メンバーはナンパだったら嫌だなと思い視線を向けることはなかった。
「あのぉ……」
背中にギグバッグを背負った男がブルーシートまで来て声をかけた。長さからしてギグバッグはギターだろう。メンバーは面倒くさいので大和に目配せをする。大和はやれやれと思い、自分が対応した。
「はい?」
と言って相手の顔をしっかり見た大和は少しだけ驚く。男どころか少年だ。ダイヤモンドハーレムと同年代……いや、下手をしたら年下にも見える。それくらいあどけない感じの4人組だった。
「ダイヤモンドハーレムですよね?」
「う、うん。まぁ……」
と答えた大和だが、彼がメンバーではない。とは言え相手の質問の趣旨はわかるので、これ以外の答えようもない。
すると4人組は目を輝かせた。
「うお! めっちゃファンなんです!」
ファンであった。これには気を良くしたメンバー。態度を改めた。なんとも現金だ。古都は体を起こし、古都を含めてメンバーは皆愛想のいい表情に変わった。
「君たちは?」
そして古都が問い掛けた。
「俺たち、隣町の中学で組んだバンドで、バンド名はまだないっす」
「ん? もしかして中学生?」
「いえ。この春、高校に入学しました」
「へー。そうなんだ」
「あ、すいません。ちょっと語弊があります。正式なバンド名はまだないんですけど、こないだU-19ロックフェスの予選に出た時は末広バンドって名前で出ました。俺がギターボーカルの
ニカッと笑う健吾は優男と言った感じで端正な顔立ちをしている。そしてダイヤモンドハーレムとは2学年差だ。すると健吾は聞かれてもいないのにバンドメンバーを紹介する。
「このガタイのいいのがベースの
どうやらドラマーがいないようだ。大方打ち込みでやっているのだろうと思うメンバー。そしてボーカルの他にラッパーがいる。今まであまり縁がなかったメンバー構成である。とは言え、この時点ではあまり彼らに興味を示していなかった。社交辞令と言った感じで古都が質問を向ける。
「ふーん。予選会の結果はどうだったの?」
「ばっちりグランプリっす。選抜にも選ばれたんで練習を続けてるんです」
その言葉にメンバーはギクッとする。ファンでありながらライバルであった。同じ県内のバンドで、地区大会の選抜に推薦されているということは、間違いなく同じステージに立つ。しかし当時高校入学前の15歳が選抜とは恐れ入る。
「どこの予選会に出たの?」
「備糸市の楽器店です」
「え……」
思わず言葉を失ったのは古都だけではなかった。他のメンバーも、それどころか大和も同じであった。
備糸市内で予選会をやっている楽器店は2軒。そのうち1軒でダイヤモンドハーレムはグランプリを取り地区大会に選抜された。そしてもう1軒ではあのバンドが出たはずだ。
「えっと……、ピンキーパークってバンド出てなかった?」
「あ! 出てました! めっちゃ貫禄があるバンドですよね! まさか勝てるとは思ってなかったんすけど、俺らがグランプリで、ピンキーパークが準グランプリでした」
メンバーはショックを受けた。つまりグランプリを取れなかったピンキーパークは選抜に選ばれることはない。大和にちょっかいをかける憎たらしいバンドではあるが、それでも同じガールズバンドのライバルとして対バンに呼ぶなど認めてはいた。
そして同時に抱くのが焦りだ。彼らは間違いなくピンキーパークを凌ぐ実力者である。
「あなたたちがなんで備糸市の予選に出たのよ?」
これは希からの質問だ。彼らの言う隣町とは備糸市から少し離れている。備糸市を基準にすると隣の市の隣町だ。それこそ今いるこのスタジオがある市や、都心と同じ地域に区分けされる位置である。
するとこれに答えた健吾。
「俺らこの春から備糸高校の生徒っす」
『は!?』
これにはこの日一番驚いてメンバー皆目を見開いた。なんと後輩であった。
「だから向こうでの活動も視野に入れて」
しかし大和が「いやいや」と割って入る。
「この県は県立高校の受験エリアを居住地で2つに分けてるから、受験そのものが無理だろ?」
「いえ。俺らの住んでるところは調整特例で受験が認められてます」
なんとまぁ……である。ピンキーパークを蹴落として、高校の後輩になったライバルバンドがここに現れた。
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