第三十九楽曲 第七節

 高校3年生の始業式の日を迎えたダイヤモンドハーレムのメンバーは、新クラス3年1組の教室にいた。


「……」

「……」

「……」

「あはは。どういうことだろうね?」


 絶句する美和、唯、希に対して乾いた笑みを浮かべるのは古都だ。2年生の時はその前年の学園祭を理由に謀られたクラス分けをされたメンバーなので皆思うところはある。それを美和が言葉にして具現化した。


「まさか4人とも同じクラスになるなんて……」

「そうだよね。あはは」


 古都が乾いた笑いを続けると、教室の入り口が開いた。もうすぐ始業時間だ。そして顔を出した男性教諭を見て、今度は美和と唯まで乾いた笑みを浮かべるのだ。因みに希だけは無表情だ。


「はぁ……」


 男性教諭はまとめて4人の顔を見るなり大きなため息を吐く。古都はニコッとしてまずは朝の挨拶を投げかける。


「長勢先生、おはようございます」

「おはよう……」


 元気のない朝の挨拶だ。そう、入室してきたのは3年前まで存在した軽音楽部の元顧問、長勢ながせ教諭だ。古都と唯の前年の担任でもある。このタイミングでの登場に、今年の新担任であることがこの場の皆にわかった。


「今年のクラス編成はどういう理由なの?」


 挨拶こそ丁寧だった古都だが、いつものとおり途端にタメ口に変わる。この女はこういう奴だ。それを長勢は然して気にすることもなく、ペラペラと職員情報を話した。


「県の教育委員会からそうしろってお達しがあったんだよ」

「なんですと! 教育委員会!?」


 これには目を見開いたメンバー。なぜそんなところがダイヤモンドハーレムのことに口出しをするのか。そして長勢。一昨年は自宅ではなく店を理由に大和の居場所を教えたことや、昨年はクラス編成の理由を愚痴ったことに加えて、今年は教育委員会の声を言っている。さすがに口が軽過ぎである。


「なんでまた?」

「そんなの俺にもわからんよ。ただ、お前らの面倒は俺しか見られんからって学校からは担任を押し付けられたんだ」

「ご愁傷様」

「そう思ってくれるか、奥武。涙が出るほど嬉しいよ。とにかくホームルームを始めるから席に着け」

「はーい」


 古都が間の伸びた返事をするとメンバーは各々の席に捌けた。出席番号は離れているため、席はバラバラだ。


「雲雀、おはよう」


 古都が着席すると彼女は隣の席の男子から声をかけられた。


「あ! ジミィ君。おはよう」


 声の主はジミィ君こと山路充であった。列が折り返して隣の席のようだ。古都は朝に相応しい健やかな笑顔を浮かべた。


「今年も同じクラスだね。よろしく」

「うん。よろしく」


 古都の麗しさにクラッとくるジミィ君である。この2人、3年間同じクラスということだ。ジミィ君はその事実に浮かれている。因みにダイヤモンドハーレムと懇意にしている他の生徒は皆、クラスが別れた。


 前日の入学式を経てこの日は始業式なので午前で学校は終わる。そして定期練習がある土曜日だ。ダイヤモンドハーレムのメンバーは放課後、制服姿でゴッドロックカフェに集まった。その前にミーティングがあり、それを前にして昼食だが、それもまだである。


「大和さん、どこに行ったんだろう?」


 空腹で力が入らない古都がだらんと円卓に突っ伏して言う。それに美和が反応した。


「本当だよね。店にも自宅にもいないなんて。連絡も取れないし」


 古都が持つ合鍵で店に入って来たわけだが、大和がまだ起きていないと思ったメンバーは自宅に押し掛けた。

 大和の自宅の合鍵も今や杏里ではなくメンバーが持っている。その管理者は以前に一度プチ同棲をした唯だ。それ以来杏里に合鍵は返しておらず、杏里も要求していない。ただ店の合鍵だけはもう1本あるので、それは時々アルバイトに入る杏里が持っている。

 それでメンバーは自宅も確認したわけだが、大和は不在だった。電話にも出ないしメッセージも返ってこない。それどころか既読も付かない。


 その大和はと言うと、なんと身を隠して店にいた。この時はバックヤードとホールを隔てるドアを少し開け、ホールで待つメンバーの様子をこっそり窺っていた。


「なにやってんのよ?」

「ひっ!」


 大和は驚き、ドアをバタンと閉めて振り返った。そこには昼食とミーティングのために来た杏里が立っていた。杏里は大和のコソコソした行動に首を傾げている。


「ん?」


 ドアの開閉音でホールにいるメンバーは皆反応した。古都がそっと立ち上がる。一方、ホール外の通路では大和がドアを背中に隠すように杏里と対面した。


「いつの間に?」

「いつの間にって、今来たとこよ」

「裏口の開く音がしなかったけど?」

「そっと開けたから。特に理由はないよ。そしたら大和が謎の行動をしてるから面白いもの見られてラッキーって感じ」


 その頃ドアの反対側では古都が朧げな会話を耳にして、ドアを開けずに耳を当てた。それに気づいた他のメンバーも気になって、古都のようにドアに耳を当てる。

 大和を見据える杏里は表情をニタッとさせた。大和は何を言われるのかと身構える。


「ははん。さては大和、メンバーを意識し過ぎちゃって入れないんでしょ?」

「バ、バカなこと言うなよ」


 大和は毅然とした態度で言ったつもりだ。しかしあくまで本人の「つもり」である。目は泳いでいるし、声は裏返っていた。その動揺は正面にいる杏里のみならず、ドアの裏に貼り付いているメンバーにも読み取れた。メンバーは互いに顔を見合わせニンマリと笑い、続けて大和と杏里の声を聞いた。


「全員大和のカノジョだもんね」

「う……」

「嫌なの?」

「嫌なわけない。けど、あれほど可愛い子たちが全員なんて恐れ多い」

「ふふん。罪な奴め」


 メンバーが泊りがけで曲作りをした夜、大和は全員のカレシであると希から認識させられた。今までは唯や希の家族に対する建前だけだった。つまりカレシのフリだ。

 しかし翌月曜日から始まったメンバーの来店ルーティン。メンバーは開店と同時に店に来るから大抵その日の最初の客だ。そして皆、他の客がまだ来店していない2人の時間を楽しみ、はにかみながら大和に言うのだ。


 月曜日の古都。


「ぐふふ。大和さんのカノジョになっちゃった」


 火曜日の美和。


「えへへ。私の初めてのカレシです」


 水曜日の唯。


「これで嘘じゃなくなったからお父さんとお母さんに対して心苦しくないです」


 木曜日の希。


「……」


 希の場合は泰雅も一緒にいるので2人きりの時間とはいかない。それが不満でムスッとしている。


 ただこの会話に大和は戸惑うわけで、本当の交際相手になったことを痛感する。それでまさかの四股に自己嫌悪し、また、余計にメンバーを女として意識してしまってまともに顔を見られない。なんともヘタレな男である。

 この事実を本人たちから話したのは杏里だけである。その杏里が面白がって響輝に話したので、知っているのはこれだけだ。


「ハーレムだね、大和」

「うぅ……、面白がってるだろ?」

「あはは。当たり前じゃん」


 悪戯に笑う杏里である。大和がそんな杏里を恨めしそうに見ていると杏里が問い掛けた。


「でも、大和だっていい加減な気持ちじゃないんでしょ?」

「そ、そりゃ……。だけど、四股なんて他の人が知ったらそんな理屈通らないだろ?」

「まぁ、確かに。だから人には言えないんだけどね。それでも彼女たちが納得してることだし、大和が真剣ならあたしは応援するよ」

「杏里が天使に見えるよ」


 そんな安堵を示す大和である。


 その頃、県の教育委員会では委員長が職員に隠れて私的な電話をしていた。


『パパ、クラス編成根回ししてくれた?』

「あぁ、問題ない」

『わぁ、嬉しい。パパ、大好き』

「でへ。――ゴホン。今回はえらい熱の入れようだな?」

『うん。すっごい面白いバンドだから追いかけてるの。だからクラスをまとめてくれておいた方が、今後私としてはやりやすくなると思って』

「そうか。それより最近泉の顔を見ていないぞ? たまには実家に帰ってきなさい。母さんも寂しがってる」

『わかった。次、仕事でそっちに行く用事があったら予定する』

「絶対だぞ」

『うん。じゃぁね』

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