第三十八楽曲 第七節

 ダイヤモンドハーレムとダンスサークルがコラボレーションしたステージはこの日一番の盛り上がりを見せた。衣装も華やかに彼女たちを彩っていた。そんな熱気冷めやらない体育館でダイヤモンドハーレムの楽曲は終わりを迎えた。ダンスサークルの6人も最後のポーズを取って動きを止る。


『うおー!』

『可愛い!』

『格好いい!』


 アリーナの方々から賞賛の声が上がる。そして緞帳は下り、家庭科部の服飾発表は幕を閉じた。すぐさまローディーを務めたモデルが出て来て、ランウェイ上の弦楽器3人と一緒に機材を持ち、そそくさとステージ袖に運んだ。


「うぐっ……、うぐっ……、うわーん!」


 すると突然ステージ袖に響く盛大な泣き声。ギョッとして古都がその声の方向を向くと、なんと百花が両手で顔を押さえて天を仰ぎ、大泣きしていた。


「うえーん」


 それは派生する。新菜までもらい泣きをしてしまった。本番まで多大なプレッシャーがあった。それを隠しながら明るい表情で準備を進めてきた家庭科部だ。本来の発表者であるはずの彼女たちは裏方に徹し、そして今、大成功と言える発表を終えて感極まったのだ。その場にいる誰もがそれを察した。

 すると緞帳の下りたステージを通って、下手側の面々も上手側のステージ袖に集まる。その中には凛とした様子の睦月もいた。泣き顔のまま震える声で百花は言う。


「この後、よろしくね」

「はい。お疲れ様でした」


 部活を引退する3年生から2年生にバトンが渡された瞬間だ。無表情の睦月ではあるが、しかとそれを受け取った。


「古都! 古都!」


 小声だが強めの口調で美和に引っ張られる古都。家庭科部の部員を見ながら潤々していたようだが、なぜ古都が……。古都は意識を美和に向けた。


「片付け! 早く!」


 尚も小声ながら強い口調で言う美和。古都ははっとなった。ずっとステージ上にいた希と下手側から上がった唯は既にアシスタントと一緒にドラムセットやアンプの片づけをしている。古都はこの場に耽っていて、同じく上手側から捌けた美和にせっつかれた次第だ。


「いいステージだったね」

「本当だね」


 やがて楽器と機材を体育館の外に出しても尚、余韻に浸る古都。それに唯が相槌を打っている様子だ。するとそこへ待ち人が来た。


「あ、大和さん」

「お疲れさ――」

「あ! 久保さん!」


 大和の返答も程々に、古都は呼んだ久保の姿を確認して表情を明るくさせる。この大人のグループには響輝と杏里もいる。


「このステージを仕切ったのってお前か?」

「違いますよ」


 古都は久保からの質問に否定を示した。熱気のある体育館から出て、11月の寒さが身に染みるが、そもそも熱気は暑さを錯覚させていたもの。それほどに熱いステージだった。古都はまだ高揚した様子で続ける。


「ずっと裏方にいてくれた家庭科部の3年生です」

「ふーん。その子は今どこに?」

「午後からは家庭科室で展示をするそうなので、もう衣装を持って家庭科室に行きました」

「そうか。それなら飯食ったらまた来るわ」


 そう言うと久保は場を離れた。あまりに素っ気ないので首を傾げる古都。しかしすぐに彼女は愛しの大和に意識が向いた。


「大和さん、どうだった?」

「あ、うん……」


 どこか歯切れの悪い大和。露骨なスキンシップをかまさなければ素直に褒めてくれることが多いのに、視線を宙に這わす彼に古都は膨れた。


「ど・う・だっ・た!?」

「いや、えっと……。最高のステージだったよ」


 それを耳にして満足そうな表情を浮かべるのはダイヤモンドハーレムの4人だ。しかし大和は続ける。


「それから、その衣装。4人とも凄く似合ってて可愛い」

「おっ! えへへ」


 一瞬目を見開いてからすぐにその目を細めたのは古都だ。この1カ月、既にライブハウスでは見慣れた衣装だが、初めてそれを褒めてもらい他のメンバーも嬉しそうである。そんな様子を響輝と杏里は微笑ましく眺めていた。その響輝が言う。


「さ、これ運ぶんだろ?」

「はい!」


 そんな声かけがあって、この場の皆で楽器と機材を敷地外の大和の車まで運ぶことになった。男手が2人増えたことは助かる。一行は明るい表情で言葉を交わしながら機材を車に運んだ。


「それじゃぁ、今日はお疲れ様」

『お疲れ様です』


 大和は機材を積んだハイエースを走らせて去って行った。響輝と一緒に来た杏里も響輝の車に乗り込み、学校を離れた。

 その頃、大山は家庭科室に来ていた。


「那智先輩。この衣装洗って返しますね」

「私はもう引退する身だよ。次の家庭科部の副部長で服飾の方のリーダーは森下さん」


 そう言われて大山は睦月に体の向きを変える。既に会話が聞こえていた睦月なので、大山が言葉を発する前に口を開いた。


「それはあなた達のお金で買った生地で作ったものよ。だからもうあなたたちの物」

「え、でも作ってくれたのは……」

「ダイヤモンドハーレムの衣装もそうしてるから好きに収めて」

「と言うことは、夏のダンス大会に使ってもいい?」

「もちろんよ。何なら、その頃には新しい衣装を作ってあげる」

「え? いいの?」

「うん。課題曲と振付が決まったらそれを見たうえで、美術部の部員にデザインしてもらうわ。その方がイメージに合った衣装ができて、大会で結果も出やすくなるんじゃない?」

「うん。お願いします」


 そんなやり取りを交わして、大山は大事に衣装を抱えて家庭科室を出た。すると途端に腹の虫が自己主張を始める。大山はダンスサークルのメンバーとこの後昼食の約束をしているので、待たせている中庭に急いだ。すると……。


「いや、ちょっと困ります……」


 中庭で目にした光景。なんと、ダンスサークルのメンバーが男子生徒から囲まれていた。到着したばかりの大山を除いて5人揃っているから、余程の人数に囲まれている。


「しつこいって!」


 すると別の男子の塊から女声が聞こえた。それは男子のグループだと思っていたら、男子に囲まれている女子4人だった。


「いいじゃん。後夜祭、一緒に回ろうぜ?」

「嫌だよ!」


 古都の声だ。なんとその4人はダイヤモンドハーレムである。

 機材を運び終わって彼女たちは土足のままだったので、中庭を突っ切ろうとした。すると男子生徒に囲まれるダンスサークルを発見し、親切にも救助しようとしたのだ。そうしたら自分たちまで囲まれた次第である。


 大山はその様子をまだ少し離れた場所から唖然として見ていた。すると今度は自分のサークルメンバーが囲まれている団体からの男声を耳が捉える。


「好きです! 付き合ってください!」

「いつからっ!?」


 ご尤もな質問である。今までステージに立っていたこのタイミングで言われても、いちいち真に受けられない。


「あ、愛美!」


 するとサークルのメンバーから発見された大山。やっと輪が崩れて大山のもとにサークルメンバーが寄る。


「なんなの? これ……」

「モデルをやったことで男子が突然豹変して……」


 答えたメンバーは苦笑いだ。すると古都の綺麗に通る声が中庭に響く。


「あ、大山さん! 助けて。抜け出せない」


 男子生徒の輪の中で古都はもがき、唯は怯え、美和は出口を探っていた。


「痛てっ!」


 一方、希は出口をこじ開けようと目の前の男子生徒を蹴飛ばしている。今年こそ停学会議にかけられるぞ……。今度は暴力行為で。


「あはは。行こう?」


 すると大山は笑ってサークルのメンバーを連れ出した。


「うおい! 待ってよ! 私はあなたのお仲間を助けようとしたんだよ!」


 そんな声を背中に感じるが、それもまた可笑しい。


「やーっだよっ! うちのメンバーは自力で抜けたんだから自分でなんとかして!」

「そんなー! 薄情者ぉ!」


 当初はダイヤモンドハーレムに今日のステージのきっかけを与えてもらったことに対する礼も言いたいと思っていた大山だが、それはまた今度にしようと思った。

 因みにダイヤモンドハーレムの4人がやっと抜け出したのは、これから更に15分後である。

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