第三十八楽曲 第六節

 次に古都はテレキャスターからシールドコードを抜くと、テレキャスターをギタースタンドに立てかけ、今度は足元のエフェクターボードをステージ下の女子生徒に渡した。女子生徒はそれをランウェイのマイクスタンドの手前、所定の位置に置く。


「あ……」


 その時大和は気づいた。一度は持ち上げたエフェクターボードなのに、アンプと繋がるシールドコードが浮き上がらない。この時シールドコードは極端に長い物を使っていて、ステージを這う箇所はマスキングテープでステージ床に固定されていた。元々マイクスタンドがあったステージの段鼻辺りからシールドコードはステージ下に垂れる。

 その動きは古都の両脇の美和と唯も同じであった。唯に至ってはサンズアンプしか挟まないので、この時はそれを足元に置いていて、サンズアンプがステージの段鼻から伸びる。そう見えるだけで、実際はアンプからステージ床に固定されたシールドコードと繋がっている。


 やがて弦楽器の3人は楽器本体もステージ下の生徒に渡すと、軽やかにステージを飛び降りた。因みに、見せパンは穿いている。何人かの男子生徒は期待したが、残念だ。

 そして3人は再び楽器を受け取ると、シールドコードを挿し込み、各々客席フロアと同じ高さに据えられたマイクスタンドの前に立った。


「期待してるね」

「任せて。ありがとう」


 帰宅部の女子生徒と古都が笑顔を交わす。その隣で美和も弓道部の北野と言葉を交わした。


「横から見てます」

「うん、特等席だよ」


 それに北野は嬉しそうに笑った。リハーサルを盗み見していただけあって段取りは完璧である。また、唯も江里菜と言葉を交わした。


「締め、頑張って」

「うん。頑張る」


 この後ローディーが捌けると、弦楽器の3人はチューニングの確認だけ済ませてから古都が動いた。彼女はギターを提げたまま両手を上げ、手のひらを下に向けてクイクイと振った。


『次は着席でお願いします』


 体育館に古都の声が木霊する。動作が見えていた前列から順に、ドミノ倒しのように客が座席に腰を下ろした。ステージ上では希が3本のギタースタンドを片付け、希とドラムセットとアンプだけになった。ステージ上の前方はかなり空いている。

 ステージ袖の準備が整ったことを聞かされた司会の2人は、ステージ上と弦楽器3人の様子を見てマイクを口元まで上げた。


『さぁ! 最後!』

『えー!』


 客席からは喜ばしい落胆の声が響く。着座に戻ったため、アリーナと同じ高さの床に立つ弦楽器の3人の顔もしっかり見える。手元が見えないのは大和にとって残念だが、それでも表情はわかるので一応の満足はしている。しかしこの配置の意味がわからない。


『次はダイヤモンドハーレムとダンスサークルのコラボだ!』

『おー!』

『もちろん家庭科部もコラボだ!』

『おー!』


 シャン、シャン、シャン、シャン


 途端に希がカウントを打った。そして軽快なロックナンバーのイントロが始まる。この曲を耳にして大和はピンときた。ここ最近の金曜日を思い出す。そのイントロの最中に古都がシャウトする。


『カモン! 備糸高校ダンスサークル!』


 すると上手と下手から3人ずつ出てきたのは、大山をはじめとする6人のダンスサークルのメンバーだ。アンプとドラムセットの前に等間隔で並び、俯いたポーズながら足でリズムを取っている。美和のメロディアスなギターリフが鳴り響く中、古都はMCを続ける。


『次は私たちの演奏で、ダンスサークルがダンスを披露してくれます』

『おー!』

『そしてダンスサークルが今着ている衣装も、家庭科部の手作りです』

『いえー!』

「すごっ……」


 感嘆の声を出したのは大和の隣に座っている杏里だ。夏休み前にはセーラ服を作ってくれた家庭科部の服飾。夏休み中に学園祭で発表するだけの衣装も作ったと聞いている。その後はまたダイヤモンドハーレムの衣装でブレザーだ。そんな中、更に今ステージに立っているダンスサークルの衣装である。

 ダンスサークルのメンバーは今、緩いシャツをベースにしたカジュアルな衣装に身を包んでいた。そしてイントロからAメロに移行すると、6人がピタリと息のあった軽快な動きを披露した。


 きっかけは10月になってすぐの頃だ。大山のもとに突然家庭科部の百花が来た。この時大山はクラスで昼食を終えたところだった。


「那智先輩!」


 まさかの来客に目を見開く大山。百花は朗らかな笑顔を浮かべているが、どこか不敵にも見える。実はこの2人は中学時代の部活の先輩後輩の間柄で既に面識はある。


「来週、有志発表の抽選でしょ?」

「えぇ、まぁ」


 廊下に連れ出された大山は、教室の壁に背中を預けて百花と肩を並べた。


「当選したら何曲やるつもり?」

「2曲ですけど、ショートバージョンにするつもりなので、実質1曲分の長さです」

「ふーん」

「な、なんですか?」


 目を細める百花を見て身を引く大山。


「こないだうちのモデルのスカウトが来たでしょ?」

「あ……!」


 ここで百花が家庭科部であることを思い出した大山。ダイヤモンドハーレムに対して当りの強い態度を取ったことにばつが悪い。


「あぁ、気にしないで。心情は理解してるつもりだから」

「す、いません……」

「ところでさ!」


 大山が顔を伏せるがそれに構うことなく明るい声を出したのは百花だ。すぐさま大山は百花に顔を戻す。


「これ見て」

「ん? ……え!」


 大山は驚いた。百花から向けられたその用紙を見て。その表題は「ステージ発表企画書」になっている。大山はその用紙の意味するところを悟った。


「な、なんで、私たちの名前が?」

「オッケーもらってから企画修正ってことで提出するつもりだから安心して。これはね、この案でモデルを引き受けてもらえないかと思って見せに来たの」


 その企画書は家庭科部のステージ発表のもので、なんと、ダンスサークルの全員がモデル参加をすることになっていた。しかしそれだけはない。百花は書いてあることを口頭でも説明した。


「持ち時間は入れ替え込みの30分で、曲にすると5曲分らしい。1曲目が卒業生の服を発表するファッションショー。2曲目が着替えのためダイヤモンドハーレムの単独ライブ。3曲目が在校生の服を発表するためのファッションショー。4曲目も着替えのためダイヤモンドハーレムの単独ライブ」

「その着替えって……?」

「そう、あなたたちのための着替えだよ。5曲目はダイヤモンドハーレムの演奏であなた達がダンスを披露する。その時のメインステージはあなたたち。そういう風にステージ配置を組む」


 これにより、アンプとドラムセットが極端に後ろに下がった配置となっている。元々弦楽器の3人が立つ位置を、5曲目だけダンスサークルが使うという企画だ。シールドコードは安全のため、床に固定とまで書いてあった。


「ダイヤモンドハーレムは自分たちのメイン活動を丸々5曲分できる。更に言うと、選曲もダイヤモンドハーレムの楽曲。これは元々彼女たちが先約で、今まで私たちと一緒に動いてきたから。ダンスサークルとはそこに不平が生まれるけど、もし良かったら私たちとコラボしてもらえないかな?」


 そもそもダンスは時間にして1曲分のつもりだった。ステージ発表の長さに不満はない。ただ選曲できないのは痛いし、好きになれないダイヤモンドハーレム。しかしこれならば確実にダンスでステージに立てる。大山は揺れた。


「他のメンバーと相談してもいいですか?」


 そこで百花は納得するも、続けてとどめの一言を刺す。


「うん。期待して待ってる。受けてもらえるならあなた達のステージ衣装も私たちで制作協力するよ」

「え……」


 キョトンとした大山を残して百花は去って行った。

 結果としてダンスサークルはこの案を受け入れた。しかし抽選の申し込みは済ませてしまっていたので、落選した場合のみという条件付きだった。百花はその条件を飲み、結果落選して抽選会の日の昼休みに、古都、唯、睦月の教室に報告に行ったわけである。

 そしてそれから本番までの3週間でダンスサークルの衣装6人分を部員3人で仕上げた。Tシャツがベースとなったカジュアルな衣装だったので、4人分のブレザーと比較すれば随分手間はかからなかった。


 その間、ダイヤモンドハーレムの金曜日の定期練習は、ダンスサークルとのコラボレーションのため、合同練習となった。それによって10人もの女子高生がゴッドロックカフェに集まったのだ。

 ダンスサークルの6人には、元々欲しいと思ってデザイン画まで用意していた衣装があったが、予算の都合上揃えてはいなかった。しかしそれを手に入れたことで今このステージで躍動している。

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