第三十七楽曲 第三節

 定期練習を終えてホールの円卓を囲うのは、ダイヤモンドハーレムに加えて家庭科部の女子生徒3人だ。ゴッドロックカフェはまだ開店前で、大和は既にカウンターの中に身を入れている。その大和が気を利かせて、女子たちの前にはジュースが置かれていた。

 するとちょんちょんと古都の制服の袖を引っ張る家庭科部3年の百花。薄ら笑みを浮かべていて、隣に座っていた古都は百花に顔を寄せる。


「プロデューサーさん、素敵な人だね」

「なっ! 大和さんはダメです! 絶対ダメです!」


 百花が小声で言ったにも関わらず古都が向きになって声を張るものだから、他のメンバーも会話の内容を察した。そして各々感情のこもった視線を百花に向ける。


「あはは。ごめん、ごめん。そういう意味じゃないよ。私、カレシいるし」

「え! 百花先輩カレシいるんですか? どんな人ですか?」


 古都が反応して話題が完全に逸れてしまった。開店まで1時間を切っているのだから、早く企画会議を始めてはどうだろうか。

 百花は昨年の学園祭を観ているし、この場のメンバーの反応を肌で感じて、どれだけ大和が慕われているかを悟った。メンバーの視線からは殺気すらも感じたので、発言には気を付けようと思った次第だ。


 ある程度で女子トークを締めて本題に入ったのは、その百花だ。


「それで企画なんだけど、どうしたらいいかな? 家庭科部とは言え、服飾の方は3人しかいないから、なかなかステージ発表って言ってもピンと来ないんだよね」

「うーん……」


 腕を組んで考える仕草を見せるのは古都だ。眉間に皺を寄せて難しそうな顔をしている。するとその声は唯から発せられた。


「あの……、今まで家庭科部はステージ発表をした実績ってないんですか?」

「私が入学する前だけど、聞いた話によるとファッションショーをやったことはあるらしいよ」

「ファッションショー!」


 これまた古都が反応する。その楽しそうな響きに目が輝いている。しかし百花は朗らかに笑って言うのだ。


「けどね、私達3人しかいないからできないよ。同じ部でも調理の方は調理の方で学園祭はやることがあって、当日は協力し合えないの。それに……」


 百花が1年生部員の新菜と顔を合わせてお互いに微笑を交わす。その新菜が言葉を引き継いだ。


睦月森下先輩は身長があってスタイルがいいからいいんですけど、私と百花先輩は……」


 尻すぼみになって言葉が消えるとともに、ダイヤモンドハーレムの視線が夏の制服姿の百花と新菜の体を這った。太っている印象はない2人だが、お世辞にも出ていてほしい箇所の主張があるとは言えない。古都に至っては同族意識を感じている。それに今は座っているのでわからないが、ここに来るまでの過程で高身長の印象も抱いていない。

 因みに社交性の乏しい睦月は、部活内では苗字で呼ばれている。


「えっと、どんな服を作ったんですか?」

「あ、そっか。仕上がり品はブースの中に入れてたから皆は見てないんだ」


 唯の質問に百花が答えたブースとは、採寸の時にメンバーが利用したスペースのことだ。百花は夏休みまでに作り溜めた服の画像をスマートフォンに表示させて見せた。


「わぁぁぁ、可愛い」


 メンバーが感嘆の声を上げる。そこに写し出されたのは、十代向けのガールズファッションの数々で、華やかだ。睦月と百花は1年間、新菜は入学してから作り溜めてきて、総勢10着ほどある。


「この他に、去年の学園祭までに発表した卒業生の服を10着くらい今年も発表したくて。しかも全部、森下さんみたいにスタイルのいい人に合わせて作ってあるの」


 百花のその言葉に古都が睦月を嘗め回すように見る。それに睦月は身を引いて、両手で自分の体を抱え込むような仕草を見せた。


「な、なによ……?」

「いやぁ、ご馳走様」

「変態」


 容赦ない罵声を浴びせる睦月だが、これに古都が堪えることはない。ニンマリと笑っている。そもそもテーブルを挟んでいるので睦月の胸より下は、実は見えていない。

 すると百花が唯に視線を向けた。


「唯ちゃん」

「は、はい……」


 強張った声を出す唯。百花が目を細めるので、何を言われるのか恐ろしい。


「唯ちゃんなら、この服似合うんじゃない?」

「む、む、む、無理です」


 顔の前で勢いよく手を横に振って狼狽える唯。しかしメンバーまで盛り上がってしまい「確かに、確かに」と言って百花の意見を後押しする。とは言え……。


「わ、わ、わ、私が着てステージ発表したら、ブレザーはどうなるんですか? それに私たちの演奏は?」

「それなんだよね……」


 百花の納得の声に「はぁ……」とこの場のほとんどがため息を吐いた。唯だけは安堵のため息だが。ライブによるステージは慣れたものの、彼女は元来人前に出るのが苦手なあがり症だ。


「あ、あの……」


 すると新菜が遠慮がちに手を上げた。皆の視線が集まり、百花が新菜の意見を促す。


「どうぞ、新菜」

「それこそファッションショーはどうですか?」

「どういうこと?」

「モデルさんは部外の生徒から募って、ダイヤモンドハーレムがBGMをバックで生演奏するとか」

「おぉぉぉ!」


 ろくに意見を捻り出さない古都だが、人の話にはよく食いつく。その反応を見て新菜は続けた。


「今回発表する衣装は少しだけフォーマルだけど、原則路線はティーンズ向けのカジュアルです。だからさっきダイヤモンドハーレムの練習を観てた時に、躍動感のある演奏は服のイメージに合うんじゃないかと思って」


 その意見に喜びを示したのはダイヤモンドハーレムで、古都に至っては相変わらず目がギンギンだ。百花は顎に手を当てて考える仕草を見せながら言った。


「なるほど、確かにそれなら私たちの発表もメインだって言えるわね。けど、モデルさんとバックバンドが同時にステージに立つのは、ちょっと無理がないかな? それこそ機材やコードに足を引っ掛けたら危ないし」


 納得してしまってあからさまに肩を落とすダイヤモンドハーレム。随分素直な反応である。しかし睦月が言う。


「それなら客席にレッドカーペットを敷いて、ランウェイを作ったらどうですか?」


 その意見に顎から手を離し、顔を上げた百花。閃いたようだ。


「いいわね。ステージ前とセンターにTの字でランウェイを敷けば、お客さんからの視線も近くていい発表になるわ。その間、ステージはダイヤモンドハーレムに心置きなく使ってもらって、私たちが作ったブレザーでバック演奏をしてもらいましょう」

「いいんですか!」


 古都の弾んだ声に満面の笑みで首肯した百花。他のメンバーも表情が明るくなった。ここで百花が釘を刺す。


「ただ、去年のステージみたいにスタンディングは無理だと思う。お客さんは皆着席になるけど、いいかな?」

「それはしょうがないです。ここまで協力してもらったんだから、私たちも家庭科部の発表に協力するくらいのつもりで演奏します」

「そう言ってもらえて嬉しい」

「因みになんですけど……」


 すると美和が会話に加わった。水を差すような疑問が浮かんだので、恐縮そうだ。


「モデルさんはどうやって募るんですか? 募集かけて集まる保証って……」

『……』


 一同、言葉が出ない。募集をかければ集まると思っていた。しかし美和の言う通り、その保証はどこにもない。それどころか、文化部の生徒は各々発表や持ち場があって協力してもらえないだろう。クラス展示も全クラスで行われるので、その当番の時間帯は無理だ。


「運動部か帰宅部からスカウトしなきゃだね。今年の実行委員の女子アシスタントはバドミントン部だから、それ以外から。しかもクラス展示の当番は調整してもらわないといけない」


 百花の話に肩を落とす一同。なかなかハードルが高い。


「因みにスカウト活動は誰が?」


 古都の疑問に各々顔を見合わせるこの場の7人。しかし自ずと選択肢は限られる。


「家庭科部はブレザーを作ったり、それができたらモデルさんに合わせた衣装の調整とか、段取りの説明とかがありますよね?」


 美和の質問にコクンコクンと首を縦に振る百花。やはりか……と美和は納得して、話をまとめた。


「モデルさんのスカウトは私たちでやろう?」

「うん。それしかないよね。やろう! やろう!」


 古都は張り切っているようだ。拳を握ってその瞳は燃えていた。

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