第三十七楽曲 第一節

 昼食を終えてゴッドロックカフェに集合したダイヤモンドハーレムのメンバー。大和と杏里も揃って、バンドミーティングの開始である。


「……」

「……」


 しかし着席したはいいが、メンバーに視線を這わせて何も言葉を発しない大和と杏里。メンバーは一様に首を傾げる。そして古都が問い掛けるのだ。


「どうしたの? 2人とも」

「いや、まぁ……」


 どこか歯切れの悪い大和。杏里も似たような表情をしているが、彼女は希もメンバーと大差ない表情をしているので希に問い掛けた。


「もしかしてのん、ホームページの問い合わせフォーム確認してない?」

「ん? そう言えば」


 そう言ってスマートフォンを開いた希。昨日は定期練習の後にゴッドロックカフェでの歓談に加わって、そして帰宅してからは勝の相手だ。家族に大和との交際宣言をしてから、より希に依存するようになってしまった兄。希はなかなか苦労しているようで、問い合わせフォームから転送されるメールのチェックを失念していた。


「うお」


 すると希の目が見開く。受信ボックスには問い合わせフォームからの転送を示す送信元と件名がずらりと並んでいた。あまりメールを使う習慣がないので、希のメールアカウントは専らログイン用か問い合わせフォーム用だ。その受信のほとんどが問い合わせフォームからの転送メールだが、この時はその数が凄まじい。


「どうしたの? のん」


 古都がテーブルに身を乗り出して希のスマートフォンを覗き込もうとする。


「ひっ!」


 しかし悲鳴を上げたのは希の隣に座っていた唯だ。いつもくっつくように座る2人だから、唯からは難なく希のメールの受信履歴が見られた。


「これ全部ブッキングオファー?」


 希が顔を上げて杏里に問う。「そうだよ」と答えるも既にメールを把握している杏里も未だ信じられないようで、若干表情が引き攣っていた。希はまだ1件のメールしか確認していないがその内容がステージオファーで、しかも大和との杏里の様子から察したのだ。


「県外からも来てる」


 その数なんと数十件。昨今のツアーで回った都市のライブハウスからも問い合わせが来ていた。そして大和が言う。


「さすがに地元を中心に受けようと思うけど、隣県までは足を伸ばそうかとも思って、そう杏里と話したんだ」


 一同唖然としている。今までずっと県内政令指定都市にある本間のクラブギグボックスと榎田のビッグラインをメインに活動してきた。メインと言っても、ほぼそのどちらかで、月に1回あるかないかだ。しかし今回は県内の多くのライブハウスからであり、クラウディソニックのことで敬遠されていたのになぜ? と疑問に思う。


「のん、メールの本文よく読んでみな?」


 杏里にそう促されてメールに目を戻した希。それを声に出して読む。


「突然のメールで失礼します。ライブハウス○○の××です。この度、ステージプロデューサー久保氏が湘南で開催したイベントのステージに立ったダイヤモンドハーレム様のホームページで間違いないでしょうか?」

「久保さん!」


 まん丸に目を見開いた古都の声がホールに響く。湘南と久保。メンバーは皆この2つの固有名詞から、水着で立ったビーチの広いステージを思い出す。


「よくここまで登り詰めたな」


 すると大和が目を細めて言う。大和はクラウディソニックの暗い過去を足枷にしてしまったダイヤモンドハーレムが、自分たちの力でチャンスを掴み、そしてそれを結果に変えたことがなんとも誇らしい。この気持ちは響輝、泰雅、杏里も同じだ。


「登り詰めたなって、それは大和さんや杏里さんたちがいてこそだよ。私たちの力だけでは絶対無理だった」


 こう言うのは古都だが、他のメンバーも「うんうん」と首を縦に振る。思わぬオファーの数にまだ頭がついて来ないが、それでもこの気持ちは本心で、信頼関係は揺るぎない。


「それでもメジャーデビューに向けて1つ結果を出したのは事実。久保さんのネームバリューというチャンスをしっかり活かしたのは見事だよ」

「えへへん」


 これにはメンバー一様にはにかんだ。運もあった。それでもそれを自分たちのステップに変えたダイヤモンドハーレムを大和は素直に評価した。


 そして思い浮かべるのが増えつつある地元の固定ファン。

 オタ芸を披露して後ろの客から邪魔だと蹴りを入れられるオタク。1人で来るダイヤモンドハーレムと同年代風の女子もいる。彼女は背が高めで厚化粧だからすぐに顔を覚えた。それにゴッドロックカフェの常連客に触発されたのか、中年の男性ファンもいる。

 久し振りに彼らに演奏を披露できるのだと、メンバー皆胸が高鳴る。


「けど、なんで突然ビーチライブが周知されたんですか?」


 美和の疑問には杏里が答えた。


「それはね、昨日久保さんの会社がビーチライブのDVDを売り出すための動画を動画サイトに上げたからよ」

「え! そうなんですか?」

「うん。各バンド1コーラスくらいなんだけど。しかも載せられていないバンドもある中で、あんた達は載せてもらってたのよ」

「なんと!」


 またも目を見開く古都。その瞳はウルウルキラキラしている。そしてこの杏里が言った経緯でとうとう無視できなくなったのは、メールを送ってきた地元のライブハウスだ。

 本間や榎田の店で活動をしていることは既に把握していて、最低限チケットノルマをクリアするだけの実力があることもわかっている。しかもあくまで最低限であって、日によっては大きく売り上げる。だから敬遠しているはずなのに気にしてはいた。そして今回のビーチライブの結果である。


 各々なんとも言えない感情が込み上げる中ミーティングは進み、大和が締めようとした。


「それじゃぁこの後は、ライブのオファーの対応を杏里と希でお願い。僕はバックヤードで創作に入るから、他の3人は全体練習開始までステージなら自由に使っていいよ」

「ん? 大和さん、自主練とは言え、観ててくれないの?」


 古都が残念そうに言う。それに対して大和は朗らかな笑みを浮かべた。


「うん。これからは曲の作り溜めをしようと思って」

「へー。作曲の依頼も順調なの?」

「うん、おかげさまで」


 遠慮がちに言う大和だが、内心はやる気に満ちていた。ツアー中に連絡があって杏里がリスト化してくれた芸能事務所やレーベルとは既に直接連絡を取った。どこも前向きな話が多く、これから大和は自分を売り込むための創作に励む意向だ。

 それをそわそわした様子で聞く古都。前のめりだ。


「大和さんの曲作り、見ててもいい?」

「こら。邪魔しないの」


 そこへ口を挟んだのは杏里だ。しかし大和は言った。


「本当に見てるだけになると思うけど、それでもいいなら」

「全然いい!」


 随分とやる気のようだ。見ているだけでも十分勉強になると思っていて、盗めるスキルは盗むつもりだ。

 こうしてミーティングは終え、美和と唯はステージで個人練習、それ以外のメンバーはバックヤードに集まった。


「学校とバイトがあるから、週末でもブッキングしてくれるところを中心にオファーを受けたい」

「そうね。そういうオファーを優先しようか」


 こう言って話すのはパソコンの前に座る希と杏里だ。画面はホームページの管理画面が開かれている。室内にはこの2人の話し声の他、大和が作曲をする演奏と歌声が響いていた。それを耳にしながら杏里が続ける。


「定期練習はオファー優先で被った日は中止ね」

「仕方ないわね。それから学園祭の日は避けたい」

「お。今年も出るつもりだな?」

「もちろん」

「今年は正攻法で出ろよ?」

「その保証はないけど、一応そのつもり」


 希のそんな回答を聞いて面白そうに笑う杏里。昨年の学園祭の情景が思い浮かぶ。あれが元クラウディソニックの関係者とダイヤモンドハーレムの信頼を確実なものにした第一歩だったと感慨深い。

 すると大和が一度手を止めて希と杏里を向き、「そうだ」と思い出したように言う。


「ツアーで長いこと店を空けちゃったから、これからは日曜日だけの付き添いにしたいと思うんだけど」

「仕方ないわね。日曜日以外は4人で動くわ」


 残念ではあるが、仕事がある大和なのでこれに希は理解を示した。すると杏里が言う。


「大和が付き添えない日はあたしが付き添うよ」

「……」

「……」


 これに目を見開いて言葉を発せないのは希と大和だ。それを見て杏里が不服そうに言う。


「なによ? 私はマネなのにダメなわけ? 楽器や機材があるんだから、車で動いた方がいいでしょ?」

「……。うん。助かるよ」


 唖然とした後、笑顔を浮かべて任せた大和。希の胸にも大和同様温かいものが広がった。やっと杏里がライブハウスの付き添いをしてくれる。これもダイヤモンドハーレムの結果故で、彼女たちの音楽が周りに影響を与えたからだ。

 そして希と杏里はオファーへの返事に手を戻し、大和は創作に手を戻した。途中何度か希が大和の様子を伺う。


「創作中の真剣な大和さん、素敵」

「うふふ」


 杏里が微笑ましく笑った。因みに古都は創作の勉強も忘れてずっと大和に見惚れている。

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