第三十三楽曲 第三節
大和は唯の両親の背中を見送りながら、2人がライブハウスの方向に向かっているのでチケットを買いに行ったのだとわかった。そんな流れで唯と一緒に再びベンチに腰を下ろした。しかしほっとしたのも束の間。大和は唯に問い掛ける。
「えっと、どういうこと?」
「あはは。どういうこととは?」
盛大にすっ呆ける唯。大和は小さくため息を吐いた。
「お父さん、何か1つ大きな勘違いをしてなかった?」
「あはは。話合わせてくださいね」
「ん? ……え!?」
「お願いしますね」
唯の苦笑いは収まらない。大和にはそれが有無を言わせない笑みに見えた。とりあえず理解したから唯の意向に合わせようと大和は思う。――いや、よくわからんが。
「なんで今頃お母さんが出てきたの? って言うか、なんでこんなところまで来たの?」
「私が軽音楽をやることに反対してるからです」
「それは知ってるけど……」
「それに加えて、ツアーに出かけたことが気に入らないみたいで」
確かにそんなやり取りだったと大和は思った。軽音楽への反対自体は知っていたが、父親の許可があったため安心していた。しかしこの母娘の溝はかなり深いと大和は痛感した。
すると唯が遠慮がちに口を開いた。
「実は……、私もなんで今更口を出してくるのかわからないんです。今までは放任してたのに……」
そう言う唯の表情がとても寂しそうだと大和は感じた。そして先ほど初めて見た唯の反抗的な態度。彼女にもこんな一面があるのかと大和は驚いた。しかし普段は温厚な唯だから、よほど納得していないのだろうと窺い知れた。
「ふぅ……。大分酔いも落ち着きました。見苦しいとこ見せちゃってごめんなさい。行きましょう?」
「あ、うん……」
唯が立ち上がるので大和もそれに合わせて立ち上がった。確かに唯の顔色は悪くなさそうだ。母親の登場で頭痛がひどくなった唯だが、ひとまずの話がついて安堵したのと同時に体調も幾分良くなっていた。
ただ話がついたと言ってもそれは問題の先送りで、大和は夜に予定された会合に胃がキリキリ痛む。ちゃんと納得してもらえるのだろうか。
ライブハウスに戻る時、大和と唯は唯の両親とすれ違った。父親とは愛想良く会釈を交わしたが、母親の方は「ふんっ」と鼻を鳴らして敵意を剥き出しにしていた。それに対して唯までもがプイッと顔を背けて応戦する。大和と父親の愛想のいい会釈はため息に変わった。
大和と唯はホールの中まで進み、他のメンバー3人と合流した。するとすかさず古都が眉尻を垂らして唯に問い掛ける。
「唯、大丈夫?」
「うん。心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ」
少しばかり安堵の表情が3人に広がる。すると途端に希が大和に目配せして唯に言うのだ。
「まぁ、唯の代わりができる人ならここにいるけど」
「えぇ……、のんちゃん酷いよ……」
「心配させた罰よ。このくらいのイジり、しっかり受けなさい」
「うぅ……。はいぃ……」
そのやり取りに大和はクスクスと笑った。しかし唯の母親のことが気になる。さて、どう説得をしたものか。後で唯の父親に電話をして作戦でも練ろうか。しかし唯の両親はずっと一緒にいるだろうから、それも気が引ける。結局はとにかく誠心誠意許しを請うしかないかと思い至った。
「はぁ……、しかし唯のお父さんが勘違いをしていたとは……」
「ん? あ! もしかして大和さんも知ったの?」
茶化すような笑みを浮かべて大和の腕を抱える古都。これは他のメンバーにとって絶好のネタだよなと大和は思った。
「古都こそ知ってたのかよ?」
「昨日の夜知ったんだよ」
「え!? うそ!?」
ここで驚いたのは唯だ。この女、昨晩の記憶がない。
唯が古都に続いて美和と希の表情を見てみると、2人ともしっかりジト目を唯に向けていた。居た堪れなくなる唯。再び古都に視線を戻すと、古都は大和に向けた茶化す表情が抜けないながらも、やはり唯にはジト目を向けていた。
「ご、ごめん。みんな……」
「ま、しょうがないよ。――大和さん?」
古都が納得した返事をすると、大和の肩に頬を寄せた。大和は少し顔を引きながら「なに?」と答えるが、顔が近いので直視できない。色々と思い出すことがあるようだ。
「大和さんにとって私達は平等だよね?」
「まぁ、そりゃ。どちらかと言うと、個々よりはバンド全体で見る目が強いけど」
「ふーん。じゃぁ、個々で見た時は?」
「そんなの、差を付けて見たことなんてないよ」
と言いながらも、古都と美和に関しては意識する側面もある。事があったから。ただ、バンドを通しての情は本物なのでこの発言はほぼ大和の本心だ。あくまで「ほぼ」だが。
尤もメンバーからすれば1人の女として見てほしい気持ちもある。しかしそれでも差を付けられていないことで、皆一様に満足そうな表情を見せた。
「大和さんは私達ダイヤモンドハーレムの大和さんだからね。これからもよろしくね」
「う、うん。こちらこそ」
むずがゆくなることを臆面もなく古都が言うので、大和は恥ずかしそうに視線を逸らした。しかし嬉しいとは思う。そんなどこかいい気分だが、それを希がぶった切る。
「浮気したら許さないから」
「う……」
その殺意のこもった瞳にゾッとする大和。浮気とは恋人の間柄で成り立つ言葉なのに、なぜ自分が縛られるのか理解できない。しかしどうせ恋人を作る余裕なんて今の自分にはないのだから、ダイヤモンドハーレムが高校を卒業するまでは付きっ切りになるつもりだ。
その後、やがて始まったライブ。ダイヤモンドハーレムと大和は出番を前にいつものとおり控室で円陣を組んだ。ここで1つ気合を入れる。そしてメンバーはステージに向かった。大和はその流れで控室を出て、いつものようにホール後方に向かった。
人は多い。平日ながら夏休みで、学生風の若者が目立つ。今回のツアーでこなしたステージの中で、とうとうチケットノルマをクリアできないかもしれないと懸念していたこの日のステージ。しかし唯の両親が買ってくれただろうから、もし他に当日券が出ればクリアできるかもしれないと頭の中で計算する。
「あ、大和君」
すると大和は名前を呼ばれた。どこのライブハウスでも後方を陣取る大和が、その目的の場所に到着してすぐだ。声をかけてきた相手は唯の父親だった。
「お父さん。観に来てくれてありがとうございます」
大和は愛想良く挨拶をした。父親の隣には腕を組んで憮然とした態度の母親もいた。すかさず大和は母親にも声をかける。
「お母さんもありがとうございます」
「ふんっ。『お義母さん』ですって……」
鼻を鳴らして嫌味を言う母親。大和は『お義母さん』ではなく『唯のお母さん』の意味で言ったのにと肩を落とす。
『わー!』
すると歓声が上がった。大和と唯の両親はステージに視線を向ける。そこには笑顔でホールに向かって手を振りながら、各々のポジションに就くダイヤモンドハーレムのメンバーの姿があった。大和にとっては既に見慣れたセーラー服も、スポットライトを浴びて彼女たちを映えさせていた。
そして安心するのが唯。リハーサルの時よりも自然な笑顔だ。体調はちゃんと回復したのだと改めて実感できた。そしてそれは演奏が始まってからより強いものに変わる。笑顔も素晴らしいなら、演奏も見事であった。リハーサルの時のタクマからの指摘も払しょくされた。
ステージ上で唯はしっかり大和と両親の姿を捉えていた。そして気合が入っていた。周囲から余計な音だけが消え、聴くべき音だけが耳に入って来た。メンバーの奏でる演奏と声だ。そしてオーディエンスの歓声である。唯はゾーンに入っていた。
ホールでは唯の父親が感嘆の声を上げる。
「こんなにいい顔をするようになったんだな。知らないうちにどんどん成長していくな」
その声は本人以外の誰も認識することはなかった。観客をこれほどのせていることにも驚く。父親は日に日に活き活きとしていく娘の姿に目を細め、そしてそれを目に焼き付けた。
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