第三十二楽曲 第四節
レジでプレシジョンベースの会計と宅配サービスの手続きを終えた大和。背後で立って待っていた美少女に振り返る。
「よし。完了」
「結局買ったんですね……」
その美少女、美和は大和の衝動買いに驚いていた。決して安い買い物ではないので、高校生の自分とは違う経済事情に唖然とする。
「大和さんって、もしかして結構稼いでます?」
「ん? そんなことないよ」
「けど、出した曲ってかなり売れてましたよね?」
「……」
鋭い。涼しい顔で誤魔化した大和だが、しっかり見透かされていたようだ。とりあえず大和は気を取り直して言う。
「とにかく僕の買い物は終わったから、美和のプレゼントを選ぼうか?」
「はい」
そう言って店内を回り始めた2人。楽器の他、エフェクターやストラップなどアクセサリー類も見て回った。すると美和の目が1つの商品に留まる。
「わぁ、何これ。可愛い」
それはシルバーのペンダントだった。ハート形でその上に小さな猫が模られている。ピックケースになっていて、中にピックを入れるとピックそのものがハート形になる。ピックは猫の肉球で留める仕組みだ。
「う……。高い……」
しかし金額を見て引く美和。なかなかいい値段である。ただそれを高いと思わないのが大和で、そんなもんだろうと意に介さない。ここに高校生と社会人の金銭感覚の違いが生じる。
「もしかしてそれ、気に入った?」
「はい。けど、高いです……」
眉尻を垂らして困り顔を表現する美和。メーカーも軽音楽ブランドで、美和が使うピックも涙型だから問題なく入る。惹かれる気持ちは多大にあるが、なかなか手を伸ばす代物ではない。裕福ではない母子家庭で育ってきて、普段から贅沢をしない美和の癖が垣間見える。
「気に入ったんならそれにしようか?」
「でも……」
「金額は気にしないで。金額が全てじゃないけど、僕の気持ちだから」
「……。いいですか……?」
「うん」
大和は美和が遠慮をしないようにと穏やかに言って商品を取った。そしてそれを早速レジに持って行き会計を済ませた。
「はい。改めて、誕生日おめでとう」
「わぁ、嬉しいです」
店を出たところのホールで満面の笑みを浮かべる美和。ラッピングくらいしてもらえば良かったかなと思っていた大和だが、美和の表情を見てその考えも吹き飛ぶ。
「付けていいですか?」
「もちろん。もう美和のだから」
美和は嬉しそうに財布を出すと先ほど使ったピックを取り出した。この財布も昨年のクリスマスに大和から贈られたもので、それを実感して美和の表情は締まらない。
「わっ、可愛い」
ペンダントに入れたことでハート形になったピックを見て美和の表情が更に綻ぶ。それを見ながら大和は、美和の方こそ可愛いな、なんて微笑ましい気持ちになった。
「大和さん、付けてください」
美和がネックレスの留め具を外した状態で、広げて大和に差し出す。
「うん、わかった」
大和は少しばかり気恥ずかしくなったが、それを表には出さず引き受けた。
大和がペンダントを受け取ると美和が顔を下に向ける。大和は美和の首に手を回してペンダントの留め具を留めた。その時俯いた状態の美和はかなりドキドキしていて真っ赤だ。それでも大和の腰に両手をそっと添えて、シャツを軽く掴んだ。少しだけ、ほんの少しだけ、したたかになってみたかったのだ。
「ありがとうございます」
表情はまだ紅潮しているが顔を上げた美和が笑顔で礼を言う。それに癒される大和である。
「どうですか?」
「うん。凄く似合ってて可愛い」
「えへへ」
小さな声ではにかむと美和はまた顔を俯けてより紅潮させた。そして言うのだ。
「ずっと大事にしますね」
美和は首元からシャツの中にペンダントを入れた。
この時大和が時計を見るともう夕方で、ここでかなり楽しんだようだ。美和はそろそろ神戸に移動する時間かなと思っていると、大和がスマートフォンを取り出した。そして電話をかけ始めた。
「もしもし? ……。もう神戸着いた?」
この大和側の会話だけで、電話の相手がメンバーの誰かだと悟った美和。そのまま大和の様子を見守る。
「宿は? ……。そっか、チェックインできたなら良かった。ご飯は? ……。うん、ありがとう」
そこで電話を切った大和。すると恥ずかしそうに視線を逸らしながら美和に言った。
「えっとさ、今日はデートってことでいいんだよね?」
「は、はい」
「じゃぁさ、せっかく梅田にいるし、どこかでご飯食べて、その後は空中庭園で夜景なんてどう?」
ぼっと顔を真っ赤にした美和。尤もすでに赤かったのだが。ただ、まさか大和からそんな誘いをもらえると思っておらず、気持ちが高揚する。美和がすぐに返事をできないので、大和は補足をした。
「今、希に電話で聞いたら、メンバー皆今日の宿には着いたんだって。代理店を通しての予約だから引率者は後で来るって言ったら入れてもらえたらしい。ご飯も今から皆で買うみたい。だから少しくらいなら遅くなってもいいって言ってくれた」
「そ、そ、そ、それなら、是非お願いします」
震える声で承諾をする美和。彼女に断る理由は何もない。それを聞いて安堵する大和。二人は再び手を繋いで歩き始めた。
しかし美和の緊張がまたぶり返したのでどこかぎこちない。大和も珍しく夜景なんて気を利かせた提案をしたものだから、いつもと調子が違う。尤も大和の提案は思いつきだが。
夕食は美和があまり凝ったところはと遠慮してファミリーレストランに入った。ここまでしてもらってもう十分で、更にこれからは夜景である。その夜景がどんなものかはまだわからないが、デートを存分に楽しんでしっかりエスコートしてもらっている。美和の満足度は既に高い。
しかしそれを知る由もない大和が食事中に問うのだ。
「ちゃんとエスコートできてるかな?」
「はい! それはもう!」
これには力強く答えた美和。緊張はまだ残るが、食事を通して幾分楽にはなりつつある。
「大和さんって、今まで泉さんとしかお付き合いしたことないんですか?」
「うん、まぁ。だから恥ずかしながらデートの経験値って低いんだよね」
自信なさげに答える大和。しかしその前に美和が力強く答えてくれたので、ほっとしてもいる。
「でも素敵な人だから自信持ってくださいね」
「そう言ってもらえると素直に嬉しいな」
はにかみながらも美和の言葉を喜ぶ大和。こんな話になったから普段はあまりしない話を聞いてみようと思った。
「美和はいい人いないの?」
これにはさすがにジトッとした目を向ける美和。威圧感すらもあるその目に大和は思わず身を引くが、なんでそんな目をするのかわからない。もちろん美和は惚れた相手を前にして、自分からしてみればわかりやすい態度だろうと思っているので、大和の鈍さに呆れているのだ。
「いませんよぉっだ」
少しだけ不貞腐れた表情を作ってみて、美和は大和から視線を外す。解せない大和は困惑気味だ。ただ美和も本気で機嫌を悪くしているわけではないので、すぐに表情を戻して大和に向いた。それに安心した大和が質問を重ねる。
「他のメンバーはどうなんだろう?」
そんなことを聞くものだから美和は大げさにため息を吐く。アピールが露骨な古都と希でさえ気づいてもらえないのかと、彼女たちを不憫に思った。
「誰も特定の人はいませんよ」
これは少しばかり嘘が含まれる。確かにいい関係の異性はいないが、意中の相手はいる。もちろんメンバー全員が大和だが。
「そうなんだ。みんな可愛いのに勿体ないな」
「大和さん、本気でそう思ってくれてるんですね?」
「ん? 可愛いってこと?」
「はい」
「そりゃ、まぁ」
「ふふ。嬉しいです。今はそれだけで満足しておきます」
「何だよ、それ?」
「さ、食べたし行きましょう?」
「え? ちょ、待って」
ささっと美和が席を立つので、大和は慌てて伝表を拾い上げた。うまく会話が噛み合わなかったと感じてどこか気持ち悪さが残るが、とにかく席を立ちレジに向かった。
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