第三十二楽曲 第三節

 お好み焼き店を出た大和と美和は途中、たこ焼きを買って近くのベンチに腰を下ろした。パックに詰められたたこ焼きは鰹節を踊らせ、湯気を上げている。


「大和さん」

「ん?」


 もう完全に緊張が解けた美和は、自分の太ももの下に手を入れ、麗しい笑顔で大和を見据える。1パックだけ買ったたこ焼きの入れ物と箸で両手を塞がれた大和は、美和と肩を寄せ合っていた。


「食べさせてください」

「ま、マジで……?」

「はい」


 満面の笑みで美和がそんなことを言うものだから照れて困惑する大和。彼のそんな表情を見て美和が続けた。


「去年の花火大会の時は私がかき氷を食べさせたじゃないですか?」

「ま、まぁ、そうだけど」


 箸を持った手で頬をぽりぽりかく大和。美和がご機嫌な様子で視線を外さないので、大和は「わかったよ」と承諾した。


「えへへん」


 そう声に出して無邪気に笑う美和がとにかく可愛い。大和は余計に照れてしまった。

 たこ焼きに1つだけ箸を挿し込むと大和は言った。


「熱いから少し割って冷ました方がいいよね?」

「はい。できれば『ふぅふぅ』もしてほしいです」

「……」


 言葉を失う大和。今日の美和は当初口数が少なかったり、目を合わせてくれなかったりして、もしかして機嫌が悪いのかな? なんて気にしたほどだ。しかし手を繋いで歩くとか、昼食時には徐々に口数が増えるなど、いつもの美和に戻った。そして今は甘えている。どこか気分の浮き沈みが激しいように思う。


「ダメですか?」


 ――ず、ズルい……。


 首を傾けて乞うその目は魅惑的だ。大和は顔を赤くして答えた。


「い、いいよ」

「やった」


 美和から小さく弾んだ声が出た。大和は既に少し割って冷ましている途中のたこ焼きを箸で持ち上げると、「ふぅふぅ」と息を吹きかけた。その様子を美和は楽しそうに眺めている。


「はい」


 パックを膝の上に置いて左手をたこ焼きの下に添えると、美和の口に向かってそのたこ焼きを運ぶ。ご機嫌な様子で口を開けて待つ美和が可愛らしい。


「ほふ、ほふ。おいひぃ」


 たこ焼きを口で受けて熱そうにしながら咀嚼をする美和。大和はその表情から目が離せなかった。


「次は私が大和さんに食べさせてあげますね」


 嚥下すると美和がそんなことを言うものだから大和は少し慌てた。


「いや、いいよ。恥ずかしいから」

「いいじゃないですか。デートなんだから」

「う……。そ、そうだよね」


 そう言えばこれはデートという名目だったと思い出す大和。美和の誕生日なのだから、些細なわがままくらい聞いてあげなくてはいけないと気持ちを入れ替えた。とは言え、せっかくの誕生日なのに、華の女子高生のデート相手が男として特段秀でた魅力もない自分だから、恐縮にもなる。

 美和は大和から箸とパックを受け取った。


「ふぅふぅ」


 大和がしたのと同じように少し割ってたこ焼きを1つ持ち上げると、美和は息を吹きかけた。その時に美和が見せるおちょこ口から目が離せない。唇が今にもたこ焼きに触れそうだ。


 ――いかん、いかん。


 大和は心の中で被りを振る。メンバーに対して邪な視線を向けたことで自己嫌悪に陥る。古都ともあんなことがあって、しかも定期的になんて話にまでなった。自己嫌悪の程は凄まじい。やっぱり古都とのことも考え直さなくてはならないのかな? と自分を戒めた。


「はい。あ~ん」


 美和からたこ焼きを向けられて、大和は素直にそれを口で受けた。


「ほふ、ほふ」

「どうですか?」

「熱い。けど、おいしい」

「えへへ」


 満足そうに笑みを浮かべる美和は実に楽しそうだ。夏の日差しに照らされて彼女が眩しく見えた。しかしこの暑さでたこ焼きだ。大和の額から薄っすら汗が滲んだ。


 ベンチでたこ焼き休憩を終えた2人は再び手を繋いで歩き出し、商店を見て回った。基本的には軽食の食べ歩きだ。それなので大和が問い掛けた。


「何かリクエストある?」

「ん? リクエスト?」

「うん。誕生日プレゼントに欲しいものの」

「あ、そっか。忘れてました」


 そんなことを言って屈託なく笑う美和。商店立ち並ぶこの場所を歩いているのになぜだ? なかなか美和の考えていることが見えない大和である。


「大和さんとのデートが嬉し過ぎてもう十分です」

「いや、これはメンバーからって言ってなかった?」

「そうでした」


 大和は自分とのデートがプレゼントに値するなんて未だに解せない。美和はあまり物欲がないのかなと思う大和だが、いい加減気持ちに気づいたらどうだろうか。それとも責任から生まれる防衛本能で認めることができないだけなのだろうか。


「せっかくだから僕も何か用意したいよ」

「嬉しいです。それなら……」


 空いている方の手を顎に当てて視線を上に向ける美和。頭の中で思考を働かせた。


「楽器にまつわるものがいいです」

「楽器か。それならもう梅田に戻る?」

「はい。そうします」


 話はまとまったようで、2人は電車に乗って梅田まで戻った。


 やがて2人が行きついた先はデパート内にある楽器店。全国展開をしている楽器店で、売り場面積は広く、品数も多い。楽器店独特の匂いと商品に目が輝いたのは美和だけではない。楽器マニアの大和も同じだ。


「うお。USAのプレベだ。このカラー初めて見た」


 大和の目が留まったのはフェンダーUSAのプレシジョンベースだ。どちらかと言うと大和の方がはしゃいでしまっていて、この時はもう手を繋いでいない。しかし美和に不満はなく、目を輝かせる大和を微笑ましく見て後ろで手を組んでついて歩く。


「試奏しますか?」

「いいの?」


 美和よりはしゃいでいるくせに、美和の買い物が主目的だからと一応の遠慮は持っている大和である。


「はい。せっかくですから」

「やった。ありがとう」


 すかさず大和は店員を呼び、手に取ったベースの試奏を始めた。

 それは溶けるような重低音が自然と腹の底に落ちて、しかしどこか弾ける音がメリハリを与える。その音に魅せられた大和は夢中で演奏をした。


「さすがに上手ですね。大和さんがソロでこれだけまとめて弾いてるのって、実は初めて聴いたかも」


 美和の声に顔を上げると美和は1本のギターを持っていた。いつの間に……と思う大和だが、自分が時間を忘れていたのかと気づいてばつが悪い。

 そして思うのが、確かに唯以外のメンバーにまとまったベースの演奏を聴かせたことがないことだ。全体練習の指導の時は部分的に演奏をして指示は出すものの、思い返せば今くらい長い演奏は唯との個人指導でしか披露しない。


「私も一緒に弾いていいですか?」

「うん。もちろん」


 美和は1つ椅子を拝借すると大和と向き合ってギターを構えた。美和が手に取ったギターはシェクターのカスタムオーダー。ボディーカラーやピックガードの有無が選べるセミオーダー式の物で、大和の目にはストラトキャスターに形状が寄ったギターを手にする美和が新鮮に映った。

 美和は財布からピックを1枚取り出すとチューニングを始めた。大和も唯も基本的にベースは指弾きなので、そのピックを摘むという動作がない。だから財布などの身の回り品にピックを入れる習慣もない。


 やがてチューニングを終えた美和が早速腕を振り下ろす。途端、店内に響くドライブ音。このディストーションを効かせた音が実に美和らしく、また、さすがはモンスタートーンのピックアップだと大和は感心した。


 美和の選曲はダイヤモンドハーレムの楽曲なので、編曲アレンジを担当した大和はもちろん全パートが頭に入っている。すかさず大和はベースで美和の演奏に加わった。

 すると美和が嬉しそうな笑みを大和に向けた。それに大和も楽しそうな表情を返す。店内は演奏力の高い2人のセッションに注目が集まった。来場中の客と店員だ。人が群がることまではないが、どこか小さな演奏会さながらであった。


 因みにこの2日後、ゴッドロックカフェに宅配便が届く。古都と唯に使わせていた楽器とは違う、メーカーのロゴが入った段ボール箱と、楽器店の名前がそのまま送り主になった送付状を見て、呆れて頭を抱えるのは杏里である。

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