第十一章
第二十七楽曲 家出
家出のプロローグは大和が語る
不思議なもので慣れは訪れる。東京を出発の朝、僕がプロデュースする4人の軽音女子は皆パンツ1枚で着替えている。その格好で僕に背中を向けることへの恥じらいはもうないようだ。そして僕もその光景にいちいち狼狽えることはなくなった。
洗濯はコインランドリーを使っているのだが、各々が洗濯ネット1枚を使って洗濯物を入れている。メンバーの内の2人が近くのコインランドリーに行ってくれるのだが、僕の洗濯物を預かるのももう平気だ。僕もそれには慣れた。
「大和さん、どっちがいい?」
「う……」
ただ慣れないこともある。希はパンツ1枚の時でも平気で僕に対して正面を向く。美和と唯はそんなことはしないし、背中を向けて着替える彼女達の正面に僕が回り込むこともない。希に恥じらいはないのだろうか? 希が交互に体に当てたのは2着の服なのだが、当てる服が変わる時に丸見えである。
「えっと、そっち」
僕が半袖シャツにキャミソールをアウターにして組み合わせた方を指で示すと、希は納得したように背を向けた。そしてブラジャーを着けてその綺麗な裸体を衣服で覆った。
「えへへん。テレキャス、テレキャス」
そしてもう1人の恥じらいのない女子が古都だ。彼女は今胡坐をかいていて、泉から貰ったテレキャスターを立てて抱いている。パンツ1枚で体は僕の方を向いており、語尾にはそれこそハートマークが付きそうなほどご機嫌だ。
「古都……、早く着替えろよ」
「はーい」
明るく返事をすると古都はギターをギグバッグに仕舞った。ギターを抱いていた時は腕で隠れていたのが、今やもう正面は丸見えである。それでもやっと僕に背を向けて服を着始めたから文句は言うまい。因みに美和と唯は既に着替えが終わっている。
て言うか高校2年生の女子の着替え中に、同室にいるのはやっぱり犯罪だよな? よろしくないな……。けどこの子たちは平気で着替えるのだ。
今日は埼玉に向かう。明日、ダイヤモンドハーレムはさいたま市内のライブハウスのステージに立つ予定だ。泉が確保してくれた練習スタジオのおかげで、暇を持て余すこともなく練習ができて、演奏のクオリティーを落とさずステージに立てるのは感謝の極みだ。
その泉が古都にエレキギターを託した。スタジオ練習の半分を個人練習に当てているのだが、古都はその際早速その真っ白なテレキャスターを弾いた。途端にその音色の虜となったようで、昼間は宿でもよく弾いている。メリハリのあるその音は綺麗だし、歌いながら弾く古都に軽量ボディーはありがたいだろう。
条件はあるようだが、泉がシンガーソングライターとして古都に期待しているそうなので、僕は泉が古都にテレキャスターを譲渡したのだと思っている。泉は駅のコインロッカーにテレキャスターを預けていたと聞いているので、最初から古都に託す思いがあったのだろう。ステージで最終確認をして決心したというところか。
しかしコインロッカーに大事な楽器を入れるとは、防犯上僕には恐ろしくてできない。ただそれでも泉がそこまで古都に期待をしてくれるとは、嬉しい限りだ。
そして明日はそのテレキャスターのステージデビューとなる。このツアーで古都に使わせていた僕のエレキギターは宅配便でゴッドロックカフェに送った。持ち運んでいても防犯に難儀するからだ。あと、今後古都は常連さんからもらった自前のギターを自宅練習用にして、今回受け取ったテレキャスターを定期練習やステージ本番で使うそうだ。
全員が着替えたところで朝食である。基本的には菓子パンとパックの飲物だけだ。質素だが、それでも泉の協力もあって充実したツアーになりそうなので安堵する。
そんな朝を経て、僕達は僕が運転するハイエースでさいたま市内に入った。炎天下の昼下がりはとても暑い。それでも貸しスタジオ店に入るとクーラーが効いていて、生き返るような心地良さが肌を包む。
そして泉が手配してくれたこの店の練習スタジオで今日の練習が始まった。しかし違和感はすぐに訪れた。違和感の主である美和もしきりに首を傾げている。僕は1曲終えたところで練習を中断させ、美和に声をかける。
「美和? 音作りがうまくいかない?」
「やっぱりいつもと音が違いますよね? エフェクターはいつもどおりなんです。ここのアンプも使ったことがあるタイプだから、つまみの調整も間違いないと思うんですけど……」
「ちょっと貸して」
僕は美和のレスポールを受け取った。それを肩から提げて弾いてみる。
「うーん……」
やっぱり音がいつもと違う。どこか抜けていて厚みがない。重い歪は鳴りを潜めて、軽い音が鳴っているように感じる。僕はピックアップを指で摘んでみた。
「ん……?」
「どうしました?」
「なんか緩いかも」
ピックアップがうまく固定されていないようでガタガタと小さく振れる。僕は美和のギターを持ったままスタジオを出てフロントまで行った。そこには30代くらいの男の店員がいる。
「すいません。ドライバー貸してもらえませんか?」
「はい、どうぞ」
店員が快くドライバーを貸してくれたので、僕はフロントカウンターを拝借してピックアップのネジを締めた。しかしそれなりに締まっていたようであまり回らなかった。しかもピックアップはまだ少しばかりガタガタと揺れる。
「どうです?」
その声に振り返ると美和が不安そうな表情で立っていた。彼女もスタジオを出て僕について来ていたようだ。
「うん。ピックアップがガタつく気がしたから締めたんだけど……。これで一回弾いてみようか?」
「はい」
美和にギターを渡すと彼女はスタジオに戻った。僕も美和の後を追おうとしたのだが、店員から声を掛けられる。
「ピックアップですか?」
「だと思うんですけど……」
「締めてもまだ直らないなら一回楽器店に持って行った方がいいですよ?」
「ですよね」
「店長がいればうちでもある程度の調整はできるんだけど、今日は休みだから」
「そうですか。ちょっと様子を見ます」
そんな会話を交わして僕もスタジオに戻った。
しかし美和のレスポールの音はあまり改善されていなかった。他の3人のメンバーは僕達の様子が理解できないようで、怪訝な表情を見せる。美和のレスポールの音の変化に気付いていないようだ。つまり微々たるもの。明日のステージはこのまま上がってもいいのだろうか?
「うーん……」
「うーん……」
しかし1曲終わる度に僕と美和は唸る。どうしてもその違和感が気持ち悪い。歴が長い僕と美和だからこそ気づいたことだが、どうしてもスッキリしない。僕はアレンジャー故の拘りと、美和はリードギターとしての拘りを持っている。
「美和。練習が終わって宿にチェックインしたら楽器店に行ってみてもらおうか?」
「はい。でもこの辺りの楽器店ってあまりよくわからないです」
「泉に聞いておくよ。僕も一緒に行くから」
「お願いします」
と言うことで、僕と美和は用事ができた。練習後、宿に到着して美和以外のメンバーとギター以外の嵩張る荷物は置いて、泉から教えてもらった楽器店に来たのだ。
「あぁ。中をちょっと調整しなきゃいけないね。1~2時間待ってくれれば直るよ」
楽器店の中年の技師はすぐに理由を悟ったようだ。僕と美和はそれに安堵する。そのままギターを技師に預けて、僕と美和は店内で買い物をした。と言っても、調整のために弦を全て切られてしまうので、弦を買っただけだが。ただ、修理代もかかる。
「美和。お金大丈夫?」
「はい。他のメンバーにはあまり言えないですけど、私は余裕がある方なので」
笑顔とも苦笑いとも言える表情で答えた美和を見て納得する。高校生になってバンドを始めるのと同時にアルバイトも始めたメンバーが3人。経験者の美和だけはアルバイトを始めた時既に、本体からエフェクターまで全てが揃っていた。だから今まで個人の出費が一番少ないのだ。
「それなら良かったよ」
やがて1時間が経過して美和のレスポールは戻って来た。店のアンプを借りて試奏をしてみると、調子が戻っていたので僕も美和も胸を撫で下ろす。知らない土地に来てイレギュラーなことが起こると慣れた店もなくて不便を感じるものだが、泉には何かと助けられている。
そんな感謝を抱きながら僕は美和と一緒に店を出た。その時もう外は暗くなっていた。
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